378.兵士の混乱、神殿の手回し。
神殿のっていうか、上の方の。
【いやはや、上級魔法の精密射撃とは、出る幕がないのう】
少し間をおいて、マルジンさんが戻ってきていつも通り右肩に落ち着く。
「でも報告をありがとう。助かってるのよ?」
そう言っておくと、眼を細めてふくふくっと毛を膨らませてみせるマルジンさん、おじいちゃんの割にあざとかわいいことするわね貴方?
撫でるのを自重してたら、少し気配が薄れた。
人が近づいてきたから隠蔽を発動させたみたい。
見れば、ヒポグリフ襲来で当然発せられた警報で出動した兵士たちが、がやがやわたわたと右往左往し始めている。
命令系統に混乱をきたしている?
違うな、これは無茶振りされてどうすればいいか判らなくなっているタイプの動きじゃないかな。
「王が天馬を捕獲せよと命じたらしいですわ」
カスミさんの気配が戻ってきて、そう告げる。
「天馬の方?なんで?どう見ても防衛側だったし、とっくにいないのに」
結果として双方舌戦のみで何もしていないにせよ、人間を容赦なく傷つけても構わないどころか食うって言い切ってたヒポグリフの方がやばかったのにね、あたしがひっそり倒しちゃったけど。
そして天馬組は既に王宮上空どころか王都から撤退済みだ。
いや、何もしてないは言い過ぎだった。
今気が付いたけど、座り込んだままの神殿長様!手足に怪我してるじゃないですか!
なんでそれを言わないんですか、ヒポグリフの被害者!
「神殿長様、治療しますがいいですか」
流石に治癒師報酬ケチりたいとかないですよね?
横で抱き合って震えてる連れの二人も治癒師さんではないみたいだし。
「え?あ、ああ……いつの間に。お願いします」
なんとまあ、怪我をしたことに本人が気が付いていなかった。
余程動転していたんだろう。
いやあいつクチバシの中にギザ歯生えてたし、結構でかかったから、あんなもんに急に襲い掛かられたら、生きた心地しないわよね。
むしろ神殿長様の反応は、女性としては落ち着いている方かもしれない。
「じゃあ……〈治癒〉」
まあ深くはない切り傷と擦り傷だけだから、初級でいいだろう。
簡単にキーワードだけで指定して、魔法を飛ばす。
ごく普通の初級治癒の挙動で発動する魔法は、これもごく普通に傷を消していく。
なんかものすっごく久し振りにごく普通の魔法をごく普通に使ったような。
いや気のせいだ、土壌耕起のテストで風分解使ったばかりだわ、ごくごく普通の奴。
ともあれ、覚えたてほやほやの時のように、過剰魔力で上位変換、なんてことはもう意図的にやらない限り起こさないようになって久しい。
普通の初級治癒をかけるよ、と意識するだけで、普通の初級治癒として発動するイメージがちゃんとできるようになってるからね。
「……ありがとうございます。お手本のように綺麗な魔力の動かし方をされますね」
どうやらこの神殿長様は魔力視持ちであるらしい、あたしへのお礼にそんな感想を付け加えた。
「最初に習ったのが召喚術だったんですが、魔法陣に魔力を流すのを、視ながらなぞる、って感じでやっていたせいで、細かいコントロールは割と得意、らしいです。
召喚の師匠の評ですけど」
何せあたしはいまだに魔力を「感じ取る」ことができない。
これはランディさんによればあたしの馬鹿魔力の度が過ぎて、検知そのものを自分の魔力が邪魔するせいだそうで、仕様だって話なんだけど。
いやほんとに魔力視持っててよかったねって話ですよ。
結果として、他人より魔力操作そのものが精密になっていると言っていたのはイードさんのほうだ。ランディさんも追認してたけど。
「……魔力視をお持ちなのですね、それもかなり詳細な型の。
私にも魔力視自体はございますが、そういう使い方はできません」
エスティレイドさんの魔力視もあたしと同類の、魔力操作にまで対応させることのできる見え方だそうなのだけど、神殿長様のそれは、学院にいた人のそれと同類の、割とぼんやりと大雑把に見えるだけ、のタイプであるらしい。
後天的に魔力視を取得する人は大体そのタイプになる、とその人に聞いているから、恐らくそういうことなのかな?
それでも他人の魔力の動かし方に言及できるなら、相当修練は積んでいるはずだけど。
「その代わり、あたし、魔力を「感じる」事ができないんですよ。
魔力が多すぎるせいだと言われたので諦めてるんですけど」
ついでなのでこれも話題にしておく。
魔力視持ちで魔力検知ができない人間って他に聞いた事がないので、これは先に開示しておいた方が後で余計な混乱を招かないのよね。
「なん……?え?え?魔力感知を持たずに、魔力視?」
案の定少し混乱した顔になる神殿長様。
魔力現象に詳しい人程混乱するのよね、あたしのこの現状。
最初期の、発現した頃にもシエラに困惑顔されたもんね。
「ええ、これは真龍の方にも確認しましたが、あたしの魔力称号は視えておいでですよね?」
そう言うと、あ、という顔になる神殿長様。
視えてはいたものの、見たことない称号だったから、意識から抜けてた、という感じかしら。
「他の高魔力持ちの異世界人の知人なども交えて検討しただけなんで推定ですけど、魔王級の限界までが、魔力検知の限界値らしいのですよ。
それを越えると、魔力検知自体が自分の魔力で無効化される、ということのようです」
これは別に誰に知られても困らない情報なので流しておく。
あたししか該当者がいないのはさておき、あたし自身は魔力視があるし、魔力検知ができるシエラの支援もあるから、基本的にこの状態で魔力検知が使えない、事にデメリットはないのだ。
もちろん後者は秘密だけどね。
「魔力研究は神殿入りしてからずっと課題にしていたのですが、この歳になって新たな知見を得る事になるとは思いませんでした……」
ヒポグリフに突き飛ばされて尻もちをついていた姿勢からようやっと立ち上がる神殿長様は、そう言うとやっと穏やかな笑い顔に戻った。
「さて、お預かり予定の方は先に神殿にお連れ頂いているという事ですから、我々も急いで戻らねばなりませんね。
無為に駆け回らされる兵士達には気の毒ですが……」
彼女の件に関しては神殿が責任を持つ、と遠回しに発言して、改めて礼を述べると神殿長様達は今度こそ帰っていった。
すみませんうちの真龍が外連味多くて。
(とはいえ何もない場所に消えたように見えるよりはましだろう。
我は神殿の人命救助依頼を受けたことになっている故、案ずるな)
どうやら女神様の手回しがあったようで、ランディさんからそんな回答がきた。
確かにそれはそう。
「ええと、状況がいまいち見えなかったのですが……」
魔力関連も神殿関連も基本的に一般人枠であるコシュネリク殿下がそう質問してくる。
「神殿が『たまたま近くに来ていた』我々の知己でもある超級召喚師に救助依頼を出していて、人質の保護に一役買った、という話ですね。
ヒポグリフはえっとですね、お肉なので討伐されました?」
いかん、殿下もランディさんは知ってるし、と雑に説明しかけたら本音が漏れた。
だってすっごく美味しかったんですよヒポ刺し!
「お肉。」
コシュネリク殿下が肉部分を復唱して、とてもとても怪訝な顔になる。
そうですね、気持ちは判らなくはない。
まさかあたしも、ヒポグリフが魔獣とはいえ、普通に人語を解するとは思ってなかったし。
ろくでもないケダモノ野郎だったので、憐憫とかは一切ありませんが。
「……美味しいんですよ。以前ちょっとだけお裾分けで貰ったんですけど」
あたし自身が食べたのは確か、最初に白狼さんの塒での味見で出された数切れだけなのよ。
だから是非又食べたいとは思っているの。
なので取りあえず美味を強調しておく。
兵士達はまだ空を見上げて右往左往している。
多分既に誰かが天馬も逃げ去ってとっくにいない、と報告くらいはしているはずだから、その内警戒と命令解除で落ち着くと思うんだけどなあ。
いや、王の現状を聞いた感じだと、そのまま天馬捕獲部隊を編成してコシュネリク殿下をそのトップに据えて追い出しそうな気がするな。
まずそうなったら、あたしも殿下も王宮に戻って来れる目が殆どなくなるから、あいつらの思う壺だよね。
何故そうなるか?当然それはメンツの問題だ。
魔獣と聖獣が王宮の真上に近い所で対峙してぎゃあぎゃあ大騒ぎした挙句、人間はスルーで全部決着しました、では、王の面目丸つぶれ感がどうしても、否めない。
いや実際、第二王女が巻き込まれた事以外、表面上のもめ事は、そもそも人間には一切関係ないはずだったんだけどね。
ライゼルの手の連中がヒポグリフに余計な事を吹き込んだ上に王宮に誘導したっぽいから、裏から見れば無関係とまでは言えなかったわけだけど。
問題は、そこに気が付くレベルの思考を保っている奴が王宮内潜入中の連中のうちにまだいるかどうか、だけどね……
そっちも既に怪しいな、という気がしているあたしです。
真龍美味しいとこだけ持っていくの巻。




