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9日目


「あっ」



「おはよう、高木さん」



「……おはよう」



 田中くんは登校していた。誰よりも早く。誰もいない教室で金魚達にご飯を与えていた。いつも通りに。



 わたしは早く答えが知りたくて、自分から切り出した。



「昨日はどうして休んだの」


 田中くんの視線はわたしの方には変わらない。



「……なんとなく」



 田中くんは水槽を見つめながら卑怯な答えを返してきた。



「あっ、ずるい」



 わたしは大袈裟に歩幅を大きくして歩き自分の机に鞄を勢いよく置いた。その様子が可笑しかったのか、田中くんは自分の席に座りながら声を殺しながら笑っていた。なんとなくお父さんと被り馬鹿にされている。同じ子供なのに子供扱いされている気がして。


 でも、それを好意と感じたわたしは安心した。嫌われたわけではないのだと。昨日までのもどかしさはたった今消えた。



「今日は、暑くなりそうだね」


 雲が確認できない青空を見ながら田中くんに尋ねた。



「そうだね。こんな天気が続けば、近くの公園の桜も案外早く咲くかもね」



 桜、か。



「そう、かもね」



 お父さんの涙と桜が重なり、手放しには喜べなかったけど田中くんの言葉に同調することにした。


 田中くんとの会話は他の生徒がくる頃には自然と無くなっていた。







 時間は午前最後の4時間目。どう頑張っても成績が上がらない体育だった。しかもこの快晴の中での持久走。痩せるためには少し頑張らないと。




 学校の周りを3周走る今日の体育。後ろから追いついてきたの後ろに髪をまとめたマユミだ。わたしが速いわけじゃない。周回遅れしている。入学して以来、新調していないジャージが小さいから走りづらいとか言い訳したくなってきた。




 マユミはスピードを落としわたしと並走し始めた。育ちの良い胸を適度に揺らしながら。視線を自分の胸に移してみたが余計に息があがるだけだった。





「りさ〜、もしかしてさ、好きな人できた」



 わたしの走るペースにマユミが合わせていきなり聞いてきた。


 なんで走りながら喋れるの。どうしていきなりそんなこと聞くの。

「い、いないよ。そんな人」



 嘘じゃない。好きってなんなのかよく分からないけど、そういう人はいない。



「そっか〜」


 マユミはそんな言葉を残して、一完歩ごとにわたしとの距離を広げていった。颯爽と駆け抜けていく彼女の後ろ姿は絵に描いたように美しく、自然と、逃すまいとしてわたしの脚も限界を通り越してもまだ動いてくれた。





「おつかれさんっ」



 ゴールにいたマユミは髪をほどいて愛嬌ある笑顔でわたしを出迎えてくれた。膝に手をつき、地面が視界いっぱいに広がった先にはわたしの汗が何滴か垂れていた。



 今日の夜は体重計に乗ろう。


 そう思うほど、わたしの膝は笑い全身の汗腺はこじ開けられていた。





 放課後になってわたしのシャツはやっと乾いてくれた。今さら制服に着替えるのも面倒で、少し腰履きをしながら図書館に向かった。




 見飽きたオブジェクトに感謝しつつ、休館の紙が貼られていない入り口を開けた。



 わたしは田中くんの足取りを真似して、真っ直ぐ生物関連のスペースに向かった。



 やっと。やっとだ。身体の中でなにかが疼くのを感じながら、わたしは自分が置いた場所を探した。




 でも無い。



 整理されて本来の場所に戻ったのかと思い、端から端まで探したが、やっぱり無い。



 近くの別のジャンルのところも探したが無い。



 全てのコーナーを探そうと思ったが、館員らしき女性に声を掛けられた。




「何かお探しですか。一緒に探しますよ」




 死体の本を。一緒に。無理だ。言えるわけがない。



「あっ、無かったので、帰ります」



 わたしのシャツは昼前にかいた汗とは違う汗で、また湿り気を帯びていく。





 わたしは家に帰り、丁寧に手を洗った。手が冷たくなり痛みを感じるまで。着ていたジャージは飛び散った水の痕で何かの柄の様に見えなくもなかった。



 本が見れないもどかしさ。



 悔しさ。



 わたしは初めて、自分で自分を慰める事に決めた。

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