第10話 殺意と狂気
投稿が1日遅れてしまい、申し訳ありません。
『ワァオ!話には聞いてたけど、ホントに身体から炎が出せるんスね!!
"PSI"の能力が使えるなんて激レアじゃないっスか!ラッキーウーマンっスね〜』
「親分!この女に復讐するまたとない機会だ、激レアかなんか知らねーが俺は思いっきりやらせてもらうぜ!!」
カボチャ男が少女に向かって叫ぶ。
『あんまり雑魚キャラフラグ立てない方がいいっスよ〜。さもないと……』
「あじゃああああ!!!!」
『ほ〜ら、言わんこっちゃない』
戦闘開始の合図からほんの十数秒、まるで僕だけが時間の流れから追い出されたかのように1秒1秒が長く感じる。
異形達は止めどなくサイコさんに群がり、その中央から火柱が上がったかと思うと直後に断末魔が響く。その繰り返しだ。
炎を繰り出す対戦相手に興奮し、狂乱し、ヒステリックな雄叫びを上げては激発し、やられては悶絶、そしてまた襲いかかる。
僕のような雑魚には目もくれず、自らの力に耐えうる相手にただひたすら暴力衝動をぶつけにゆく。
「次から次へと鬱陶しいんだよッ!!」
サイコさんはその銀髪を振り乱しながら、異形の腹へ向けて炎の拳を連続でお見舞いする。
背後の敵に髪を掴まれると、すぐさま後ろ回し蹴りを喰らわせてそれを撃退、直後に前方から来る右ストレートを紙一重で躱し、顔面を鷲掴みにして焼き焦がす。
「凄い……」
正直、僕はサイコさんに魅入ってしまっていた。
そんな状況ではない事は頭で理解していたものの、舞踏家のように華麗に舞うその動きに思考が止まってしまう。
『こらこらお前達、そっちのヒトデ少年も相手しないと可哀想っスよ?人は見かけによらないんスから、油断大敵っスよ〜』
こちらに向けられた少女の声に驚き、我に返る。同時に、次第に標的は僕に迫りつつあるのを理解した。おそらく再生能力を持っていない奴等だろう。
サイコさんに敵わず、返り討ちにされた奴等がその鬱憤を晴らすために次は僕をいたぶろうとほくそ笑んでいる。
少女の声に反応した二人の異形がこちらに近づく。一人はへし折られて妙な方向に曲がった片腕をぶらりと下げ、もう一人は全身を焼かれて真っ黒に焦げている。
それでも笑っているのだ。
挑んだ相手が強すぎる。だが久々の獲物をいたぶり、弄び、少しでも快感を得たい。そのためなら『別にこいつでもいいや』、そう思い始めているのだ。
サイコさんの事を考えるならば標的が分散するのは都合がいい。だがジリジリと詰め寄る敵に対して未だ恐怖心は拭えない。
「ルカ!これ使え!!」
敵と敵の隙間を縫って、サイコさんがこちらに向かって何かを投げた。
くるくると宙を舞うそれに手を伸ばして受け取った時、掌に鋭い痛みが走る。
「痛ッ!?これは……」
それはナイフだった。
おそらく僕の右脚を切断した時に使用した物だろう。受けとった時に刃の方を掴んでしまったようで、右の掌の傷口から血が滲み出ている。
急いで左手にそれを持ち替え、それらしく構えてみる。もちろん武器を使って戦った記憶など無いが、その手にずしりと感じる程よい重さと鈍く黒光りする刃先を見ると、不思議と恐怖心は薄れてゆく。
「ルカ、自信を持て!!こんな奴ら、そのナイフだけで充分だ!避けて、突く!払って、裂く!相手を倒して、刺す!自分に言い聞かせろ!!うおっと!?」
敵の猛攻に耐えながらサイコさんは叫び続ける。
「とにかく闘え!あんたは人類最強の
『不老不死』だろうが!!」
避けて、突く。
払って、裂く。
相手を倒して、刺す。
とにかく闘え。
「避けて、突く。払って、裂く。相手を倒して、刺す。とにかく闘え……」
サイコさんの言葉を頭の中、そして自分の言葉として繰り返す。
右手の傷口、その血を拭ってみる。痛みはない。傷跡も消えている。
左手に握りしめた黒いナイフを見つめる。近接戦闘を目的に使用される『コンバットナイフ』だ。
立ち向かう覚悟ができると驚くほど冷静に、落ち着いていられるのを感じる。
「そんなちっこいナイフで何が出来っかァーーー!!」
骨折した奴と黒コゲが同時にこちらに襲いかかって来る。
焦るな、よく見て、考えろ。
今の武器はナイフ。2人を同時に相手取るのは分が悪い。
一方は片腕の骨折。上半身は裸。背丈は僕より少々小柄な体型だ。能力の判別は難しいが、殴りかかったところをサイコさんに折られたと仮定すると、体型にそぐわず道具を使わない肉弾戦を得意とする攻撃スタイルの可能性が高い。
もう一方は全身に火傷を負い、スラリとした長身で細身の体型だ。黒コゲになる程の火傷を負っても動けるという事は、何かしらの能力を持っているのは確実だ。そして今までにサイコさんは近接戦闘の際、このように全身に燃え広がるような炎は使っていない。それほど広範囲の炎を食らったとなると、路地裏で豚男に放った前方に噴き出す火柱。あれを食らったに違いない。
ならば近接攻撃に加えて遠距離での攻撃手段があると考えておいた方がいい。
僕は真っ直ぐに走り出す。直後に地面を蹴り、向かって右側の黒コゲ、その真横に回り込む。仕止めるなら、離れられると厄介なこいつからだ。
瞬時に反応した黒コゲは右ストレートを繰り出す。振り下ろされるように出されたその腕を首を仰け反らせて躱し、素早く懐に入り込む。直後にガラ空きになった腹部に向かって左フック。逆手に持ったナイフの刃が相手の腹を真っ直ぐに裂き、それを返すように左脇腹を突き刺す。
「ぐぁっ!!」
小さく呻き声を上げて黒コゲが後ろに退く。
距離を取ろうとする黒コゲに追撃を加えようとすると、真横から骨折した異形のパンチが飛んで来る。僕は追撃の足を止め、その手を払うように攻撃を受け流す。
片腕の自由が効かないとは思えないほどに次々とパンチの波が押し寄せて来る。カボチャ男や郊外の老婆を思うと、おそらく受け止めたら一撃で僕の身体は粉砕されるだろう。足を広げ姿勢を低く保ち、それを躱しながら骨折した左腕、死角に入り込む。
その時、骨折しているはずの左腕が瞬時に動きだす。胴体は前を向いたまま、左腕のみが後ろ向きにアッパーを繰り出してきたのだ。回避が間に合わず、両腕をクロスさせてそれを受け止めるが、衝撃で後方に吹き飛ばされてしまった。
「くくく、折れてるとでも思ったか?」
そいつは首だけをギリギリと後ろに向けて、ニヤリと笑う。どうやらこの異形は骨折していたのではなく、関節を無視してあらゆる方向に身体を曲げられる能力なのだろう。
直撃を受けた右腕に鈍い痛みが走り、ビリビリと痺れる。だがナイフを持った左手はまだ無事だ。的外れな予測を反省している時間は無い。右腕が使えなくなった事を悟られぬよう、すぐに攻撃を開始する。
次々に飛んで来る右ストレート、左フックを躱す。膝を逆方向に曲げ、関節を無視した右脚の蹴り上げを左腕で払う。異形の伸ばした左腕が関節と逆方向にぐにゃりと曲がり、僕の顔面に掴みかかろうとする。頭を下げて躱そうとするが、髪の毛を掴まれる。
髪ごと持ち上げられ、そのまま地面に叩きつけようとする左腕、その肘に向かってナイフを突き刺す。
一瞬、力が緩んだ隙にその腕を掴み、回転させ、突き刺したナイフのグリップ部分に膝蹴りを食らわせる。
ボキ、という太い木の枝が折れたような鈍い音を立て、左腕がぶらりと力なく垂れる。
今度こそ本当に骨が折れたようだ。
「ぎゃあぁぁぁ!!」
仰向けに倒れて悲鳴を上げる異形を御構い無しに掌を踏みつけ強引にナイフを抜き取り、動きを封じるために両足首を素早く突き刺す。
「倒して、刺す……」
「ひぃ、ひぃぃぃ!!」
胴体は前を向いたまま、頭と手を後方に曲げて膝を逆に折り、四つん這いのような形になって異形は後ずさる。間違いない、こいつは軸となる胴体だけは曲げることが出来ない。心臓を向けたまま逃げるなんて馬鹿な奴だ。
トドメの一撃を食らわせようと近づいた時、後方で微かに音が聞こえたかと思うと、何かが高速で頰をかすめる。
振り向いた先にいたのは、仕留め損ねた黒コゲだった。
距離にしておよそ10メートル弱、黒コゲは中指を水平に突き立て、照準を定めるかのようにこちらに向けていた。中指の爪はボウガンの矢のように長く、尖っているように見える。
「くらえ、ファッキンネイル!!」
黒コゲが叫んだと同時に爪が高速で打ち出される。顔に刺さる寸前、払いのけるようにそれをナイフで叩き落とす。
先ほどは不意打ちを食らったが、面と向かって対処できれば大したスピードも無く、威力も弱い。
加えて、相手は後ろ向きの僕に向けて発射したにも関わらず的を外している事から、こいつは自分の能力を上手く使いこなせていないようだ。
「あぁっ、もう"弾"が無い……!」
慌てふためく黒コゲに向けて、持っていたナイフを投げる。ナイフは真っ直ぐに軌道を描き、黒コゲの右眼に突き刺さった。
「うぎゃあぁぁぁ!!」
程なく上がる甲高い悲鳴に背を向けて、僕は関節無視の異形へ向き直る。
「く、来るなぁ!」
黒コゲに刺さったナイフを回収するのは、こいつを始末してからでいい。
四つん這いとはいえ、まるでブリッジのような体勢で逃げようとする異形の蹴り上げを難なく躱し、足払いをかける。尻餅をついて地面に伏せたそいつの胸元を踏みつけ、力を込める。
「あ、あが、息がでぎね……」
踏みつける足に更に力を込めると、ミシミシとあばら骨の軋む感触がブーツを伝って感じられる。
「"走馬灯"は、見えるか?」
何も感情は湧かなかった。
きっとこいつにとって僕は、あの時のカボチャ男と全く同じように見えているのだろう。
このまま胸部を踏み潰せば、きっと死ぬ。
だが、こいつらは明確な殺意を持って僕達に襲いかかって来たのだ。
『殺意』には『殺意』をもって対抗するしか、ない。
「か、か……か……」
異形は唇を痙攣させて、白目を剥く。
意識を失いつつあるようだ。
足に力を込める。
『早く死ね』
ブーツの下からバキバキとあばら骨の折れる感触が伝わる。
『はやく死ね』
異形の口から血の混じった泡が噴き出す。
『はやくしね』
突如、大きな銃声が辺りに響き渡る。
背中に衝撃が走り、前方に吹っ飛ばされる。
何が起きたのか理解出来ぬまま、後方を振り向く。
すると再び、銃声が鳴り響く。
直後に僕の心臓から血が噴き出し、どくどくと流れ出す。全身がガクガクと震え、視界が狭まり、力が抜けてゆく。
肩甲骨の下あたりに1発、そして前方からさらに1発、ちょうど心臓を挟み撃ちにするように2発の銃弾を受けてしまったらしい。
かすみゆく視界の中に映ったのは、夜の月明かりに照らされたスナイパーライフル、そしてそれを構える"見覚えのある男"。
銃声は後方からではなく、後方の廃ビルの屋上からだったのだ。
キーンという耳障りなハウリングの後に、その人物は少女の持っていた物と同じような装飾の拡声器をこちらに向ける。
『あー、あー、ゴホン。
お二人とも、ご無事ですかー?』
未だ複数残っている異形達は、突如鳴り響いた銃声と現れたその人物に釘付けになっていた。
その中に立つ傷だらけのサイコさんは、大きくため息をついて叫ぶ。
「遅っせぇんだよ!てゆーか、来るなら来るって言えよ!『鉄砲玉』!!」
黒い蝶ネクタイを締め、小綺麗なバーテンダーユニフォームを着てニッコリと微笑む、白髪を蓄えた初老の男性が、そこにいた。
「ディエゴ……さん……」




