36.隠蔽された愛憎。
カーラさん、二人三脚で考える回。
最初の頃、考えてる感じが判らなかったからてっきり獣人の子だと思い込んでいたのだけど。
アンナさんを見て泣き出したときに最初の違和感があったのよね。
で、城塞に行く途中から、段々と感情が感じられるようになってきて。それを無理やり抑え込んでいるんだなって、気が付いて。
ただ、それだけでは説明できないこともある。
いえ、そうじゃないわね。今のあたしには、その説明もできる。
……この子は、呪われている。
本来の姿を奪われ、縛られる形で。
《なんて、酷いことを。もしかすると、名も奪われているかもしれません。幻獣を呪詛に掛けるなんて、そう簡単にはできることではありませんもの》
困ったことに、今のあたしにはそれを知ることはできるけれど、その呪詛をどうにかする手段がない。
……それに、どうも単純に呪詛と断ずるには、何かが、おかしい。
呪詛とは基本望まずして押し付けられるもので、そんなものが飛んで来たら、普通の魂ある生き物は本能として抵抗する、のだそうだ。
伝聞なのは、これはシエラに貰った知識だからなのだけど。
この子には、抵抗した形跡自体が、多分だけども、ない。
《本能まで抑え込むような強力な呪詛?そんなもの人に操れるはずがないのですが。そして、幻獣や聖獣は呪詛など行いません、いえ、行えません》
うーん。ってことは、なんか根本的なところで間違えてるか、見落としてるなこれは?
じゃあもし、これが呪詛じゃなかったとしたら?
まあ見た目はほぼ呪詛と同じ事になっているのだけど。
《うーん……あ。これは……末期の念が含まれてる感じがしませんか?》
ん?末期の念?ああ、確かに、この呪詛的な何かには、強い念が含まれているわね。無念、焦り、己を殺すものへの憎悪、復讐心……
ああ、見えた。見つけた。……成程、これは、やっぱり呪詛ではないわ。
姿を歪め、縛り付けてでも。それでも、護らねばならないという、呪いならぬ魔法の根底を成す感情。愛しき子を護るという、強すぎる意思。
憎悪や無念で入念に覆い隠され、わざわざ呪詛に偽装されたこれは、隠蔽による守護、だ。なんという手の込んだ、深い、そして悲しい愛情。
全てを見定めることができたから、今のあたしはこの呪詛めいた隠蔽を解除することも、多分できるな?
でも今やらないほうがいいわよねえ、この子を狙う者がどこでどうしてるかすら、今の所不明だし。
でもそうかー、見えて構造が把握出来たら、解けちゃうのか……
《普通はそうじゃないですね。カーラは多分解呪の才能がありますわね?私にはそこまで読み解けませんでした。巫女として持っていると有利な技能ではありますから、それ自体はいいことですわね》
才能、なのかしらね?まあ今はそれはどうでもいいかな。
さて、そんな風にシエラとやり取りをしている間も、周囲の話は進んでいる。
「けがわを、しょくばいにして、わるさをしてる。そまりきるまえに、とりかえさないといけない」
少年が必死の形相でハイウィンさんにそう訴えて。
「死して尚触媒にできる、だと。奴ら、よりにもよって聖獣を手に掛けたのか」
その言葉に愕然とするハイウィンさん。
「え、何。この子の親が聖獣?養子?」
サクシュカさんはまあ普通はそっちに思考がいくだろうなって感じの発言。カルセスト王子は無言で難しい顔。
ベッケンスさんたちは、あれそういえば何か変だな?という顔になった。何らかの違和感を覚えた様子だけど、それが何かまではあたしには判らない。
まあ答え合わせだけしておきましょうか。
「その子は聖獣の子よ。親を殺した連中に狙われないよう、獣人の姿で隠蔽が施されているけど」
あくまでも端的に、事実だけ。そう発言する。
「は?なんで嬢ちゃんに判るんだ」
カルセスト王子は怪訝な顔でこちらを見る。
「あたしのスキルが通じるから変だなと思って、ちょっと色々見てたら見えちゃった感じ。あと多分もうちょいで解呪の技能が生えるかな、あたし」
実際にはもう生えてるけど、もうちょいってことにしておく。この場で解けって言われてもちょっとまだ時期尚早感がですね。
っていけね、カルセスト王子はあたしの〈動物意思疎通〉スキル知らなかった気がする。
「……どこの大聖女だよ……」
カルセスト王子が呆れたようにそう言って、黙ってしまった。
「聖女じゃないですねー。世界的に枠が開いていませんもの。正直言うと巫女さんでも目指そうかとは思い始めていますけど」
これも、ちょっとだけ嘘だ。シエラと共にあることを決めた時から、巫女を目指すことは確定された道だし、それに不満は一切ない。
むしろ明確な目標があるのは、知らない世界の中でうっかり根無し草になりかねないあたしには、喜ばしいことでしかないのよね。
ただ、これを明確にしてしまうと、困ることもないではないのよねえ。
「えー、巫女さんだとこの国から出ることになっちゃうじゃない、あたしカーラちゃんとお別れするのやだなー」
サクシュカさんが案の定巫女を目指す場合の問題点を突っ込んでくる。
巫女の才がちょっとだけあって、でもそれを生かせなかった彼女にとっては、あたしには同類がいる、という安心感があるんだそうだ。
何せこの国には、神殿らしい神殿すらない。個人がお祀りする祠がいくつかあるくらいだそうだ。
巫女さんの需要自体がないんですよねえ、ここ。
「成程のう、確かにそなたには似合いの道のように感じるの」
ハイウィンさんがぼそっとそんな風に後押しをしてくれる。
「君の隠蔽は、今は解かない方がいいのよね?」
他の人が目を丸くしてるけれど、話がこれ以上逸れるといけないから、少年に確認をする。
「……うん。とりかえせば、とけるんだ」
ぽそりとそういう少年。まあそうよね。呪詛ならともかく、守護は基本的に期限付きにしなくてはならないという制約があるそうだからね。
成程、聖獣の遺体を取り戻すまでが期限……いや、違うわ、これは。
《うわ、下手人一族の殲滅ですか。酷い条件。とはいえ、これもしかして結構早く終わるのではないかしら》
シエラがこれもなかなか酷いことを言い出した。やらかしで神罰が来たから下剋上されたりとか、あり得るの?
《下剋上はないですね、神権による易姓革命なら有り得ますが、神罰が下った時点で国の神も縛られるので……アスガイアの時も一年くらいかかったと記録されておりますわ》
なかなか簡単にはいかなさそうじゃない、やっぱり。
そのあとも、少年からは色々話を聞いた。彼が親を殺され脱出したのは一年半ほど前。
親は国の守護聖獣の一体だったそうで、それを聞いた瞬間、あたし以外の全員が絶句していた。
「……守護聖獣を手にかけるって、普通にそれ国神への反逆じゃないかなあ?」
サクシュカさんが冗談めかした言葉で言うけれど、声が固い。
ちなみにハルマナートの場合、龍の王族が守護聖獣みたいなもの、だそうだ。まあうちの国はそもそも固定の国神がいないけどねー、とはサクシュカさん談。
「サンファンの守護聖獣って四体だっけ五体だっけ。白狼、碧蛇、朱虎、黒鳥……素直にいくと親御さんは白狼?」
カルセスト王子が指折り数えながらサンファンの守護獣の種族をあげている。
「ううん、しろきりん」
ぽそっと少年が漏らして、あっ言っちゃいけなかったって顔になる。
そして、それを聞いた瞬間突っ伏す龍族二人と天を仰ぐハイウィンさん。村人たちは流石に話が見えてないかと思えば、割合渋い顔なので、大変なことだとは判っている様子。
「……よりにも、よって、あやつか。サンファン国の、真の要ではないか……皆の者よ、これは、恐らくサンファンだけの話ではないぞ、如何な愚か者共であっても、流石に自ら国の要を潰すなどあり得ん。……ああ、有り得ぬと、人族の口から言うておくれ」
呻くようにそうハイウィンさんが言うと、一同を見回した。
「流石にないと、思う……それを判らないようじゃ、とっくに王権取り上げられて首がすげ変わるレベルの話よ」
サクシュカさんが真っ先に首を振りながら回答する。
「だなあ。易姓革命はここ百年は発生していない。少なくとも公式記録では、アスガイアが最後だな」
カルセスト王子が補足する。
アスガイアは、王家がすげ変わったことで、辛うじて国そのものの滅亡だけは免れたのだそうだ。自業自得とはいえ、怖いなあ。
本来守護魔法は強力なものほど効果時間は短くなるんですがね。今際の際の全魔力突っ込んでるのと、そもそも人間の使う魔法とは別だからね(それでも効果時間の制約そのものはあるっていう)。