64.あるゲーマーの末路。
現実と、ゲームと、そして。
「そもそも、母はこの世界をゲームの中だと、信じ込んでいたようです。そして、その中で理想のエンディングの為に、ループを繰り返しているのだと」
うわあ、いきなり酷い情報が来ましたよ。
いや、予想はしてなくもなかったけどさ。
王妃の寝室から手前の、来客用の部屋に戻り、腰を落ち着けて話を聞くことにしたあたしたちです。
内部と周囲の安全は確認済み、祝福された水でお清めもして、あたしが結界を張り、その中で更に遮音結界を、サクシュカさんに呼びつけられたカルホウンさんが張っている。
「そういう設定の物語は読んだことがあるけど、本当にいるのねえ」
サクシュカさんが感心した顔になっちゃってる。
「ええ。そしてですね、その目指すところが、何と言いますか、恥ずかしながら、逆ハーエンド、とかいう現実的でないものでして。
これはわたくしが幼い頃に、母が実際に独り言で漏らしたことがあるので確かなんだと思いますけれど……」
流石にその辺の知識は自分のものじゃないらしく、言いにくそうに告げるジョアナ殿下。
って逆ハーエンド?あれってゲーム以外で成立させるの無理じゃない?
「すみません、そのぎゃくはーえんどとは、いったい?」
カルホウンさんが首を傾げている。
そうよね、男性はあのジャンルは多分娯楽小説でも読まないわよねえ。聞いたこともない、という顔をしている。
「ホウ君娯楽小説読まないもんねえ。
男性向けのハーレムもの小説ってあるのくらいは知ってる?
あれを女性主人公でやるのよ。まあ正直、設定的に現実ではありえないよね、ってのが定説だけど」
ああでも、そういえばうちの国なら女王制だからワンチャンあるわね?と酷いことを言い出すサクシュカさん。
いやまああたしも一瞬そのラインを疑ったこと、ありますけど!
「……ええまあそんな感じですね。サクシュカリア様の言う通り、一般的な王制国家では、あまりにも現実味のない話でしょう?
ただ、わたくしのように、ある程度この世界の事を学んだ状態でそのゲーム?的な知識を得たならそのように判断もできるのでしょうが、母は生まれた、物心ついた時からその妄想に取り憑かれていたようなのですね。
なので、あの人はそれがいつかは成功する、とずっと思いこんでいたのです」
そう答えて、ジョアナ殿下はため息をついた。
「そして、そもそもからして、といっても推測ですが、母自身がそういう思考をする魂を持っていたというより、そういった事を考えていた別の魂の記憶が流れ込んでいたのではないかと思うのです。
だから、うっかり的な要因ででも、わたくしにまでその一部が流れ込んだのではないかと。
それというのも、母は属性の揺らぎを持つ人だったのです。
風属性と火属性が互いに移ろうように、強くなったり弱くなったり、そのたびに言動や、ともすれば記憶すら、ぶれていました。
火が強く見える時には、勘気の強いことが多く、色々危ないので、近寄らないようにしていたものです。
魂が二つ、同じ体にいたのなら、そしてそれ自体が不自然な状態であったのなら、それで説明はつくのです」
ああうん、神殿で仮称邪悪な魂を迎撃した時にあたしもそう感じたんだよね。
イーライア妃も、取り憑かれ、自己も人生も歪められた被害者だったのではって。
最初に会った時のイーライア妃の属性は風中火小闇極小、だった。
神殿襲撃時は火中闇中、ただ、消失する寸前に一瞬風が見えたのは覚えてる。
その時は、アリエノール殿下の属性が見えたのだと思ってたけど、そういやアリエノール殿下は消去魔法にぽいっとされて後ろにいたから、重なって見えるはずが、ないのよね。
「あのですね。神殿で襲撃があった時に、襲ってきたものの呪詛を消したら一緒に襲ってきた邪悪っぽい魂も吹き飛んだと見えていたんですけど、どうも、消えそうなところで、一瞬風属性が見えた気がするんですよ……なので、あの時消えたか破滅したかしたのが、ぎりぎりのところで入れ替えられたイーライア妃の魂だった可能性はあります。
ただ、魔法で人の魂は基本消し飛ばないはずなんですよね……」
あの世に消し飛ばす、って比喩的に表現することはあっても、魂そのものは、壊せない。
それは呪詛か神々の領分か、どっちかだ。光魔法では、そんな真似は不可能。
〈消去〉だって、消すのは瘴気や呪詛だけだからね。
「そういえばそうよね。すっかり壊れて消えたように見えていたから、あれ、瘴気か魔力で作られた核だったんじゃないかしら。
人を操る系の呪詛にそんなのがあった、ような?」
一緒に見ていたサクシュカさんがそんな話をしてくれる。
「ありますね。しかも、あれは術者の任意で魂の配置を入れ替えることができるという記録がありますよ。
そしてカーラ様、あなたの認識は基本としては正しいのですが、一つ残念なお知らせがあります。
闇に堕ちる、または呪詛の浸食が重度な場合、魂が耐えきれず崩壊または消失する場合が、確かにあるのです」
マリーアンジュさんが、厳粛な面持ちでそう宣言する。
マジで?光魔法でも魂消えるの?
「ああ、そんな顔をなさらないで。
光魔法で消えるというよりは、呪詛や己の闇に魂が限界を迎え、光魔法による浄化に耐えられなくなる、というのが正しいのです」
あたしが余程驚いた顔をしてしまったのか、マリーアンジュさんが慌てて補足説明をしてくれる。
ああ、そうだ、あの時あの魂は捻じ曲げられた呪詛にがんじがらめにされていた。あれが、崩壊の原因と言われたなら、まあ納得は行く。
「そうですね。ここ数日の感じですと、母の魂の揺らぎが酷く大きい感じがしていましたし、取り憑いていた方と混ざりかかっていたのかもしれません。
そうなると魂そのものも安定を失ってしまいますから……
それも崩壊の原因になり得ますね……」
え、魂って混ざるのか。
いやでも確かに最後の、デーモン化寸前の状態、風属性が微かに、極小くらいだけ残ってた気が、しないでもない。
《そうですね、ここまでの話ですと、イーライア妃に憑いていた魂は、彼女の人生丸ごと一緒にいたようですから、充分混濁する可能性はありますね。
実は、結構古い話なのですが、魂の多重状態はだいたい三十年くらいで混濁に移行するという研究結果があるんです。
当然実験なんてやらかしていれば、それは禁忌の行いなので、その研究論文自体は今は公には禁書指定されていますけど、神殿ではたとえ、無駄であろうとも、魂の損傷への対応に敢えて挑まざるを得ない場合がありますから、上層部には割合知れ渡っている話ですね。
なお混濁の行く先は最終的には崩壊だそうですので、結局は時間の問題だったでしょうね》
あの、シエラさん?
それってまさか、あたしたちにも、起こりうるの?
《ああ、わたし達は混濁状態にはなりませんよ。
それを防止できるのが、境界神メリエンカーラ様の権能ですからね》
あ、そっか。
彼我の区別をつけるもの、ですものね、境界神様の力って。
まあでも、結局のところ、やはりイーライア妃も、被害者ではあったんだろう。
現実とゲームの区別も付かないほど狂った魂に巻き込まれて、最終的にどこへも行けず破滅してしまったのだから。
そしてその原因となった狂える推定乙女ゲーマー。
これもまた、デーモン化して、滅びた。
魔物に堕ちた魂は、決して元には戻らないんだそうだ。
実際、デーモンは魂もなにもかも、きれいさっぱり消えてしまったと、実感できてしまったし。
「ではデーモン化したのは、少なくとも魂部分は、母自身とは言えないのですね」
僅かに安堵の表情を見せて、ジョアナ殿下が呟く。
「その可能性は、程々に高いですね。
デーモン化する寸前の、最期の恨み言も、あれどうみてもカーラ様ひとりに向けられていましたし。
あれがイーライア妃でしたら、わたしの顔にも一言くらいありそうなものですもの」
マリーアンジュさんはそう言うと、ほんのちょっとだけ苦笑した。
ああ、多分二人の王妃は、それなりに確執もあったんだろうな。そんな風に思わせる表情ね。
デーモン化の原因も恐らくアリエノール殿下を供物にした呪詛のせいだと推定できるし、あとは呪詛の術式の出所、かしらね……?
ええ、混濁『は』起こりませんよ。




