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ゾーンの向こう側  作者: ライターXT
再考編(合宿)
99/207

第99話   Feeling Of Wrongness

中林の案によって、今まで慣れ親しんだポジションでなく、フォワードの久保がキーパーをしたり、攻撃的なサイドバックである中林がセンターバックになるなど流動的になった。実際に体験しながらチームメートそれぞれの苦労を体で味わい、それぞれがそれぞれに本来のポジションの選手が体感してきたものを感じる。それはチームワークを深めるものになった。その代償が2失点してOBチームとの差が3点差に開いても仕方のないものと判断出来るほどであった。

しかしそれは、逆を突けばチーム全体による自己満足でしか無い。覇気はあってもそれを実行するだけの技量を、慣れないポジションの中では発揮出来なかったのだ。

『いい経験』『相手の気持ちに気付た』残酷ながら、そんな安っぽい言葉が似合う光景になって、時間は刻々と過ぎていくだけ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・の、はずだった。


本来前線の選手たちが後衛にまわって守備をする中で、『それ』に気付くまでは。

『それ』とは【違和感】のことである。

自分たち現役チームに対してでなく、相手であるOBチームへの違和感に。





時を同じくして、大下は面接室で困惑していた。

「どうだ?」

「・・・え?」

美津田監督からの質問は実に端的で、自身に対するものか、チームに対するものか、現在進行形で展開されている試合に対するものなのか、分から無かったため、大下は返事に躊躇した。


「どうだ?と、聞いている。答えてみろ。」


「その・・・試合に関してですか?オレ自身に対してですか?」


「どっちからでも良いし、それ以外に関してでもいいぞ。」


美津田からの言葉で、大下は少し時間を置いた後、試合の状況について明言した。


「試合はシーソーゲームでしたけど、中林の言葉のお陰でちょっとやり方変えてみて、新しい流れが来そうな気がします。」


「・・・どう思ってる?」


「はい???」


「大下、お前はその展開に満足してるか?」


大下には一挙に2つの感覚が押し寄せた。


1つ目は衝撃である。

言葉では中林達の意見に賛同したものの、正直自身が初めてチームをリードしていた試合で『ポジションを流動的に変更しよう』などと水をさされたのだから、正直良い気はしていなかった。今までの流れを全て失うかもしれないという不安を抱いていたからだ。それでもチームの雰囲気を大切にしていこうという精一杯の配慮から、不満は口にせず面接に来たのに、それを目にしていない美津田に見抜かれたことが衝撃の全てだった。


2つ目は悲壮感である。

自身が奮起した場面でなく、ナルシストの中林が奇抜な意見を出した瞬間が試合のターニングポイントになったことが情けなくて仕方無く、それを簡単に美津田に悟られたことが、自分は単純な人間なのだと感じざるを得なかったからだった。


しかし、美津田が続けた言葉はそれらの感覚を払拭してくれるものだった。


「それが、お前の凄いところだよな。」


「え??」


「チームにとって大切なのはどっちかを考えて、即座に自分の思いを捨てたんだろ?凄いよな。」


「・・・。」


「フォアザチームの精神ってあるだろ?」


「えぇ。一人はみんなのために、みんなは一人のために的なことですよね?」


「少し違うんだが・・・まぁ大体はそういった感じかな。そのフォアザチームの精神・・・お前が一番持ってるんだろうな。5人のキャプテンの中で。」


「・・・・・・。」


「話を急に変えるけどな、お前は【進路】をどう考えてる?」


「進路!?・・・私立大学の推薦を考えてますけど。」


「誰のためだ?」


「え!?」


「自分が楽をするためか?親を早く安心させるためか?」


「そ・・・そんな・・・。」


「それともアレか?小学校からずっと一緒で、そろそろ嫌気が差した木村と早く離れたいからか?」


「な・・・!そ・・・!そんなの!!アンタに・・・あんたに関係ないだろ!!!!」

大下は怒号を放った直後に動揺した。自分でも驚く程の大声を、彼は出したからである。




「そこだよ。」


「・・・え???」


「お前はどうしていっつも二択なんだ?」


「????????」


「お前はどうしていっつも、気持ちを押さえ込むか一気に吐き出すか、どっちかなんだ?」


「な・・・・・・!」


「黙っていることがフォアザチームの全てじゃない。できる限りチームには波風を立てないようにする代わりに、試合相手には自分のできる限りの持ち味を発揮して逆をとるお前のプレーは、時にバランスが悪すぎる。チームメイトには気持ちを押し殺して、相手チームには全力で牙を向くのもいいかも知れんが、中間があっていいかも知れないぞ。」


「そ・・・そんなの!・・・簡単に言われても・・・。」


「現に望月は、この合宿の間にそれを体得したぞ。」


「望月が・・・ですか?」


「よーく思い出してみろ。そんな場面が1つや2つはあったはずだ。」


確かに大下がスポドリを薄める案を出した時、合いの手を入れてくれたのは望月だった。


「言いたいことをやっと言えたと思ったら、また黙り込む。それじゃ楽しくないだろ?もっとチームと楽しもうや。色んなことを。プレーはすっごく楽しんでるんだから。」



「・・・。簡単に言ってくれますけど、じゃあ・・・具体的にどうしろって言うんですか?」


「誰かの意見に対案を出すか、同意するかだけじゃ無くて、修正案を出してみろ。何でもいいから。」


「それだけで・・・上手く行けますかね?」


「試してみればわかる。」


「そう・・・ですか。」


「あぁ。」


「・・・面接は・・・これで終了ですか?」


「いや、もう一つある。」


「何です?」


「お前、得意なドリブルパターンって何個くらいある?」


「得意な!?・・・えぇっと・・・。」


「正直、上体フェイントみたいな簡単なのを入れても10個も無いだろ。」


「・・・は・・い。」


「そして最近、そのパターンを無理に増やそうとしてるだろ?」


「な・・・何でわかったんですか!!?」


「5個・・・いや、倍くらいか。」


「そ・・・そうです。」


「付け焼刃だ。無理するな。」


「やっぱり・・・そうですよね。」


「その代わり・・・。」


「え?その代わり!?」


「もう得意にしているドリブルパターンを更に練習しろ。」


「さらに!?そんな必要あります!?」


「有る。更に練習し続けろ。そして一瞬でも、コンマ0.001秒でも、兎に(とにかく)少しでも【素早く】出来るようになれ。」


「素早く・・・それで・・・いいんですか?」


「それがお前にとってのベストだよ。」


「・・・。」


「話は以上だ。じゃあ、次の部員を呼んで来てくれ。」



「えぇ、でもその前に・・・。」


「ん?なんだ?」


「俺が私立大学の推薦を希望しているのは、決して木村と離れたいからとか、親の為とか、そんなんじゃありませんから。」


「わかってるさ。さっきのはワザとだよ。」


「なら・・・いいですけど。」


『木村と離れたい』その指摘は決して正解では無かった。でも、決して不正解でも無かった。美津田の言葉に大下が激怒した最大の理由は、そこだったのかもしれない。





場面は戻って練習試合。


久保は中林にその【違和感】について話をしていた。


「なぁ、なんか先輩たちのチームってよぉ。【バラバラ】だな。」

「はぁ?何の話だよ!試合に集中しろ!!」


中林が大声を張り上げた直後、OBチームの伝説的アタッカーである滝沢が鋭いミドルシュートを放った。


これは久保の指先が触れてネットを揺らすのを防いだが、久保は味方がコーナーキックをクリアしてくれた直後に更に話を続ける。


「お前は思わないか?中林。そりゃ滝沢さんは強いけどよぉ。なんかあっちのチームって、みんな動きたいように動いて『一体感』的なものが無いよな。」


「んなもん俺らにだって無いだろうが!!」


「そうか?」


「はぁ???」


「お前は浮かばないか?もっとこうした方がいいのにとかってアイデアが。」


「・・・・・・ん?」


「何か・・・何でか浮かんでくるだろ?不思議と。」


「そりゃ・・・タマにはな。」


「何で浮かんで来るんだろうな。」


二人がそんな話をしている最中、再び10分間の休憩タイムに突入する。


大下は丁度そのタイミングでグランドに戻ってきた。



「おぉ、お疲れ、大下。」


「あぁ・・・試合はどうだ?」


「2点取られちまった。・・・悪りぃ。」


「謝んなよ。収穫はあっただろ?」


「うーん・・・そのぉ・・・。」


「無かった・・・のか!?」


「いや、収穫はそりゃあったさ!みんなお互いのポジションは大変なんだって言うのは分かったよ。・・・ただなぁ・・・。」


「ただ?」


「なん・・・かさぁ・・・あっちのチームって・・・なんか【勿体無い】なぁって思うことが時々有るよな。後ろから見てると。・・・だろ?中林。」


「ま・・・まぁ、そういう時もあるけどな。」


「お前ら、そりゃどんな時にだ?」

突如会話に割って入ったのは木村だった。

「いや・・・『もっとあの先輩がこっちに入ってたら危なかったなぁ』とか、色んな考えが後から浮かんでくるんだよ。何でかわからないんだけどさ。」


「例えば?」


「例えば、し・・・宍戸先輩はすぐクロスばっかり放ってるけど、中盤や逆のアタッカーが変速的な感じで中央に同時に走って・・・逆サイドバックがその間に・・・。」


「・・・おい久保!何でお前も同じこと考えてたんだ!?」


「は!?中林!!お前もだったのか!!!?」


「・・・・・・。」


「ど、どうしたよ大下。黙り込むんじゃねぇよ。そんなに俺らが同じこと考えたのが気持ち悪かったのか?」


「いや・・・今、俺も一瞬全く同じことイメージしたから・・・。」


「はぁ!!!?どういうこと!!!?」


この不思議な考察現象の理由を解き明かそうと、一同は一瞬黙り込んでしまう。


最初に気付いたのは大下だった。



「あ!!!!!!!!」



「なんだよ!うっせーな!!」


同級生達から叱られながら、大下は一瞬考え込んで、こう口にした。







「なぁ、美津田って毎日ボール使わないでゲーム形式の練習させるよな?」


「はぁ?だからなんだよ!」







「あの練習の時って・・・カウンターの練習って何割くらいだっけ?」




「え?・・・3・・・いや・・・2割くらいじゃね?」




「残りは?」


「??????」




「残りの8割は?」


「は?そりゃ、ゾーンプレスとパスワ・・・!!!!!!!!」





休憩時間が終了し、再度試合が再開されるとOBチームは開始早々立ち尽くしてしまう。その動きとリズミカルにすら感じられる音に。



パン!パン!パン!パン!パーン!


正規のポジションに再コンバートされた現役国巻チームが、左から右へと流れるようにパスを繰り出し、右サイドバックの中林が一瞬でゴールネットを突き刺したからである。

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