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魔導書殺人事件

 俺は金奈良亜留、ご存じ金の力で解決できない難事件に挑む高校生探偵だ。

 同じクラスの女子クラス委員で助手のアガサは最近、テーブルマジックにはまっているらしく、休み時間になると俺と麻除を観客にして、コインやカードマジックを披露してくる。


「さあ麻除、どのカップにコインが隠れているでしょうか」


 アガサは、ひっくり返した三つの紙コップにコインを一枚だけ隠してシャッフルすると、手品を見破ってやろうと紙コップを凝視していた麻除に質問した。

 教室に置かれた机には仕掛けがなく、紙コップをシャッフルするときにコインが滑る音も聞こえていれば、コインは真ん中のコップにあるように思う。

 しかし手品なのでコインの机上を滑る音がブラフで、左右どちらかが正解という可能性が否定できない。


「麻除、早く選びなさいよ」

「うるせぇなぁ……真ん中……いや、左かな……右?」


 麻除は紙コップを指差しながら、視線はアガサの顔色を窺っている。

 これが手品であれば、術者の表情から正解を導き出すのは正しいと思うが、もともとポーカーフェイスの助手が手品如きの駆け引きで顔色を変えるとは思えない。


「み、右だ!」

「麻除、右で良いのね?」


 アガサが右の紙コップを開けるが、コインが見えないと知った麻除が『いや、アガサ委員長から見て右だ! そっちじゃねぇ!』と、反対の紙コップを勝手に持ち上げる。


「ぶぶーっ、ハズレです」

「くそーっ、やっぱり真ん中で良かったんじゃねぇか! だから私は、金を賭けない勝負事が苦手なんだよぉ」

「いいえ、真ん中もハズレです。コインは消えてしまいました」

「な、なんだよっ、イカサマじゃねぇか!」


 ほくそ笑むアガサ、悔しがって机を叩く麻除、感嘆の息を漏らす俺。

 悪賢いチャイニーズマフィアの一人娘を煙に巻いた助手は、次の授業は教室移動があるからと手早く紙コップを片付けて早々に教室を出ていった。


「アル、今の手品のトリックわかるのか」

「なんだ麻除、あんな簡単なトリックも見破れなかったのか? あれは、あれだろう、机の下にコインを落としてだな――」

「いや、そんな単純な手品なら、私だって見抜けるさ。私はシャッフルしてるとき、アガサ委員長がイカサマしないように手元を見ていた。賭場で目の肥えた私の目を盗んで、素人の女子高生にコインの入れ替えが出来るとは思えないねぇ」

「うむ……アガサの手品の腕前が、既に賭場で通用するレベルということか」


 とは言えアガサのシャッフルする手付きは、一流マジシャンとは程遠くおぼつかないもので、だからこそ一杯食わされた麻除が、首をひねっているのだ。


「麻除は、一流マジシャンの知り合いがいないのか。アガサに舐められたままでは、お前だって溜飲が下がらんだろう?」

「アルはアガサ委員長より凄い手品を覚えて、一泡吹かせてやろってのかい。面白いねぇ、そういうことならりょうねいしょうだいれんざつだんでイリュージョニストをやっていた男を紹介できるよぉ」

「お、チャイニーズマフィアぽいね」

「イリュージョニストには、アルも会ったことあるわよ」

「うん?」

「鼻が長くてひょろっとした……つきなんだけどね」

「おい、あいつロシアのスペツナズじゃねぇのかよ。スペツナズのナイフ使いで、大連雑技団のイリュージョニストとか多芸なやちゃな」


 俺と麻除は放課後、中華街にある土龍房の事務所を訪ねると、保屋月に手品を教えてくれと頼んだ。


「麻除お嬢様に教えるのは良いけど、てめぇみたいなボンボンに教えたかぁねぇっす」

「お、金か? いくら欲しいんだ」

「金の問題じゃあねぇんだよ! てめぇのせいで、俺と豚面はラーメン屋の皿洗いに降格されたんだ!」


 保屋月はナイフをテーブルに突き立てると、鼻息を荒くしている。

 どうやら誘拐ごっこの件で、麻除の父親でチャイニーズマフィアのボスの土黒平に、彼と豚面は『監督不行届だ』とこっぴどく叱られたようだ。

 アガサを拉致監禁しておいて、俺のせいで降格したと言われるのは逆恨みだ。


「ほら、一万円やるから教えろよ」

「それっぽちの端金で……、まあ良いだろう。とは言え、オイラの得意なナイフ投げを教えるわけにもいかんよな?」


 俺は保屋月のナイフを引き抜くと、彼の顔を狙って投げた。


「なッ、何しやがんだ!」


 俺の投げたナイフを避けた保屋月は、血相を変えて叫んでいるのだが――


「え、だって手品だから、()()()()()()()()()()()があるんだろう? 自動で避ける仕組みとか?」

「そんなもんあるかぁい! ナイフ投げは、熟練したテクニックが必要なイリュージョンなんじゃあ! 一歩でも間違えば、命に拘る危険なイリュージョンなんじゃあ!」

「ああ、そういうイリュージョンね。はいはい、命に拘るタイプのやつ」

「てめぇ……いま人を殺しかけたのに、イリュージョンを軽く考えてやがんなぁ。てめぇには、本物のイリュージョニストを紹介してやるぜ」

「本物のイリュージョニスト?」

「ああ、ラスベガスで興行しているイリュージョニスト・ロバートキヨザキと言えば名前くらい聞いたことあるだろう。ロバートが来日中で、そいつの弟子が大連雑技団の顔見知りだから紹介してやるよ」

「ロバートキヨザキ? 聞いたことあるような、ないような名前だな」


 軽い気持ちで手品を習いにきた俺たちは、まさか目の前で世界的イリュージョニスト・ロバートキヨザキが脱出マジックに失敗して、溺死するなんて想像もしていなかった。


 ※ ※ ※


 来日公演の会場に到着すると、保屋月が大連雑技団で知り合いだったきのしたまさるを呼び出して、リハーサル中の会場に入ることができた。


「先生は今、メインマジックのリハーサル中だから見物して行きなよ」

「リハーサルを見せてくれるなんて、ずいぶん気前が良いな」

「まあ保屋月さんの紹介だし、君たち手品好きの高校生なんだろう? 先生の水中脱出マジックを見て、凄さを口コミしてくれるなら宣伝にもなる」


 木下は『ここが特等席だよ』と、最前列の中央に案内してくれた。

 俺が手品好きの高校生だと?

 いいや、俺は高校生探偵なのだ。

 ロバートの水中脱出マジックの仕掛けを見破って、俺にリハーサルを公開したことを後悔させてやる。

 舞台の下から三メートル四方の水槽がせり上がると、水槽の上には黒マントを羽織る口髭の男と、やけに丈の短いチャイナドレスの少女が立っていた。

 口髭の男がロバートで、チャイナドレスの少女は助手のチン・チンメイだった。


「おいッ、チンチンメイ! 腕のロープは、もっときつく縛れ! もっときつく縛れ!」

「は、はいっ、先生!」

「もっとだぁ、チンチン……メイ、もっときつく俺を縛ってくれ」

「は、はい! 先生、こんな感じで良いあるか?」

「いいぞ、いいぞ……たぎってきたぞ」


 さすがリハーサルだ。

 熱気が違う。

 口髭の紳士が、幼気な少女にロープで縛られて『もっときつく縛れ!』と怒号を飛ばしている。

 本番では、見られない熱気を肌で感じる。


「アル、この手品を覚えたらアガサ委員長にも負けないんじゃない?」

「確かに負けないが、俺と麻除のどちらが縛られる役なんだ。俺は、公衆の面前で女に縛られるの嫌だぞ」

「じゃあさ、アルが公衆の面前で私を縛ってくれるのかい? それも悪くないかもねぇ」


 なんで学校の休み時間に、教室で麻除を縛ると思うのか。

 彼女は頬を上気させて舌なめずりしているが、俺にはそんな悪趣味はない。

 体の自由を奪われたロバートは、その上から両肩に重い鎖を斜掛けにして、クロスした中央を大きな錠前で施錠する。

 チンメイは施錠した鍵を水槽に投げると、肩をすくめて戯けてみせた。


「ロバートが拘束を解くには、水槽の底に沈んだ鍵を拾わなくちゃならない。しかし鍵を拾ったところで、正面にある錠前を外すのは至難の業だな」


 しかもロバートは、チンメイに目隠しをされており、手探りで鍵を見つけなければならない。

 目隠しは演出なので、どうせ見えているのだろう。

 世界的イリュージョニストが水に飛び込むと、水槽は背後から明るいライトで照らされた。

 重い鎖に繋がれた彼は、水槽の底まで一気に沈んで、息苦しそうに身を捩らせながら後ろ手に鍵を掴んだ。


「迫真の演技だなぁ」


 俺が呟くと、隣に座った麻除が動揺して手を握ってくる。

 男勝りな彼女だが、たかが手品を見て動揺するとは、なんだかんだ可愛げがあった。

 しかし余裕綽々で舞台を眺めていた俺も、藻掻き苦しんでいたロバートが、ぐったりして水中を漂うと、彼が演技で溺れていないのではないかと、だんだん恐ろしくなってくる。


「お、おい……これって、本当に溺れてないのか?」

「これが演技だったらすごいねぇ、目の前で人が死ぬなんて、私なんだか興奮してきちゃったよぉ」

「いや、これ失敗だろう」


 舞台袖から飛び出してきた木下が、大きな斧で水槽のガラスを叩き割ると、大量の水とともに動かなくなったロバートが流れ出てきた。

 最前列に座っていた俺たちは、頭から冷水を浴びる。

 比喩ではなく、本当に冷たい水を頭から浴びていた。


「これが演出なのか?」

「私、殺人ショーなんて初めてみた! すげぇよ、目の前で人が死んだんよぉ!」

「いや、そこは悲鳴の一つもあげるところだぞ」


 世界的イリュージョニスト・ロバートキヨザキは、水中脱出マジックの失敗により、俺たちの見ている前で溺死してしまった。

 大勢のスタッフが舞台に雪崩込んで、目を見開いたまま死んでしまったロバートの蘇生措置をしているが、もう救出されて時間も経っており、生き返ることはないだろう。

 僕は警察が到着するまで、事故か他殺かわからないが現場を保存しようと、席を立ち上がった。


「ブラボー! ブラボー! こんな凄いショーを見れて、今日は来て良かったわ」


 客席の後ろには、手を叩いて喜ぶ女がいた。

 女性らしいボディラインが浮かび上がる赤いパンツシーツに、縁の尖ったサングラスをかけた彼女は、ロバートの死をマジックショーの演出だと誤解しているのだろうか。

 だとしても水槽を破壊して救出されているのだから、マジックショーとして褒めるところがない三流のオチだ。


「あの女、何を喜んでやがる?」

「あいつは、大連雑技団で見たことありますぜ。確か、同業者のもりわきあんじゅですね」

「彼女が、ロバートの同業者ならイリュージョニストか? 同業者ライバルの失敗を喜ぶなんて、ずいぶんと薄情な女だ」


 保屋月の話によれば、杏樹はフリーのイリュージョニストを気取って、様々な興行にゲスト出演していたらしいが、高額なギャラを要求するため何処からも声がかからず、手品グッズなどの販売で食い繋いでいる。

 ようは落ち目のマジシャンだ。


「ロバートキヨザキは、あの女に殺された気がする」


 それは、高校生探偵の第六感だった。

 赤いパンツスーツの杏樹は、舞台の上から睨みつけた俺を鼻で笑うと、サングラスを外して会場を出ていった。


 ※ ※ ※


 後日、ロバートキヨザキの捜査を担当している西にしにっ警部補から報告があった。

 彼は鶯谷警部の部下であり、年頃は二十代後半、甘いマスクのイケメンである。


「ロバート氏の死因は、助手のチンメイに縛られての自ら水槽に飛び込んでの溺死でした」

「なるほど、犯人は助手のチンメイを金で雇って殺させたのか」


 西日暮里は『いいえ、それは有りえません』と、首を横に振る。

 

「ステージを録画していたビデオを検証したところ、ロバート氏を縛ったチンメイの手順は、被害者の指示どおりだったんです」

「うん?」

「観客にはきつく縛って見えても、手品ですから簡単に抜けることができるはずなんです。でもロバート氏の手書きしたトリックノートを再現しても、どうやってもロープが解けませんでした」

「西日暮里警部補は、チンメイがロバートの書いたトリックノートどおり縛ったが、そもそも縄抜けが出来ない縛り方だったと言うんだね」

「ええ、そのとおりです。世界的なイリュージョニストが、そんな初歩的なミスをするわけがないとの結論に至りまして」

「では警視庁は、彼の死を自殺で処理するつもりか。トリックノートが、何者かにすり替えられていた可能性はないのか?」

「これを見てください。ロバート氏が最近、ファンに書いたサインなのですが、こちらとトリックノートを筆跡鑑定して同一人物の筆跡だとわかりました。つまり被害者は、自ら考案した手品の仕掛けで死んだのです」

「チンメイに渡した指示書が、ロバート本人が書いたなら自殺で決まり。サインと指示書の筆跡が同じなら、手品の失敗がチンメイの仕業と疑えないのだが――」


 なぜロバートは、観客のいないリハーサル会場をラストステージに選んだのか。

 世界的なイリュージョニストが、自分の死を演出するならば、新聞の一面を飾るような超満員の会場を選ぶのではないか。

 それに事故だったとしても、リハーサルであれば不測の事態を想定して、もっと早く救出できたはずだ。

 腑に落ちない。


「来日公演はロバートが死んだので、中止なんだろうね」

「いいえ、代理のイリュージョニストが『ロバートキヨザキ追悼公演』を行うらしいです」

「代理のイリュージョニスト? まさか、そいつは森脇杏樹じゃないだろうね」


 もしもフリーのイリュージョニストである杏樹が、ロバートの代理で舞台に立つのならば、同業者を殺害する動機がありそうだ。

 マジシャンの彼女は、きっと何らかのトリックを使って筆跡鑑定を誤魔化したに違いない。


「ええと、代理のイリュージョニストは、ロバートの一番弟子だった木下大です。木下は『師匠ロバートの命を奪った水中脱出マジックを成功させる』と、追悼公演の意気込みを語っており、公演のチケットも完売したそうですよ」

「代理のイリュージョニストは、木下大なのか」


 杏樹ではないものの、木下だって殺害動機もあるし、トリックを使うマジシャンだ。

 

「アルくん、今日は助手のアガサさんを同席させないのかい?」


 西日暮里警部補は、俺が一人で捜査情報を聞いているのが不満なのだろうか。

 たまには優秀な助手に頼らず、俺の力だけで難事件を解決したい。

 助手に金を渡して事件を解決しても、本末転倒だと気付いたからだ。

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