第97話 オーラ
「不満そうだな。」
「え?」
美津田監督からの唐突な質問に、久保は返事が出来なかった。
彼の問いが、意味不明だったからではない。的を射た質問だったからである。
実際、久保は憤慨していた。
憧れの先輩である滝沢を要するOBチームとの練習試合の真っ最中に、進路面接をさせられているのだから、顔から不満がにじみ出てしまうのも仕方がないことと言えよう。
「いい感じで試合を進めていた時に面接なんかするんだから、不満も仕方ないわな。」
「・・・。」
やはり返事は出来なかった。わかっていて何故このタイミングで面接をしなければならないのかという理由が見つからず、久保の憤りは募るばかりである。
「久保、一つ質問していいか?」
「・・・?なんです??」
「サッカーで【嗅覚】って言葉を時々使うだろ?特に滝沢が活躍する時によく使う言葉。」
「えぇ。ゴールへの嗅覚とか、ボールへの嗅覚とかですよね。」
「あれって、どうやって培うか知ってるか?」
「???」
「本当に鼻を使って嗅覚で嗅ぎ分ける訳じゃないのは、流石に分かるよな?」
「まぁ、匂いで嗅ぎ分けるって訳じゃない位は分かりますよ。」
「では、どう培うと思う?」
「・・・どうって・・・か・・・勘とかですかね?」
「違うんだ。」
「??じゃあ、何なんです???」
「経験だよ。」
「!!??」
「嗅覚って言うのはな、ただの『比喩表現』にしか過ぎないのさ。」
「ひゆ???」
「ボールが転がってくるであろう場所を想定して走り込む、ゴールに繋がるであろう場所へ走り込む、そういう動きは傍から見たら匂いを嗅ぎ分けて動いているように見えるが、実際はそうじゃない。その場所、そのコースへ走り込むことが有効的だと、体が認知してるんだ。」
「???」
「もっと解り易く説明してやろう。滝沢がこの場所に走り込んだらゴールに繋がると思った場所に走り込む動きはな、幼い頃からゴール前を縦横無尽に走り込んでたから出来るんだ。どういう動きが効果的か、どういう動きがチャンスに繋がるか、山ほど無駄な動きもしていった中で少しずつ蓄積された経験という名の成果なんだよ。」
「・・・じゃあ、俺も今から一生懸命走り込んでいけば、滝沢さんのように・・・。」
「無理だ。」
「!!!!!」
「サッカーでの嗅覚なんかは、一朝一夕では体得出来ない。どんなに走り込んだって、生涯身に付かない選手なんか星の数ほど居る。お前は高校に入ってからサッカーを始めたんだ。並々ならない経験によって希に培える力など今更付けられない。」
「じゃあ・・・。」
「ん?なんだ??」
「じゃあ監督、何でそんな話をわざわざ今するんですか!?これだけ頑張ろうって思ってる時に!!」
「いい質問だ。」
「???」
「今がベストのタイミングだからだよ。」
「??????」
「久保、お前にあって滝沢に無いものって、何か分かるか??」
「え?・・・す・・・スピードとか・・・体格とか・・・フィジカル的な?」
「確かにお前は走力も背丈も滝沢より上だ。しかし、それ以上にお前独特のものがある。」
「オレ独特???」
「わからんか?」
「・・・はい。」
「じゃあ、桜台東高校の天才、出羽をお前は覚えてるか?」
「もちろん!苦労して勝った相手の中でも一番凄かった奴ですから。」
「あの桜台東と国巻が試合した時、ウチの須賀は怪我してまで1点取っただろ?」
「もちろん忘れませんよ!あのスーパーダイビングボレーっしょ!!」
「出羽はあの時、見えたらしい。」
「・・・何をです?????」
「赤色を。」
「は??????」
「須賀から、赤いオーラが出たのが見えたらしいんだ。」
「オーラ!?」
「そう。ちなみに、ウチのキーパーの坂田が花野江高校戦の時にZONE状態になったが、その時は白い景色が広がったらしい。これは坂田本人談だけどな。」
「・・・それと・・・オレ独特のものって、何の関係があるんですか???」
「今話したのが正にだよ。」
「??????」
「久保、お前はな、サッカーをしている時に、あいつらみたいなオーラが一滴も滲み出て【無い】んだよ。」
「!!!!!!!!?」
「ビックリしたか?」
「いや・・・ビックリっていうかショックですよ・・・。それって最悪なんじゃないですか!?」
「いやいや、そうとも限らない。」
「え???」
「例えばだ。滝沢は常にセカンドボールを狙うスタイルっていうのは動きやオーラでわかる。ウチのディフェンダーの木村が、対人守備において絶対に抜かれないように防ごうとするのも動きやオーラでわかる。スポーツをある程度経験すれば、オーラや雰囲気で大体の動きが読まれてしまうこともある訳だ。」
「はぁ・・・。」
「それに比べて、お前はサッカー歴が浅いことが幸を奏して、オーラが全く無い。それは裏を返せばな、何を考えてるのか、相手に全く【悟られない】訳だ。」
「!!!!!!」
「滝沢みたいにボールやゴールへの嗅覚を持ってる選手を相手にするのは、相手ディフェンダーにとっては嫌だけどな。それ以上に嫌な選手っていうのは【何を考えてるのか読めない選手】だぞ。」
「・・・・・・!!!」
「久保、お前はこれから先、どこまでも【何を考えてるのか読めない選手】になれ!!それが実は滝沢を超える最短の近道になる。」
「・・・でも、そうなるにはまず、何から始めれば・・・いいんですか??」
「使い分けろ。」
「何をです!?」
「お前は数ヶ月前からミランで伝説的な選手であるフィリッポ・インザーギのスタイルで動けるように練習してきただろ。」
「えぇ・・・。インターハイ予選でも、結構効果的に出せました。」
「そうだ。まずお前は、そのインザーギスタイルと、普通のフォワードのスタイルを使い分けてみろ。」
「普通のフォワード?」
「インザーギはオフサイドポジションを気にせず、相手ディフェンスラインの周りをノラリクラリと動くのが特徴的だ。それに対して普通のフォワードはラインを気にしながら前線でポストプレーをしたり、タメを作る役目を伴う。つまりは全く仕事内容が違う訳だ。」
「・・・。」
「もし、普通のフォワードスタイルで動いてた選手が、後半突入と同時に突然インザーギスタイルになったら相手選手は・・・。」
「かなりビックリしますね!!」
「そうだ!!相手を驚かす方法は、滝沢みたいな攻撃力だけじゃない!これから先少し工夫するだけで、お前は十分驚異的な選手になれるんだ!!」
感銘を受けた。
それ以外の言葉は今の久保には見つからない。
ただ目標である滝沢に追いすがろうと、意地になってプレーしていた矢先の面接で、ここまで効果的なアドバイスをもらえるなど考えもしていなかったのである。
昇りきっていた頭の血が、一気に下りて冷静になれたことも大きかった。
「どうだ?やれるか?久保。」
「まだ・・・まだそれをどうやったらいいのかもわからないですけど・・・やってみたいです!!」
「よし!じゃあ、この練習試合で、その鍵を見つけてこい!!」
「わかりました!!!」
「あ・・・ちょっと待て!!」
「え!?何ですか!??」
「お前、進路はどうするつもりだ?」
「進路?いや・・・全然何も考えて無いですね。」
「そうか・・・例えばだが・・・。」
「???」
「お前の場合、高校を卒業してからも、サッカーをできる環境があると、いいかもな。」
「!!!そっか!!!それもいいですね!!!」
「ちょっと頭に入れておけ。あと、次の面接は大下を読んでくれないか?」
「わかりました!!」
久保がグランドに戻ると、スコアは5-6になっていた。
「両者1点ずつか・・・。ここからが正念場だな!!」
新たな道を築き上げようと決意したフォワードの瞳には、自信が満ち溢れていた。




