382.肖像画と呪詛。
王女たちだけでなく、国王陛下の肖像画も持って来られていたのだけれど、目の下にちょっとクマが出ている、白髪交じりの紫の髪と髭と灰色の目のおっさんでした。
うん、正に絵に描いたような、いや実際絵に描かれた、仕事に疲れたダメンズ系おっさんそのものでして。
顔は多分悪くないんだと思う。
疲れた表情と目の下のクマで完全におっさん化してるだけで。
そして、押しの強さとかアクの強さとかは、意外な程に感じない。
うん、こんな感じのおっさんに弱いタイプの女性って一定数確実にいるよね……あたしはノーサンキューだけど。
「これもまた盛るなと?」
確認したら頷く神殿長様。そっくりだそうですよ。
これらを描いた画家は予定より多い礼金を受け取ったそうだ。
普段は舞台の役者絵を専門に描いている人だそうで、盛るほうはお手の物だったでしょうにね。
ちなみに、要望を完璧に描き切ったということで、何時か必要になったら、王女たちの釣り書きも担当することになっているそうな。
本人も王室御用達の看板を得られたのでいい仕事だったと喜んでいたそうだよ。
今も現役で仕事をしていて、神殿やミシェーラ夫人とも取引があるんだって。
まあ元気で働いてるなら問題ないね。
この世界、写真はありそうに思わせて何故かピンホールカメラすら存在しないので、当然のように王族の肖像画は、各国それなりに作成している。
公式な場で掲げる物を成長や年齢に合わせて定期的に作り、そこからサイズを可能な限り小さくした細密画の複製が作られて、名刺代わりに友好国に贈ったりするのが普通だ。
未婚の王族の場合、お見合い用の釣り書き用に作る肖像画も、この公式版の複製画が基本になる。
例外はいつも通りハルマナート国で、彼らは現役の女王陛下と、そうすることを希望した鱗無しの人の肖像画しか、外部には出さない。
鱗持ちはその髪を見ればそれだけで判別可能だから、だそうだけど。
作るだけは全員分作ってるそうだけどね。
ないとお葬式を出すときに困るから、だそうだ。
海で落ちると、遺体を回収できないこともままあるから、だって。
そして現世代は、女王様の肖像画しか出回っていない。
サーラメイア様の肖像画、ごくお若い頃のものだけが数枚存在するそうだけど、サクシュカさんが全部回収して倉庫にしまってあるんだって。理由までは聞いてないけど。
イードさんの方ははじめから公表を望まなかったらしい。あの人らしいよね。
この公式肖像画は、基本的にある程度、実像そのままではなく、多少の表現を盛る事を許されている。
といっても女性のお化粧と同程度まで、という曖昧ながらきちんとした規制は作られているけどね。
そこで舞台化粧みたいな装飾をしちゃうのがオラルディ国の特徴であり、お国柄をも見せているのだ、という話だそうだ。
まあ、そうね、ドーランも化粧には違いないか。
現王はその慣例に真っ向から逆らった、ともいえるわね。
そう、神殿には歴代の公式肖像画の複製も奉納されるので、倉庫にしっかり所蔵されている。
ついでなので先代の最終版を見せて貰ったら、盛りすぎじゃね?とまず最初に口から零れた程度には、きらぎらしくもなんだか表情自体が嘘っぽい壮年の美形が描いてあった。
「……先代を御存知でない方にまで、一目で盛りすぎ判定を受けるとは……
この画家の腕を称賛するべきなのでしょうか」
大変複雑な顔であたしの発言を受け止めるブランデル神殿長。
「この表情の絶妙な嘘っぽさとか、画家の腕は凄くいいとあたしは思います。
性格もかなりいい性格してそうですけれど」
恐らく、慣習の限界まで盛れるだけ印象良く盛れって命令だったと思うんだけど、それでこんな、見る人が見たら嘘くせえ!って断言できる絵が描けるって、相当肝っ玉座った人だと思うのよ、あたし。
そう答えたら、ぶふっ、と女神様が噴き出した。ツボに入ってしまったらしい。
(うっふふふふ、ふふ、確かにあの画家は、反骨精神旺盛で面白い人ではありました……
ええ、ええ、貴方の評価が聞こえていたら、さぞや天上でふんぞり返っているでしょうね……!)
どうやら女神様も知っていて、あたしの想像通りの人物であったようだ。
まあ先代の時代の画家ということで、既に結構前に寿命で天に帰った人なんだそうだけど。
「ほう。本当に人間は面白いな。芸術には疎いが、この画家は大した腕前だと我も思うよ」
ランディさんまで、画題に触れることなく、現王の肖像画を描いた方の画家を賞賛し始めた。うはは。
「この髪の辺りと、服の裾周り、それに装飾品のここと、ここだ。
複製が精巧な事もあって綺麗に見えてしまっているが、原画の方では見えないのだろうかね、この術式」
ってはい?術式?絵に、仕込みがあったというの?
ランディさんが指さしたのは、左手に付けられた指輪の一つと、三本くらい巻かれた首飾りのうちの一つだ。
ああ、同じ色の石が付けられているな。
葡萄色、とでもいうんだろうか。ごく深い、赤紫。
そして確かに、その石の周囲に、何か文字か記号のようなものが描かれているのが、言われてみれば微かに読み取れるような、読めないような。
「術式、でございますか?」
苦笑だった表情を一転して真面目なものに戻したブランデル神殿長が、ランディさんを見据える。
「うむ……ああ、君達がこの絵そのものに危機感を抱く必要はないよ、この画家は、ただ忠実に写し取っただけなのだろうからね。
髪の辺りのそれは恐らく本来なら見えないものであろうから、そういう眼も持っていたようではあるが。
髪部分に映っているのは、守護魔法の発現魔力のようだが、他のものは流石に絵からでは……呪術であろうとしか、判らないね」
呪術。
つまり髪部分に映った守護式は呪術に対抗して展開している状態が続いていて、それで画家の目に留まってしまった、ということかな?
《……読める範囲の術式を確認、精査します……
確かにランディ様の仰る通り、この複製画だけでは、特定は不可能ですわ。
ですが、現王という事を考慮すれば……これが、男児を男児として生まれさせない呪式、の可能性はありますね。
あ、ですが、服のそれと装飾品のそれは、恐らく別物です。
基本書式そのものが恐らく違います。
流派そのものが違うかどうかまでは判りませんが、別の術式ですね》
シエラも判らん方のお墨付き?をくれた。
でもそれは、呪術自体は間違いなく、これを描いた時点で存在していたという事でもある。
って二つもかかってるって事?難儀な奴だな?
「……これは現王の肖像画。
つまり、彼に掛けられているという、男児が生まれない呪い、でしょうか」
例によって端的に示唆だけする。
断言しちゃうと根拠を求められるので、そこには触れない。
シエラの事は、表には出せないからね。
「あとは……うーん、服のそれと、装飾品、指輪とネックレスのどれか、でしたっけ、それらとは別々なんじゃないかしら。
服って平民ですら、常時同じものを着るわけじゃないですから」
反論が特にないので情報を付け加える。
長期間効果を持たせたい呪術の媒体に、服というのは全くもって向いていない。
何らかの儀式のときだけ妨害したい、なんて特殊な例くらいだろう。
そして夜の営みごとである子作りに関する呪術なら、寝具に仕込むならともかく、服に仕込むのは、未経験の乙女にもナシだって判るぞ?
「確かにそれは言えますね……ああ、服に描かれているこれは、記憶にございます。
呪術の効力をほんの少し弱める為の術式、呪術と魔法の中間に属する特殊な式です。
これは我々も、呪術師も使うものなので、どういった意図で込められたものかはこれだけでは判断しかねますが」
なんと、そんな半端な扱いの術式もあるんですか。それは知らなかった。
《……ライブラリ的には呪術相当なのですが、呪術を弱める、対抗するなどの人類に有益なものを敢えて番外枠に記録して、対処の助けとする、つまり実務レベルでのお目こぼし的なものになりますね》
成程、使えるものは相手の術式でも使え、って事か。
まあ呪術の方がバリエーションが多いのは感覚的に判るから、そうせざるを得ないのは判ります。
「そう言い訳しないと使えないという話でもあるね。
まあ致し方のない事だ。何せ呪術には魔法のような、ライブラリによる制限がないのだから」
ランディさんもそれを追認するようにそう言う。
あーはい、呪術の現場はあたしの想定以上に無法地帯か。
まあそうよね、世界の法則の隙間をこじあけてやりたい放題する、ってのが呪術の基本挙動らしいからね……
勿論、対価なしにそんな無茶はできないから、聖獣の血だの躯だの、果ては人の魂だのを対価として勝手に差し出すというか世界に押し付ける訳だけど……
その結果は、世界そのものに歪みと傷を増やすのだ。
だからこそ、呪術の行使は某所以外の全ての国と地域で禁止されているのよ。
いや、あの国ですら公式には禁止してたはずだ。
ズボラの配下以外は勝手に使うな、って事だろうけど。
それにしてもこの弱める術式という奴の意図が難しいな。
完全に発動するとまずい事って、なんだろうな?
真龍のセンスは基本的にずれている。食い物以外は。
あとピンホールカメラすらない理由は、『穴を覗くと、何かに覗き返される』現象が多発した上に、最終的にその正体が判明しなくて、異世界人がトライするたびに全て開発中止に追い込まれたから。




