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11-1【覚悟】



 リズは動かなくなったジェイスに覆い被さり、涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら泣き続けていた。

 なんて恐ろしいことをしてしまったのだろうという罪の意識と、優しく頭を撫でてくれる大切な人を失った悲しみで途方に暮れる。手はまだナイフで腹を刺した時の感覚を覚えていて、嗚咽を漏らしても奥歯を噛み締めても耐え切れそうにない。


 そうしてどれくらい時間が経っただろうか。背後に人の気配があったためようやく顔を上げるリズ。後ろを振り返れば庶民が良く着ているような服装のどこにでもいそうな顔立ちの青年が立っていた。


「一緒に城に帰ろう」


 その優しい声色にリズはなんの疑問も持つことなく差し出された手を取って立ち上がる。青年はリズの手に血がついているにも構わず握ると、二人はとぼとぼと歩いて山を下りはじめる。


 泣きじゃくるリズは前が見えず、始終彼に手を引っ張ってもらいながら歩き続けた。


 ジェイスと一緒に登った時は苦労したのに、泣き過ぎて脳が麻痺しているのか足の痛みも疲労も感じない。山を下るのはあっという間で、気付いた時にはキングズガーデンの石畳をとぼとぼと歩いていた。


 すれ違う衛兵や侍女たちからぎょっとした目で見られて、リズは青年と繋いでいない方の手で目元を覆い隠す。


「もうすぐだよ」


 優しく手を引かれて城の中へ入る。階段を登って廊下を歩き続けると遠くの方からバタバタと足音が聞こえて来た。


「何事だ!」


 ゼフィールの声にビクリと大きく震えるリズの体。声を出すことも顔を上げることもできずにいると、青年が優しく背中を擦ってくれたので、リズは彼に促されるようにぐちゃぐちゃになった顔を上げる。


 涙に濡れきった顔と手にベッタリとついた赤い血に、廊下の奥から走って来たゼフィールは絶句してリズを腕の中へ収めた。リズはゼフィールの体温を感じてゆっくりと大きく息を吐く。


「怪我は!?」

「ありません・・・陛下、お召し物が汚れてしまいます」

「気にするな」


 こちらへ、と誘導されて入ったのはゼフィールの執務室。中ではクロウが雪崩れ込むように入ってきたゼフィールらを見てぽかんと口を開けたまま固まっている。


「何事ですか」

「それを今から確認するところだ」

「こちらはこちらで忙しいんですが・・・」

「後にしろ」


 さすがにただ事ではないと一目でわかるため、強い口調で言われたらクロウも肩を上下させて諦めるしかない。


「リズ、話せるか」


 ソファへ誘導され、ゆっくりと座ったリズ。俯いて震える唇はぎゅっと固く閉ざされている。


 代わりに話し始めたのは青年の方だった。


「発言の許可を願います」

「許す」

「はい」


 彼は軽く息を吸うと意を決したように話し出した。


「リズ様の協力によりジェイス・ラスターは逃亡、その後リズ様によって殺害されました」


 「は」とゼフィールとクロウは同時に口を開く。


「意味が・・・」

「リズ様がジェイス・ラスターを殺害しました」


 わかりやすく言い換えればさすがに理解できたらしい。ゼフィールは絶句して俯いているリズの隣に座り彼女の背中に手を置く。


「何があった、どういうことなんだ」

「・・・申し訳ございません」

「謝らなくていい。落ち着いてからでいいから話してくれないか」


 何度も何度も背中を撫でられて、リズは手のひらを固く握りしめて大きく深呼吸をすると、声を震わせながらもしっかりとした口調で話し始めた。


「ジェイスお兄様を牢から出したのは私です」


 彼が脱獄したのは先ほどゼフィールとクロウの耳にも入っていた。おそらく協力者がいるだろうと推測していたものの、その協力者がリズだなんて誰が思うだろう。


 ゼフィールは呆然としながら訊ねる。


「逃げるつもりだったのか・・・あいつと・・・」

「いいえ、私の手で殺めようと思ったからです」


 静かに話すリズに横からクロウが口を挟む。


「まさか、あの時の会話を聞いていたんですか・・・?」


 “あの時の会話”とは、リズが毒を飲んで臥せった後に交わされたゼフィールとクロウの会話のこと。ゼフィールがリズの婚約者であるジェイスへの処刑を拒み、クロウと激しい言い合いになっていた。


「まさか・・・俺がジェイスの処刑を拒んだからか・・・」

「それもあります・・・だけど」


 対立する立場に苦しんでいたゼフィールを想っての行動でもある。このまま牢の中で死ぬ運命ならば、ゼフィールではなく自分の手で。

 しかしリズにはそれ以上にジェイスを自分の手で殺めなければならない理由があった。


「私は・・・私の出自が噂になってしまいました。明らかになるのも時間の問題でしょう。だからもう、このまま何もせずどこかへ行くという選択肢はありませんでした。私が生きている限り、私は利用される。だから・・・」


 リズはジェイスという後ろ盾を失ったことで簡単に利用できる存在になってしまった。またジェイスのようにリズを利用してゼフィールを討とうとする輩は出てくるかもしれない。直接討つことはしなくてもリズという存在を求心力にしてゼフィールに対抗しようとする勢力が力を伸ばしてくるのは間違いない。


「私は、彼らに一番わかりやすい形で、私が陛下のお味方だと示す必要があると考えました」

「まさか、リズさんが陛下の敵に対してどのような行動をするのかを世間に示したかったのですか?」

「・・・そういうことに、なると思います」


 クロウは大きくため息を吐いた。


「なるほど。貴女を陛下の対抗馬に立てたところで貴女が陛下の味方では意味がない。陛下を亡き者にして貴女を国王に仕立てても貴女自身に陛下を討った仇を取られるわけですから」


 それをわかりやすい形で、話題に上りやすい衝撃的な出来事にするには、リズがジェイスを自分の手で殺めることが一番有効だった。ゼフィールのために婚約者すら殺める行為は百の言葉よりも説得力がある。

 この出来事が公になればフリーデン派の人々はリズが自分たちにとって利用できない存在だと悟るだろう。ゼフィールを討った所でハイリスクハイダメージ、自分の身にはなんのメリットもないどころかデメリットしか生まれない。なにせ、ゼフィールに何かあればリズが敵になるのだから。


 ジェイスの二の舞になりたい者はいない。


「脱獄の補助は死刑、けれど自首すれば無期限懲役、もしくは国外追放かと存じます。すぐに自首するつもりだったんですが・・・」


 まさかあんなに早く見つかるとは思わず、リズは諦めて大人しく捕まるしかなかった。


 ゼフィールは動揺して視線をさ迷わせていたが、やがて覚悟を決めたようにキッとクロウを睨みつける。その視線は「わかっているだろうな」とでも言いたげ。


「わかってますよ、リズさんを罪に問うことはありません」


 どの道ジェイスは処刑する他なかった。それを執行するのが誰であるかは大した問題ではない。


 クロウは呆れたように言うと、やれやれと大きく息を吐いて続ける。


「わかった、わかりましたよ、あなたたちが愛し合っていることはよーく分かりました。いいですよ、さっさと結婚して跡継ぎ作ってください」

「いいのか!?」


 まさかの発言に仰天するゼフィールとリズ。頑なにリズを拒んでいたクロウに結婚を促されるなど天変地異が起こったようなものだ。


「ええ、放っておいたらどうせ同じような事を繰り返すんでしょう。だったらさっさと結婚していただいた方が助かります」

「貴族連中が頷くと思うか。リズを矢面に立たせたくない」


 ゼフィールはリズの肩に手を置いたままクロウへ訊ねる。


「議会は私がなんとかします。ですから陛下はさっさと口説きなさい」

「え?この場で?せめてリズが落ち着くまで待ってから―――」

「この場で!時間がないので手早く!」


 ムードの欠片もありゃしない。


 ゼフィールはしばらく頭を抱えると、真剣な表情でリズの目を見つめた。


「リズ、覚悟をしてほしい。これからリズは国中から注目を集めてやることなすこと評価されるだろう。厳しい批判を浴びて辛い思いをするだろう。

しかし、どんな辛いことも気にならなくなるくらい、俺がリズを大切にする。一生愛し守ることを誓う」

「陛下、でも、私では・・・」

「完璧である必要なんてないんだ。気負わなくていい、必ず助けてくれる人はいる」


 リズはゼフィールに優しく頬を撫でられ、涙声で彼の服の裾を強く握る。


「私は陛下をお支えできるでしょうか。ご迷惑をおかけするだけかも・・・」

「気にするな、リズが隣に居るだけで俺は今の10倍は働ける」

「倒れてしまいますよ」

「倒れない。長生きする」

「では私より長生きしてくださいますか?」

「リズを看取るのは嫌だっ」


 想像しただけ苦しくなると即答したゼフィール。

 しかしじっと己を見上げてくるリズの瞳に悲愴感が漂うと、ゼフィールは苦渋に満ちた顔で言った。


「・・・わかった、善処しよう・・・。

辛いことも多いと思うが俺についてきてもらえるだろうか。俺はリズが居れば他に望むものはない」


 リズはじわりじわりと徐々に微笑む。その笑顔は頬に涙の跡があって痛々しさはあるものの、穏やかで迷いのない笑顔だった。


「私も・・・辛いことがあっても陛下が一緒にいてくださるならば平気です」

「リズっ・・・!」


 感極まって抱き寄せようとしたゼフィールの動きが止まる。原因は―――ゼフィールの首根っこを掴んでいるクロウだ。


「おまえっ、少しは感動に浸らせろっ!」

「そういうのは後にしてください、忙しいんですよ」


 断固阻止、クロウの意志は固い。


「わ、悪い、仕事が終わったらすぐにっ―――」


 ゼフィールは全てを言い終える前に首根っこをズルズルと引きずられて執務室から出て行ってしまった。


 残されたリズはぽかんとした表情で瞬きする。


「すみません、陛下、お忙しいから・・・」


 こんな状況で取り残されたリズを哀れに思ったのか、青年はそう言って申し訳なさそうな顔で謝った。リズは彼の方を向いて「えっと・・・」と口を開く。


「まずは部屋に行きましょう?お湯をもらって体を拭いてから着替えましょうね」

「あ・・・はい・・・」


 リズは汗や埃や血で汚れている自分の姿を思い出し、耳まで真っ赤になって小さく頷いた。





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