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戸惑いの少女と歌喰らう獣  作者: 長野 雪
Ⅶ.かごの鳥
23/29

1.それでも抗う

※虐待ちっくな表現あり。


 目を覚ました時、あたしはベッドではなく、いくつも敷き詰められたクッションの上にいた。


(えーと……?)


 ぼんやりした頭で、寝る前のことを思い出そうとする。


「あら、ようやくお目覚めかしラ?」


 声のする方に目を向ければ、楽しそうにこちらを見ているハルピュイアを見つけることができた。ただ、寝ぼけているのか、視界がなんとなくおかしい。


「うふふ、それも素敵ヨ」


 視界に感じた違和感の正体はすぐに分かった。ハルピュイアの姿が黒い格子の向こうに見えたのだ。慌てて周囲を見回せば、自分が大きな鳥籠の中に閉じ込められたのだと分かる。


「これは、何のマネよっ」


 立ち上がろうとして気づいたのは、服装だった。動きやすい服を好んで着ていたあたしだったが、これは違う。やたらとレースがふんだんに使われた長い裾のドレスだった。お金持ちのお嬢様が好みそうな、まるで人形のような恰好だった。


「逃げられたら困るもノ。それにそういう服の方が似合うわヨ?」

「騙したの、ねっ!」


 大声を上げたあたしは、喉の異変を感じて咳き込んだ。


「なに……これ」


 鈍感な話だけど、首に手を触れて初めて、その存在に気が付いた。


「素敵でショ? ドレスと同じ白で合わせてみたのヨ」


 首に巻かれていた硬質な感触は、一体何なのだろう。

 あたしの困惑を感じ取ったのか、ハルピュイアが満面の笑みを浮かべた。彼女が手を振ると、どこからか鏡が出現した。


「な……」


 あたしは映し出された光景に絶句した。

 白いフリルたっぷりのドレスを身に着けたあたしの首に、白い陶器のような首輪がつけられていたのだ。首輪には細い鎖がつけられ、それが鳥籠の外までつながっている。


「さぁ、歌ってヨ。あたしのためニ」


 うふふふ、と心底楽しそうに笑うハルピュイアが目の前にいる。


「こ、んなので、歌えるわけないじゃない!」


 あたしはクッションを掴み、彼女に向かって投げつけた!

 もちろん、格子にぶつかって、ハルピュイアに当てることはできない。ただ、それでも、そうせずにはいられなかったのだ。


「あらあら、そんなにワガママ言わないのヨ」


 心底嬉しげに、ハルピュイアは、鎖の先を握った。


「あんまり悲しいこと言うと、やりたくないことをしなくちゃいけないワ」


 ぐっと首元が締り、あたしの手が呼吸を求めて泳ぐ。

 引っ張られるままに、鳥籠の鉄柵に体を押し付けた。


「ネ? あんまり手間かけさせないのヨ」


 ひゅん、と風音がしたかと思うと、あたしの背中に激痛が走った。

 見れば、ハルピュイアの手に乗馬用の鞭が握られている。

 鎖が手放され、あたしの体はくたり、と地面にひざまづいた。


「さぁ、歌ってくれるわよネ?」


 息を整えたあたしが見たのは、愉悦の表情を浮かべ、鞭をひゅんひゅんと振り回すハルピュイアだった。


「あなた、最低ね」

「それは、まだしつけが足りないってことかしラ?」


 避ける間もなく、鞭があたしの左肩を打つ!

 その衝撃と痛みに倒れそうになった上半身は、しかし、引っ張られた鎖によって無理やり起こされる。


「さぁ、歌いなさイ。どんな歌でもいいワ。アタシのために歌うのヨ」


 ねっとりとからみつくような声に、あたしは拳を握りしめた。


(痛いし、怖いし……でも)


 歌ったところでどうなる?

 ハルピュイアの望むように歌えば、きっと痛みからは逃れられる。ただ、それはずっとこの鳥籠の中で飼い殺しになるということだ。

 歌わなければ、また、鞭が飛んでくるのだろう。もしかしたら、命を取られるかもしれない。


「……分かったわ」

「なんでもいいわヨ。あなたが歌ってくれるなラ」

「いいえ、あたしは歌わない。それがあなたの裏切りに対する答えよ」


 あたしの右肩に激痛が走る。それが鞭ではなく、羽根を投げつけられたのだと知るまでに、それほど時間はかからなかった。


「ずいぶん強情な人間ネ! イライラするワ!」


 あたしの左腕、右手の甲、そしてお腹に次々とハルピュイアの羽根が突き刺さる。


「何とでも言えばいいわ。あたしは歌わない。ラスを裏切ってしまったあたしだけど、ラスの敵であるあなたに有利に動くわけにはいかないわ」


 「ずいぶんとあのケダモノが良かったようネ。人間のくせに、そんな生意気な口をきくなんテ!」

 苛立ちとともに投げつけられた羽根が、あたしの左耳を貫く。


「あら、きれいなピアスになったじゃなイ。それに、赤いのも似合うワ」


 耳たぶから流れ落ちた血が、純白のドレスに赤い花を咲かせる。それ以外にも、羽根の刺さったところから滲む血が、まだらに小さい花を咲かせていた。


「その強情、いつまで続くかしラ……?」


 ハルピュイアの目が妖しく輝いていた。


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