第94話 報
「俺らが・・・国体に!?」
「何回言わせるんだ。そうだって言ってんだろ。」
国民体育大会、略して国体。それは国内最大の総合競技大会のことである。スポーツの普及とアマチュア・スポーツ精神の高揚によって国民体力の向上と地方スポーツの振興を図り、地方文化の発展に寄与し、国民生活を明るく豊かにすることを目的とされている。 もちろんこの大会競技には、サッカーも含まれている。
この70年近く続いている歴史的な大会に、県の代表として選ばれた2人の内、鈴木は少し納得のいかない表情をしていた。
「いや・・・でも普通、ユースチームの選手とか呼ぶもんじゃないんですか?それに・・・。」
「それに、どうした?」
「た・・・高井が選ばれたのはまだわかります!スピード凄いし、ゴールもアシストもコンスタントに決めてますから!でも・・・何で俺も選ばれたんです?不自然でしょ。」
「そうか?」
「そうです!」
「いや寧ろ、その発想が不自然かも知れないぞ。」
「え???」
鈴木の発送を切り捨てて、美津田は自身の見解を述べていく。
「お前は、国巻の2番手ディフェンダーなんだぞ。」
「に・・・ばんて?」
「そりゃそうだろ。1番手は勿論木村だが、その次のディフェンスの柱はお前で決定のはずだ。」
「オレ!?だって、柿崎先輩もいるし!大下先輩もいるし!」
「じゃあ聞くが、桜台東戦の時にセンターバックだったのは木村と誰だった?」
「・・・。」
「大剛戦の時にセンターバックだったのは誰だ?」
「・・・。」
「お前だろうが。」
「・・・まぁ、そうですけど。」
「そりゃターンオーバーとかマークとかの関係で他の選手を使うときもあるが、主なセンターバックは木村とお前なんだよ。」
「・・・・・・・・・。」
「あれだけの精度のフィードが出来て、木村のサポートが出来るレベルの守備力だぞ。県の代表になっても一つも不思議じゃないさ。それにな、お前の左足の精度はもう県内トップレベルなんだぞ。」
「え!!!」
「代表合宿の時に競ってみろ。大概の奴にお前のフィードは勝てるぞ。」
「お・・・俺がですか!?」
自覚のない才能に気づかされた少年は、驚きを隠せない。
「でも・・・監督?」
「なんだ?」
「まず、ミニ国体って何なんです?国体とは違うんですか?」
「あぁ、ミニ国体ってのは、国体の地区予選と思えばいい。」
「国体に・・・地区予選があるんですか?」
「当たり前だろ。47都道府県全部総当たりのリーグなんかやってたら、何日開催しなくちゃならないか分かったもんじゃないだろが。ミニ国体っていう地区予選で分母を減らしてから本大会に出るんだよ。」
「そ・・・そうなんですか。」
「すぐに代表合宿が始まる。もう参加するってことでOKだよな。」
「すぐに!?・・・すぐにって、いつからです?」
「再来週からだな。」
「そ・・・それ、地区予選の真っ只中じゃないですか!!」
「おー、よく気づいたな。」
来週より、長きに渡る全国選手権の予選がスタートする。
しかし合宿が再来週では、予選第2回戦以降と被ってしまい、主力2名が欠場での戦いになってしまうのである。
「監督、こ・・・断った方がいいんじゃないですか!?」
「ナメんなよ。お前ら。」
「え?」
「今の国巻、ナメんなよ。地区大会にお前らがいないだけで、負けるようなチームじゃねぇよ。今の国巻は。」
「監督・・・でも・・・。」
厳しい地区予選が気になって、中々首を縦に振ろうとしない鈴木に、痺れを切らした美津田が少し言葉を詰まらせてから、こう宣言した。
「国巻を地区予選で、優勝させる。」
「!!!!!!!!!!!」
「国体予選突破して本戦に出たら、全国選手権の県予選と被る。だが、選手権の地区予選で優勝したら、シード権をもらって国巻は有利になる。そうすれば、お前らは気兼ねなく国体に専念出来るだろ?」
「そ・・・そうですけど。」
「羽伸ばして戦ってこい。お前らは国巻高校初の国体代表選手なんだからな。」
美津田の言葉に、頑なだった鈴木もついに、首を縦に振らざるを得ない。
これにより、国巻から国体代表に選ばれた。しかも2名も。クラブユースの選手が大半を占める国体において、これは異例のことである。
だが衝撃の面接を終えて、グランドに戻っていく二人の足は意外と重い。
「いっつもオレらに何でも決めさせる監督が、何であんなに国体行かせたがったのかな?」
「・・・。」
「どう思う、高井?」
「・・・・・・どう、だろうな。」
「・・・大丈夫か、お前!?」
「な・・・にが?」
「いや、監督に国体のこと言われてから・・・一言も話してなかったからさ。」
「・・・ビックリ・・・しすぎた。」
「????」
「オレ、中学ん時ずっと控えだったじゃん。」
「そう、だな。でも、お前は俺と違って強豪中学だったし、元から足も速いだろ。」
「うん。・・・でも、国巻に入部する時も、万年控え覚悟してたし。」
「ここでも!?」
「あぁ。それだけ、スピードがあったって使える技量がなきゃ意味がないって悟ってたから・・・な。」
初めはみんな楽しんでいた。物心がついてすぐにそれは始めたはずだった。
鬼ごっこのことである。
幼稚園時代、高井がジャンケンに負けて鬼になれば、すぐに友達が鬼に変わり彼が再度鬼になることは無かった。
幼少時代から、それだけ最速の男だった高井は、小学校に入学してから戸惑いを覚えていく。
誰も鬼ごっこをしたがらなくなっていった。月日が経つごとに、進級するごとに、それは顕著に見られた。
専らドッチボールが流行りだったが、スピードを生かせないこの球技に少年高井は消極的だった。
そんな彼がサッカーに触れたのは小学4年生のことである。
ボールを蹴りながらも快速を発揮するその姿は地元チームの目に留まり、6年生にはエースとして順風満帆な日々を過ごしていた。自分の求めた遊びに、球技に、彼はやっと出会えたのである。
名門校市井第二中学に入学を決めた時点で、高井の中にはプロサッカー人生となる将来が毎日のように脳裏に描かれていく。
しかし、夢は唯の夢でしか無い。現実は酷だった。
高橋や小野を始めとする精鋭達に囲まれた環境では、彼など足軽兵の一人に過ぎない。
何度退部を試みたことだろう。『もっと他のスポーツを選べば良かった』と後悔した回数は幾何百回だったろう。しかし厳しかった市井第二中学で、その選択は不可能だった。
いつしか彼の目標は『1試合でいいから出場したい』となっていた。
だがその目標は叶わずに中学3年間を無出場で終える。
『高校に入ってからでも、1試合に出られればそれでいい。』そういう気持ちで入学した国巻で、いつしか彼は驚異的な存在感を魅せるサイドアタッカーにまで成長していった。そんな高井に、今は県内のサッカー協会が注目している。
今までの妥協に妥協を重ねた覚悟に対して、その報酬は余りにも大きすぎ、状況を把握することに必死になっていた。
これが現在の高井の心理である。
鈴木が高井と関わってきた時間は数ヶ月程度しかない。しかし国巻サッカー部に入部してから最も一緒の時間を過ごし、互いの苦労話を語り尽くした間柄だった鈴木は、考え抜いた後に一言だけ彼に賛辞を送る。
「報われたな。」
その言葉に高井は足を止めると、座り込んだ。
「ど・・・どうしたんだよ!大丈夫か!?」
「・・・。」
「おい高井!大丈夫かって!?」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
鈴木から受け取った言葉は、彼の苦悩の全てを包み込んでいた。
そんな高井が出来た返事は言葉でなく、大量の涙を流すことのみである。
「グランドには、ゆっくり帰ろうか。」
優しい鈴木の言葉に、日の目を見られることとなった少年は首をゆっくりと縦に振る。
彼らが練習試合中のグランドに戻ってこれたのはそれから30分後のことだった。
「高井が泣くって・・・わかってたのかな?監督。」
鈴木がそうつぶやいたのは訳がある。面接最後の言葉が理由だった。
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「ま、今年も国体の監督は【あの人】だろうから、鈴木は特に重宝されるかもな。」
「知ってるんですか!?俺らの監督になる人!」
「ま・・・ちょっとな。それより・・・。」
「???」
「グランドには、ゆっくり帰っていいからな。」
「???????」
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昨夜の美津田の告白を聞いても、未だ彼は謎多き存在に変わりはない。
全てを見透かす監督に、鈴木は恐ろしささえ抱きつつある。
試合はちょうどロスタイムに突入した。
望月からのコーナーキックに片部が合わせ、2-1と現国巻チームがリードしている展開だ。
「よーし!そこまで!!ピ、ピ、ピーーーーー!!!」
先に戻っていた美津田の笛の音を聞いて、ピッチ上の選手全員が足を止める。
「ありがとうございました!!!!」
すぐさま先輩たちにそう挨拶した久保に、美津田は無表情でこう言った。
「何言ってんの?」
「え???」
挨拶を邪魔されて、久保は意味がわからないという顔をしている。
「まだ終わってないぞ。」
「え?だって・・・今『そこまで』って・・・。」
「あぁ、言ったよ。」
「???」
「また10分間の休憩タイムだ。」
「???いや、でも・・・後半終わりましたね?」
「誰がそんなこと言った?」
「???????????????」
訳が分かっていないのは久保だけではない。ほとんどの現部員があっけらかんとした表情を見せている。だが木村だけは例外だった。
「ほら久保!お前らも!!さっさと体を休めといた方がいいぞ!!」
「何言ってんだ木村?今終わったばっかじゃん。もしかして・・・もう1試合するってことか???」
「久保も他の奴らも、ルールちゃんと聞いてたか?」
「え?????」
「監督は言ってただろ。『試合時間は40分で休憩タイムは10分』って。」
「あぁ・・・そうだけど。」
「『40分ハーフ』とは言って無ぇんだよ!」
「??・・・ってことは・・・。」
「やっと気付いたか!この試合はな!!40分に1度休憩挟むだけで、ずっと・・・何時間も試合し続けるってルールなんだよ!!」
「はぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!??」
久保たちが戦い終えたと思った80分は、まだこの長い長い1試合の序章にしか過ぎなかったのである。
美津田は笑顔になりながらこう述べた。
「木村、大正解!ご褒美に、お前が3年生最初の面接に来ていいぞ。」と。




