35.人ならざる者。
やっと城塞に帰ってきたよ……
獣人の子供をサクシュカさんが抱きかかえているのをいいことに、カルセスト王子は随分な速足で城塞までを歩ききった。
あたしの体力は現状普通の人並みなので、ベッケンスさんの連れの村人さんの片方と一緒に、息切れしながらへろへろになってついていく羽目に。
ベッケンスさんともう一人の村人さんは割と平気な顔していたけど。
「……嬢ちゃん、体力ねえなあ」
あたしたちを一瞥したところで、カルセスト王子の暴言。
「あたしは、体力的には、ふつうです、ふつう。人族、なんだから」
「うわごめん、カーラちゃん普通の人なの忘れてた」
息切れしながら反論しかけたら、サクシュカさんが被せるように謝ってきた。
そっか、忘れてたか、そっか。
まあサクシュカさんだしな、と思っちゃうあたり、あたしも大概龍の人たちの癖に慣れてきた気がする。
「普通……?むしろ女性としては体力のあるほうじゃないかい?うちのレンネン共々、脱落しないで付いてこれたんだし」
ベッケンスさんは不思議そうな顔をしている。
そうか、隣で息切れしてる若いお兄さんはレンネンさんというのか。
「村長代理ぃ、酷いよ、もうちょっと忖度とかあ」
レンネンさんのほうも情けない声。
でもそれはベッケンスさん達に言うことじゃないんじゃないかなー。
「王子様のご意向だ、諦めな」
村長代理と呼ばれたのは、ベッケンスさんの隣で平然としていた、ベッケンスさんよりちょっと若い感じのイケメン男性、だと思ったら声が女性でした。
男装の麗人が村長代理かー。この人も獣の耳が頭の上に。
でも小さい目なので、種類は判らない。尻尾も見えないし。
「レオーネ、その王子様って心にもない事言うのやめてくれない?」
カルセスト王子が嫌そうな顔になる。へえ、このレオーネさんって人も彼からすると身内枠か。
「ならば我が名も略さんでくれんかね。私はフレオネールだ、レオーネではまんま女性名ではないか」
こちらは特に顔色一つ変えずに返事をする、レオーネ改めフレオネールさん。
ん?女性名?男性?あれ?
「ふたりともやめなさい。カーラちゃんが混乱してるわよ。
説明とまではいわないけど、自己紹介くらいしてやりなさいな」
サクシュカさんが二人を改めて窘める。
いや別にそこまでしなくて大丈夫、じゃない、かな?
「ああ、これは失礼しました、お嬢さん。
私はそこのベッケンスと同族かつ、同じベネレイト村の者で、フレオネールと申します。
父母の意向で男性名を貰ったことを誇りに思っておりますので、名前でからかうのはおよしくださいね」
あたしに向きなおってそう言うと、にっこり笑うフレオネールさん。
うん、美人というかほんとに男装の麗人、って言葉がよく似合う人だ。
所作も男性的なきっぱりしたところと、女性的な優雅さが絶妙に同居している。
「ご丁寧にありがとうございます。あたしはカーラといって、最近この城塞でお世話になってます」
取り合えず簡単に自己紹介をして、ついぺこりと頭を下げる式のお辞儀をしてしまう。
あれ、なんで急にこんな動きを思い出したんだあたし。
「ああ、成程、カーラさんは召喚者なのですね。ってこの国で異世界召喚なんてしてないですよね?」
ほら、一発でばれた。なおフレオネールさんの後半の台詞は、カルセスト王子に向かってのものだ。
「ああ、ライゼルがやらかした上に事故って落ちてきたのをハイが拾ったって聞いてる」
カルセスト王子の気のない回答。
まあ彼はあたしの召喚云々に関しては、伝聞でしか知らないので、そういう返事にしかならないわよねえ。
「またお主は人の名前を勝手に略す!いつまでも立ち話をしていないでこっちに来ぬか、茶が冷めるぞ」
ちょうどその回答のタイミングで、人型のハイウィンさんが扉から顔を出してカルセスト王子に文句を言ってきた。まあいつも通りですね。
城塞の中の一部屋、あたしが最初に落ちてきて、ハイウィンさんに連れてこられた時にも使った部屋で、人数に合わせて台所から持ってきた無骨なテーブルを囲んで、遅めのお茶の時間。
中庭のほうが人数的によさげだったんだけど、戦闘の後でまだ荒れたままだから、流石に使えない。
でもここイードさんの部屋っていうか研究室よね一応?
お茶はハイウィンさんではなく龍のどなたかが淹れてくれたそうで、甘みのない普通の紅茶だった。ティーシロップも別に添えられているけどね。
お茶菓子として、甘口のクッキーと塩味のサブレが二つのお皿に、それぞれざっくりと盛られている。
なんで見ただけで判るのかって?
これも、城塞の保存食なのよ。昔召喚された人が開発したという密封缶入りで、倉庫に大量に置かれているの。
何度か頂いているから、味もちゃんと知ってます。
どちらも缶を開けたてだとさっくりして美味しいのよ。
所謂肉や魚の缶詰はというと、どうも製法に問題があって、魔法で無理やり作ってるから高級品で、あんまり在庫はないんだそうだ。
汁気が避けて通れないものが、なんでか量産がうまくいかないらしい。
「はいどうぞ、たーんとおあがりよ」
ハイウィンさんは子供をかまいたそうにしながら、そっとクッキーの皿の方を獣人の子のほうに押しやる。
そういえば、最初にハイウィンさんにお茶を貰った時にもおあがりよ、って言われたな。
まあ中身がシロップ百パーセントで絶句したのもいい思い出、ですね。
そうそう、流石に初回以外でそんな目には遭ってません。
ハイウィンさん、ちゃんとした料理も作れるのよ。
イードさんに言わせると、ちょっと軍隊メシ寄りだ、というのだけど、元の世界で料理どころじゃなかったあたしとしては、作れるだけで尊敬しちゃうのよ。
「ありがとー、ございます。おねーさんは、けもののひと?」
ぺこんとかわいいお辞儀をしてから、子供がハイウィンさんに質問している。
言葉がまだちょっとたどたどしいのは、ずっと喋ってなかったせいだろうか。
「我は聖獣じゃな。知力と魔力が多ければこのようにヒトガタも取れるのじゃよ」
ハイウィンさんの回答に、目をまんまるにする獣人の子。何だこの子すっごくかわいいな?!
「せいじゅうさま?ひとがたもとれる、すっごくつよい、せいじゅうさま?」
子供の声に含まれる感情は、興奮と感動と憧れ、あともう一つ、何らかの強い感情、のような感じ。
言葉自体は平坦だけど、顔と尻尾が全力で嬉しそうだから、一番強いのは憧れっぽいわね。
「そうねえ、ハイウィンは間違いなく強いわね」
塩味サブレをつまみながら、サクシュカさんが同意している。
あたしも塩味をつまむ。うん、運動のあとだから、塩味のほうがいい感じ。
「同族では確かにそうじゃが、そなたらには到底及ばぬよ。そも、強さ弱さは戦う事でだけ表せるものでもないしの」
ハイウィンさんはさらっと流しているというか、余裕の発言ね。
「強さがあっても、できることと出来ぬことはあるからの」
ハイウィンさんはそう言うと、子供に目線を合わせるためにすっとしゃがんだ。
「そなたは、強さに何を求めて居るのじゃ?我ら聖獣の力とは、報復や仇討の為に使うものでは、ないのじゃぞ」
ん?
ハイウィンさんの言い回しに、引っかかるものを感じたんだけど、どこだろう。
急にそんなことを言い出した理由そのものは、何となく判るのだけど。
この子の感情の中には、そういう、ほんのちょっと昏いものが、混ざってる。それは何故か、判るのよ。
「とりかえし、たい。かあさんの、けがわ」
毛皮?獣人に毛皮ってあったっけ?
いや待って、さっきのハイウィンさんの言葉の我ら、ってまさか。
「……毛皮?」
ベッケンスさんたちが怪訝な顔になる。そうよね。獣人に毛皮はないよね。
サクシュカさんは、かわいく首を傾げているけど、多分判ってないな?
カルセスト王子は、無言無表情、と思わせてこちらも今一つ判らない、の気配が。
そう、この子は獣人じゃない。多分、聖獣かその候補クラスの幻獣の、子供だ。
男装の麗人登場。まあ麗人つっても着てるものは田舎の農民の普通の服。
フレオネールさんはガゼル系の獣人さん。
おちびさんのぺこりはカーラさんのモノマネ。




