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第21話 『ドキドキ!くまちゃん待ち伏せ大作戦!』




深い森。いや、ジャングルと言うべきか。



怯える兵士に跨って、構えたナイフを喉元に向かってためらう事無く振り下ろす。

顔にこびりついた返り血を拭い、周りに横たわる大勢の兵士の亡骸から持てるだけの戦利品を持って、その場を後にした。

遠くを見渡せる開けた場所に出ると、遠方、小さな山の斜面に作られた小さな村が見える。複数の民家から細々と立ち上る煙を頼りに、再びジャングルを駆け抜ける。


村に着くと、大勢の村人達が歓声を上げて周りに群がってきた。手に持っていた兵士達の食料や武器はいつの間にか持ち去られ、流されるように村の中で一際大きな家に案内される。

戦利品の報酬だろうか。大きな魚を蒸した物や色とりどりの果物、動物の肉が入ったスープなど、豪勢な料理が地面に次々と並べられてゆく。全ての料理を難なく平らげると、内外にいた村人達の歓声は更に大きくなる。

その歓声を背中に受けながらその村を後にし、山の斜面を麓へ向かって走り出す。


麓には、周りの草木に覆われてひっそりと佇む、小さな洞窟が口を開いていた。

洞窟と言っても横に伸びている訳ではなく、縦方向に、ほぼ垂直に穴が空いているような造りになっている。

足に力を込め、勢いよくその穴に飛び込んだ。

恐怖心は無かった。瞬く間に視界は闇に飲まれ、落下してゆく僕の耳には、ゴウゴウと風を切る音だけが響く。



「うわぁぁぁぁ!!!!落とし穴!!?」


「……はッ!!?」


悲鳴に驚いて飛び起きると、そこにはゲーム画面に向かって叫ぶオヤピンの姿があった。


「もぉ!これだからダンジョンって嫌いなんスよね〜。探索し終えたフロアに落とされても何の意味も無いんスよ!

いや、待て待て、オヤピン考えろ。わざわざここに落とすって事は、秘密の隠し通路とか製作者側の何らかの意図が……」


ブツブツと独り言を言ってゲームを続けるオヤピンを眺めながら、なぜか僕は映画のワンシーンでよくある犬の鳴き声に起こされる飼い主の姿を想像していた。



「おはよう!気分はどう?」


「あぁ、サイコさん、おはようございます。おかしな夢を見ていました。それに頭が……」


疲労から来るものなのか装置の副作用かは定かではないが、ひどい頭痛がする。

しかし、やけにはっきりとした夢だった。 それに内容からして、あれは確かに記憶の映像の続きだったとしか思えない。装置を着用していないにも関わらず、だ。

黙っている訳にもいかないと思い、僕は奇妙な夢の一部始終をサイコさんに説明した。



「へぇ、中々ハードな夢を見たね……

おそらく、神経回路が装置によって刺激され、一時的に修復された部分を夢として見たのかもね」


カプセルと装置を使って記憶を取り戻そうとすると、50年もの年月がかかる。

その事を忘れていた訳ではないが、もしかしたら、少しだけ記憶が戻ったのではないか?

そう頭をよぎった僕を見透かしたかのように、サイコさんは淡々と語る。

それもそのはず、50年に対して僕がカプセルに入っていた時間は、ほんの数分間。そのわずかな間に記憶の定着など為されるはずも無かったのだ。

結局、僕の見た夢は修復された神経回路の"残り香"のようなものだったらしい。それは理解できる。

ただ、僕が気になったのは夢の内容だ。


陽の光さえも霞むような深いジャングル。

大量の兵士の死体。

山の斜面の村。

地の底まで続くような深い縦穴の洞窟。

それらは全て、過去の自分が実際に見た光景。だが今は、それを"実感"した記憶が失われてしまっている。

そのため、いくら子供の頃の記憶だと言われても僕は簡単に受け入れられる事が出来ずにいた。


「脳をいじられた後で不安になるのも分かります。が、あまり気にしすぎるのも身体に毒ですよ?それこそ落ちる夢なんか、私も何回か見た事ありますし」


「……そう、ですよね……」


そう、あくまでも"夢"。

過去の記憶と全く関係の無い出来事が入り混じっていても、何らおかしくはないのだ。ディエゴさんのおかげで、思考の渦に飲み込まれようとしていた気持ちをなんとか落ち着かせ、冷静になる事が出来た。



「まぁ、当初の"記憶を取り戻す"っていう目的はちっとも達成出来なかったワケだけど、かと言って全く手がかりが無かったワケでもない……よっ、と!」


サイコさんはデスクに散らばった書類の中から無造作に一枚だけ手に取り、スラスラとボールペンで何かを描き始めた。


「サイコさん、何を描いているんですか?」


「くまちゃん」


「……へ?」


すかさずディエゴさんが割って入る。


「癖ですよ、彼女の。頭の中で難しい物事を組み立てる時に、きっと手を動かしていた方が落ち着いて考えていられるんでしょう」


「それにしても禍々しい絵ですね……」


「あまり直視しない方が良い。リアル過ぎて夢に出ますよ」


「ひぇっ!?」


サイコさんの手によって形作られてゆくその姿は"くまちゃん"などという可愛らしいものでは無い。どこから見ても、涎を垂らして牙をむく灰色熊グリズリーそのものだ。



「ぃ〜……よし、完成!!

題して『ドキドキ!くまちゃん待ち伏せ大作戦』!!どう?傑作っしょ?」


「ッ!?……す、凄い。本当に……」


正直、サイコさんにこんな才能があるとは思っていなかった。

手を上げて驚く人間に今にも食らいつこうとする熊の姿は、とてもボールペン一本で描いたとは思えないほどの躍動感だ。

そして、そこに描かれた人間の姿は、記憶の映像で見た水鏡キョウスケそのもの。少なくとも僕にはそう見えた。


「まぁ、タイトルで台無しですけどね」


「な、何をォ!?」


慣れた様子のディエゴさんは、どこかの収集家のような素振りで容赦の無い言葉を突きつける。残念ながら全く同じ事を思っていた僕は、あえてその言葉を否定する事もサイコさんをフォローする事もしなかった。


「それで、考えはまとまりましたか?」


「ふん!この絵とタイトル通りだよ!」


そう言ってサイコさんはデスクに絵を叩きつけ、ギロリとこちらを睨みつける。


「ルカ!あんた、まだ記憶を取り戻したいと思ってる?」


「え?……え、えぇ」


「本気で!そう思ってる?」


「はい、本気で思ってます」


「じゃあ、熊になれ!!」


「はぁ!?」


意味が分からない。



「熊ってのはね、狡猾で、残忍で、執念深い生き物なんだよ。それでいて力も強いし頭も回る。あんたは、記憶と人格という大切な"獲物"をアイツに奪われたんだ。だったら地の果てまで追いかけて、本人から直接取り返すしかないでしょ?


さて、もう一度聞く。

たとえ人の道から外れようとも、必ずアイツから記憶と人格を取り返す。その覚悟はある?」



「…………」


奪われた記憶と人格を取り戻すには、世界のどこかにいる水鏡キョウスケを探し出し、本人から直接取り返すしか無い。

しかし、現在の水鏡は僕の人格によって『定義』の力その全てを自在に扱える、世界でただ一人の、本物の不老不死だ。

その神にも匹敵するような絶大な力に対して、僕は他人の人格、そして不完全な『定義』の力をもって対抗しなければならない。

そんな圧倒的な力に立ち向かうには、それこそ自分の獲物を奪われ怒り狂い、復讐に燃える、恐ろしい熊のような強い覚悟と執念が必要なのだ。


「サイコさん、僕は……」


このまま水鏡の人格と共に過ごせば、表向きは普通の人間として生きていく事は出来る。

だが、今の僕はそれを望まない。

悲願を達成した過去のRUKAぼくが聞いたら、きっと"何をバカな事を"と言うのだろう。



「僕は、僕の記憶と人格を取り戻したい!!この先、どんな困難があっても必ず自分を取り戻す!

こんな、水鏡の……水鏡キョウスケなんかの人格と付き合って一生を終えるなんて、絶対に嫌だ!!」



水鏡が不老不死の力を何に使うかなんて、分かりきっている。

彼は、この世界を、人類を滅ぼす気だ。

『定義』の力に溺れ、自らを破滅寸前に追いやった愚かな人類を、その手でリセットさせるつもりなのだ。


「……本当に、いいの?このままアイツに手を出さなければ、あの街で幸せに生きていけるんだよ?」


サイコさんは、あえて僕に選択を委ねたのだろう。水鏡が世界を滅ぼしかねないという事をいち早く察知していた上で、せめてわずかな間でも僕が普通の人間として生活してゆく事を許そうとしてくれていたのだ。

だが!!


「そんなの、こっちから願い下げですよ!僕、あの街キライですから!!」


あんな狭くて窮屈な街なんか、まっぴらごめんだ!




「年寄りには、過ごしやすい街なんですけどねぇ……」


「あっ!!」


ハッとしてディエゴさんを見ると、遠い目をして肩をプルプルと震わせている。


「ディエゴさん、すいません!そんなつもりで言ったわけじゃ……」


「ふふふ、お気になさらず。人によって感じ方は違いますから。ただ、暇を持て余したジジイとしては、時々私の店に寄って顔を見せて頂けたら、と思っていたものですから少々物悲しくなってしまって……」


「い〜、行きます行きます!さっきは興奮してつい口走っちゃったけど、ディエゴさんとテンテットを嫌いと言ったつもりはこれっぽっちも無いんです!

え〜っと……そ、そう!寄らせてもらったらまた、ハンバーグご馳走して下さい!」


「2580エンニナリマーーース」


「うわぁぁぁぁ……」


僕は興奮のあまり、ディエゴさんがあの街に住んでいる事をうっかり忘れてしまっていた。


「ルカ」


「は、はい!」


後ろから肩を掴まれて無理やり身体を向き直させられると、サイコさんはこちらに顔を近づけて来る。


「さっきの言葉に嘘は無い?」


「……はい」



「よし!!決まりだな!!」


サイコさんは満面の笑みを浮かべて、嬉しそうに僕の肩を叩く。


「あんたがそう決めたんなら、アタシも全力でバックアップする!ついでにあのクソバカヤローに、世界を滅茶苦茶にした責任もしっかり取って貰わなきゃな!!」


そう言ってサイコさんは先ほどの大作、『ドキドキ!くまちゃん待ち伏せ大作戦』の余白部分に、またしても何やら書き出した。

だが、今度は絵ではなく、どこかの住所を書き足しているようだった。



「よし。ルカ、この住所に記載されている場所に行くんだ。まずは、そこで強くなれ!」


え?


「ディエゴの事は気にしなくていいよ。どうせこの先、あんたの旅には着いていけそうに無いからさ。あ、でも顔だけは時々見せに行ってやってね」


え……?



「アタシは、あんたの次の目的地に一緒に着いて行く事は出来ない。だから、ひとまずお別れだ」
























































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