第98話 一人ぼっちの掌(てのひら)
国巻高校現部員たちは、久保が面接を終えて戻ってきた時点で、些か戦慄が走る。
「次の面接は、誰になるのだろう?」と。
今、この押されている現状で最もグランドから離れて欲しく無かったのは大下であった。
普段の物静かな性格に反し、今日限りは部員に激を飛ばすこの勇士は、点差を中々縮められない彼らにとっては唯一のバンディエラ(軍隊において旗を掲げて選手の士気を高める者)だったからである。
しかし、久保から出た固有名詞は残念ながら、その「大下」だった。
表情に出すまいとしながらも、彼らからの落胆の表情は隠しきれない。
その名を告げた久保自信もそれは感じていた。
OBチームの中で得点を量産していく滝沢は、やはり異次元に近いスキルだった。
滝沢のプレースタイルは、完全なるシャドーストライカータイプ。
相手のスペースを瞬時に見つけ、決定機を生み出す。現プロサッカー選手で言えば、香川真司のようなそのスタイルは、一高校サッカー部員にとって猛威以外の何者でも無かった。
彼らは痛感する。流石、プロからオファーが来ただけのことはあると。それを認めざるを得ない程の能力差。
彼らがそれを嫌というほど感じている最中に久保が大下の名を呼んだ瞬間、丁度10分間の休憩時間に入る。
大下は久保に告げた。
「この休憩終わったら、すぐ行く。」
久保もそれにゆっくり且つ静かに首を縦に振って同意する。
大下はさらに発言した。
「3年生の半分が面接を終わった。1、2年生全員も含めて全員面接するならまだまだ時間があるが、俺はそうは・・・思わない。多分、3年生全員を面接したら終わると思う。」
後輩たちは息を呑む。大下は続けて話しだした。
「このままだと、40分の試合をあと2~3回分で試合が終わっちまう。でも、ここまで来て緊張の糸が切れてもいけない。折角競り合ってるんだからな。だから、この休憩が終わってからの戦い方で、何かいい案がある奴はいないか?」
ここで意外にも、間髪いれずに中林が立ち上がる。
「どうだ?中林。」
「いや・・・名案とかじゃないんだけどよぉ・・・。」
「ん???」
「いや・・・。」
中林は自分の掌を見つめながら、10分前の記憶を辿っていく。
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中林が面接を終えて帰ってきた時、大下はスタミナ切れしていく部員たちのことを考慮して、一つの苦肉の策を思いつく。
それは、フィールドプレーヤーがキーパーになるというものだった。
これは正ゴールキーパーが坂田だけという現国巻高校の選手層にとっては、唯一にして確実な体力を温存出来る方法である。
3年生の中で最もスタミナの低い中林がまず、坂田のキーパーグローブを借りた。
過去に世話になったことのあるOBや、滝沢からの鋭いシュートは、掌で弾くのが精一杯である。
考えてみれば、彼がまともにキーパーをやったのは、人生で初のことであった。
中林はボールが離れても尚、感触の残るその掌を見つめながら、こんなことを考えていた。
「坂田って・・・いっつもこんなシュートを弾いてたのか・・・。」と。
中林はさらに我が身を恥じた。坂田がミスをするたびに「下手クソ!」となじっていたことを。
掌に通じる重みという名の感触を味わうたびに、それは増していったのである。
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中林は重い口を開いた。
「あのさぁ・・・流れを切るとか・・・そんな気で言うんじゃないんだけどよぉ。」
「いいさ。言ってみろ!」
「ローテーションでさぁ、全員【普段やらない】ポジションやったらいいなって、思ったんだ。」
「はぁ!!?」
これには大下以外も驚いてしまった。
「何言ってんだ!?中林!!!折角流れ切らないで頑張ってんのに!ワザワザ意味無いことしなきゃいけないんだよ!!!」
「いや・・・意味は・・・意味だけは、スッゲーあるぞ!」
「??????」
「10分間キーパーやってみてよくわかったよ。坂田が今まで・・・。」
そこまで言って彼は言葉に詰まってしまう。少しばかりの間を置いて、中林は大声でこう言った。
「坂田!お前ってさ。こんなに一人ぼっちだったんだな!!」
フィールドプレーヤーのほとんどがその意味を理解できない中、坂田だけが大きく感銘を受けていた。
ゴールキーパーとはサッカーをする11人の選手の中で最も行動範囲が限られ、尚且つ責任も重い。
ミスをすれば失点に繋がる役割の為、失敗を侵せば即座に非難の的になってしまう。
坂田はミスが多いため、これまで幾度となく責められてきた。
「掌がさぁ!まだジンジンするんだよ!てか正直・・・まだ痛てぇんだよ!お前らも絶対やったほうがいいって!!全員!!よーくわかるぜ!!!坂田のひとりぼっちの気持ちがよぉ!!」
「・・・・・・。」
「俺の得意なサイドバックって、今まで一番キツいポジションだって思ってたよ。攻め始めたら走って、ボール取られたらまた走って・・・。みんなに『上がれ上がれ!』ってよく言われるけど『お前らやってみろよ!』って腹の中じゃいつも思ってた。でもよぉ。キーパーもキーパーで・・・キツいわ・・・。」
ここで同級生の木村は、堪らず口を挟む。
「そりゃ中林。お前の気持ちもわかるけど。それって・・・今この練習試合でする必要があるか?こんないつ試合終了するか分からない様な長期戦でさぁ。」
「この試合だからだろ!」
「!!!?」
「こんな何時間も1試合するような戦いだから!!結果をすぐに考えなくていい試合だから!!だからじっくり出来るんじゃねぇか!!」
「!!!!!」
「それに!美津田が監督になって初めての試合の時のスタメン!大剛との練習試合の時って、ポジション滅茶苦茶だったけどよぉ!考えてみたらあのスタメンって・・・こういうことに気付かせるためだったんじゃねぇか!?」
「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
あの試合のスタメンは全員がよく覚えていた。キーパーの坂田がフォワードで、テクニックが一番高い松田がキーパーといった一見すれば無謀とも言えるポジション配置だったからである。
「あの時は美津田と直談判して後半はポジションをちゃんとしてもらったけどよぉ。もしかしたら美津田は、こういうことに気付かせたがってたんじゃねぇの!?お互いのポジションとか役割の必要性だけじゃなくて、それぞれの大変さとか、厳しさとか、そういう苦しい所もわかるようにしたかったんじゃねぇのかな!!!大体、今回の合宿自体がそうじゃん!!!みんなで一緒にシンドいことして!みんなで喧嘩もして!でも頑張ってきたんじゃん!!それなのに、ここに来てやっぱり結果結果って!スッゲー勿体無いんじゃねぇの!!!」
「それは・・・言えてるかも知れないけど。」
「結果は大事さ!そんなのバカの俺でもわかるよ!!相手にはあの『奇跡のイレブン』時代にスタメンだったOBも何人かいる!!滝沢さんはもちろんだし!俺らが1年の時に世話になった星先輩も村田先輩も外谷先輩もそうだった!!!だからムキになってんだよ!俺らは!!!だけど勿体ねぇよ!!!」
「でも中林先輩・・・勝つのは大事でしょ?」
後輩松田の意見を、中林はバッサリと切り捨てた。
「馬鹿野郎!!俺達は【先輩達】に勝つためにサッカーしてんじゃねぇだろが!!【全国選手権】で勝つためにサッカーしてんだろが!!!!」
「!!!!!!!!!!!!!!!!」
それは正論だった。
『奇跡のイレブン』のメンバーを含めたチームに勝つことで自信を深めようとすることの浅はかさを、尽く痛感する激だった。
中林は最後にこう告げる。
「結局思いっきり流れを切っちゃまって本当に悪かったけどさぁ・・・考え方、変えてみようぜ。もうこの試合の位置付け自体を・・・。」
それは正論ではあるが、とても勇気の必要な決断であった。
皆が躊躇してしまったら、これまでの合宿の全てが崩れてしまうかも知れない。そんな不安も持ちながら、それでも中林は言い切ったのである。
「中林ってよぉ。タマに良い事言よな。」
その決意を、最初に受け止めたのは彼と険悪な仲だったはずの望月だった。
「あぁ!?『タマに』ってなんだ!!?」
噛み付く中林を避わすように、望月は続ける。
「お前の話には、2つスッゲー良い所があった。1つ目はポジションをバラけさせるのは相手の事を考えるためって所。美津田監督がやったって聞いたその滅茶苦茶な大剛戦でのスタメンも、きっとそれが理由だったんだろう。あの人は無茶なことを言うけど、それに意味が無かったことは無いからな。」
「た・・・確かに。」後輩たちもこれに納得していく。
「そして2つ目は、この試合に勝つことだけに夢中になって、そういうチャレンジするチャンスを棒に振ってしまいかけてたこと。考えてみたら、こんな1試合に何時間もかけて戦うなんて、普通じゃ有り得ない分、色々と戦い方を工夫する機会も一杯作れるってことだからな。そうだろ?中林。」
「てめぇが綺麗に纏めちまったから、なんかてめぇの発案みたいになっちまったじゃねぇか。」
「気に入らないか?」
「メチャクソ気に入らねぇ!気に入らねぇけど・・・」
「気に入らないけど?」
「メチャクチャ助かった。」
この遠まわしか直球かもわからない中林からのお礼には、望月だけでなく、一同が笑ってしまう。
「ハハ!!まぁ、どう転ぶかわからないけど、俺はこの中林の案が気に入った!お前らはどうだ!?」
望月の言葉に、まず3年生。続いて後輩たちが立ち上がって賛成の意を伝えていく。
最後には大下以外の全員が立ち上がった。
申し訳なさそうに発案者の中林は彼に謝罪する。
「大下。ごめんな。お前がスッゲーかっこいい時に、何か邪魔しちまってよぉ。」
意外にも、この言葉にすかさず大下は立ち上がって反論した。
「逆だろ。」
「はぁ??」
「俺が礼を言わなきゃな。」
「何でだよ!?」
「いい気になってたかもな。俺。」
「な・・・何がだよ!ちゃんと指揮ってたじゃん!!」
「一人でな。」
「!!!??」
「国巻のキャプテンは俺だけじゃないもんな。5人みんながキャプテンで、5人揃ってキャプテンなんだもんな。」
「!!!!!!!!!!!!!!!!」
この大下の一言によって、現国巻チームの空気が一変する。
それは、遠くで休憩している滝沢たちOBチームにも感じられるほどだった。
『奇跡のイレブン』の時代にサイドアタッカーとして奮闘していた外谷はすかさずこう言った。
「何だ?あいつらの空気。」と。
そしてそのセリフを聞いて、滝沢が一番嬉しそうな表情をしたのを、星飛馬は見逃さなかった。
「もう休憩時間が終わる。そろそろ面接行ってくるわ!」
大下がそう言って面接室へと走っていく。
その背中を坂田が見つめている最中、中林はトントンと肩を叩いてこう囁いた。
「悪い、坂田。約束破っちまったな。」
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およそ20分前、彼とポジションチェンジをする中林に向かって、坂田はこうお願いをしていたのだ。
「1点取ったら、キーパーに戻して下さい!!」
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「ごめんな。」
中林の本心からの謝罪に対し、意外な言葉を正ゴールキーパーは告げる。
「いや・・・何でか大丈夫になりました。」
「え???」
「何か先輩が『一人ぼっちの気持ちがわかった』って言ってくれた瞬間、何でかソワソワが無くなりました。」
「ソワソワ?」
「俺、キーパーが出来ないって思うと本当にソワソワしちゃうんですよ。いっつも。でも、何でか先輩がそういってくれた途端に、ソワソワが無くなっちゃいました。」
中林は少し驚いた表情を見せたが、すかさず真剣な表情に戻り、彼の背中を叩きながらこう言った。
「行くぞ、守護神。」
「はい!」
話し合いながらそれぞれ経験したことのないポジションにコンバートしていく後輩たちの姿を見て、OBチームの一同は驚きを隠せない様子だった。
しかし、嘗て『奇跡のイレブン』時代に伝説的活躍をした滝沢は大声でこう言った。
「お前ら!!!何でか分からねーけど!こいつら本当に本気になったみたいだ!!気ぃ抜くなよ!!!」と。




