第89話 ここですよ!
自分が先頭に立ってはいけない存在だった。
そう3班の望月明那は痛感していた。
前監督との不仲から幽霊部員となり、休んだ期間は約半年。
ほんの半年。たかが半年。復帰してからコンスタントに出場機会を作るレジスタは、離れてしまった皆との繋がりを取り戻せたといつの間にか感じていた。しかし彼は痛感する。
その半年の長さと重さを。
同級生の竹下から「なに指揮ってんだよ。」と言われた瞬間、頭の中が真っ白になった。
悪意も悪気も無かったし、寧ろ憧れの先輩である星飛馬の眼前ということで、良い所を見せたかったというのが本音であり、竹下を出し抜こうという気は更々無かったからだ。
しかし、望月がチームを引っ張ることで同級生はそう感じた。
この双極的な思いの中間点を何処にするか、それを県境を目指しながら必死に考えていたのだ。
「悪かったよ・・・。」
「え?」
竹下からの言葉に、望月は驚く。
「お前の判断に少しイラついただけで・・・あんな言い方した。悪かった。」
竹下からの謝罪の言葉を受けて、尚更望月は考えた。
彼は自分の存在に憤りを感じるのでは無く、自分が先陣を切る姿を認めたくないのだと。
それは同級生を器の小さい奴ともとれる発想だが、望月はその正反対を想像した。
彼は自覚したのだ。
自分にはリーダーになる資格が無いのだと。
たった半年だが、3年生たちにとって最も苦しかったその期間を放棄した自分には、チームを牽引することが許されないのだと知った望月は、走りながら懸命にに考えた。己の立ち位置を。
1班の大下と木村の間でも似通った事象が起きていた。
二人が一切会話をしないのである。
明らかな不和によるものと後輩は感じていたが、この理由は単純明快だった。
大下が木村に声を掛けないから、会話が発生しないのである。
普段口数少ない木村も、大下に声をかけられれば自然と話し出す。それが日常となっていたメンバーたちにとって、大下が話しかけないという一つの事柄だけで、雰囲気は大きく変わってしまう。
口下手な木村が黙り込むと、周辺の空気は冷え込み、誰も話し出そうとしない。
この負の悪循環に真っ向から向き合ったのは、1年生の園崎と小鳥遊だった。
世間話から今日の天気まで、あらゆるどうでもいい会話を駆使してでも、良い空気を作り出そうと懸命に話し続ける。だが、それが続くのも精々30分位のもの。あらゆる浅い会話の引き出しを開け尽くした結果、園崎はついに想いを寄せるマネージャー若宮への気持ちを話しだした。
「正直・・・若宮さんと付き合ってるかもしれないって人がいるんですけど・・・。どう思います?先輩。」
「誰のこと?」
「もう一人のマネージャーの南部先輩ですよ。」
「若宮と南部が!?有り得ねぇよ!」
「本当に!?だって二人はよく一緒にいるし、仲良く話してるじゃないですか!」
「無い無い!!若宮は筋肉好きで有名だぞ!南部とか正反対の体格じゃん!!」
「そりゃ・・・そうですけど・・・。」
「てか、お前なんでそんなに若宮がいいの!?」
「え!?だって本当に綺麗な人だし・・・女神ですよ!女神!!」
「彼氏相手には、普段以上に偉そうなのかも知れないぜ。耐えられねぇだろ。そんなの。」
「いや、でも・・・。」
園崎はそれ以上話すのを踏みとどまった。
若宮がプレ大会で元カレと再開した時の一波乱は、二人だけの秘密にしろと言われていたからである。
ただ、その約束をした瞬間、彼女の瞳が真っ赤に染まっていたのもしっかりとこの1年生は覚えていたので、こうも口にした。
「思いがすぐに口から出るってのも・・・案外辛いかも知れませんよ。」
この言葉を1年生が発した直後、すぐさま小鳥遊の体が硬直を見せる。
それは班全員にも伝染し、言った本人の園崎も『しまった!!!』と反省した。
二人が会話していた理由は、思わず大下が木村に抗議したために生まれた不穏な空気を解消させるためのものだったのに、狙ったわけでは無いが、傷口に塩を塗るような発言をしてしまったからである。
園崎は慌てて話を別の方向に変える。
「プ・・・プ・・・プレゼント考えてるんですけど!!」
「え・・・若宮に?何を?」
「そ・・・その・・・花束とか。」
「そりゃ無いわ!!」
一同が凍りついた。
園崎の発送に割って入ったのは、何とだんまりを決め込んでいた大下だったからである。
「花束とか・・・重すぎるだろ!!」
「そ・・・そうですか?大下先輩。」
「いや・・・俺も彼女ともう付き合って長いけどさぁ。花束とか送った記憶無いぞ。」
「マジですか!?」
「無いはずだぞ。だろ?オレがアイツに花送ったって事無いよなぁ?木村。」
一同は再び凍りついた。
それまで触れてこなかった木村に対して、大下が声を掛けたからである。
意外にも木村は即答した。
「有るぞ。」
「え!?嘘だろ!!」
「付き合って1周年の記念日にお前は送ったよ。」
「はぁ??そんなことしたっけ!?」
「した。確かにした。んで本当は記念日と1日ズレて渡したからキレられただろうが。」
「あ・・・。そういえば・・・。よく覚えてんな。」
「お前と彼女の痴話喧嘩は中々面白いからな。色々覚えてるわ。」
「そうだったかぁ。」
「あの頃は色々あったよな。カンニング疑惑とかさ。」
「それは彼女関係ないじゃん!!しかもアレはお前のせいだし!!」
「はぁ!?何言い訳してんだよ!!」
二人の会話が次第に喧嘩口調になっていくので後輩たちはソワソワしていったが、その表情を見て安心する。
会話が弾めば弾むほど、笑顔になっていたからだ。
そんな中、木村が意外な本音を呟いた。
「・・・悔しかったんだ。」
「え?何だよ急に・・・。」
「俺は『美津田に劣る』って言われたんだ。昔。」
「昔?・・・てか誰にだよ?」
「ほら、この前話した・・・。」
「・・・あぁ。」
大下は誰のことか判ってそれ以上は言わない。木村にサッカーを指導した元Jリーガーのことだと悟ったのである。
「何が劣ってるのか、未だに判らない。でも大剛戦は負けた。俺のせいで。」
「PKなんだから仕方ないだろ。」
「違う。PKだけじゃない。ラファエルに競り負け過ぎた。何とかしないとまた俺は・・・負ける!」
「・・・どうしたんだよ、お前。」
「悪かった。」
「え?」
「お前を八つ当たりの相手にしてた。」
「・・・。」
「お前相手なら、好き放題言えるから。」
「・・・次の予選・・・。」
「ん?」
「次の予選・・・また、大剛と戦えたらいいな。」
「だな。その時は、勝つ!」
強さとは何か。それを探る中でまず己の弱さを認めた木村を、引率者である美津田は少しの離れた場所から見ていた。
彼らの声が聞こえないであろうと思う距離、しかし実は聞こえている距離から。
「今晩あたり・・・告げてやろう。」
この監督はそれだけつぶやいて、1班のあとを追っていくのだった。
一方2班のメンバーはついに県境を越えて、紙切れに記されていた〇△県に辿り着く。
「話に聞くと、〇×市はこの道をまっすぐ行けばいいらしい。さっさと行くか?軽く目的地のこと聞いとくか?」
そう中林が言うと、2年生キーパーの坂田がすぐさま喋った。
「どう思う?鈴木。」
なぜ1年生の鈴木に相談したのか、坂田の同級生である松田は驚いたが、3年生のリアクションが大きく無かったので更に驚く。
「確かに、鈴木はどう思う?」
バナナの件で借りが出来ていた久保も、鈴木に意見を求めた。
「軽く聞き込みしといた方がいいでしょうね。目的地が国道をまっすぐ行く方が遠回りかも知れないし。」
淡々と、しかも的確な助言をした鈴木に対案を出した者は一人もいなかった。
実は鈴木は中学時代、2年間もキャプテンを務めている。
弱小中学だった大野中学は部員も11人ギリギリで、彼が2年生の時には3年生が居なかったからだ。
冷静さを常に保ち、弱いながらも互いを讃え合うことを決して忘れない彼の精神を買って、1年生の終わりの時点で新キャプテンに任命されたのである。
弱小校だったために、その履歴を高校入学してからは公言していないが、美津田は面接時に確認していた。
2班の引率者である滝沢は、昨晩美津田に訊ねている。
「誰がこの班をまとめるでしょうね。」と。
美津田は間髪入れず、「鈴木だろうな。」と返事していた。
鈴木の中学時代の履歴を知らない滝沢は、美津田の予想を予知能力とすら感じるようになっていく。
時間は更に進んで暑さも少し和らいできた頃、各班は目的の〇△県〇×市△△町に到着する。
「さあ、こっからが正念場だな。」
「確かに。」
「・・・番地を地道に探しましょうか。」
「なら・・・地元民探していくのがいいな。」
しかし、地元民をつかまえても、番地からその場所を答えられる者は、この21世紀にはどこにも存在しなかった。
「どこでしょうね?」
「全然分からないな。」
「△△町の9丁目って言ったら・・・ここら辺なんですけどね。」
「取り敢えず、ここで聞いてみるか。」
3班の竹下が述べた『ここ』とは、【駅】だった。
「まぁ、駅員なら知ってるかもな。」
「聞くだけ聞いてみましょうか。」
竹下は駅の窓口で駅員に訊ねてみる。
「すいません。〇△県〇×市△△町9-1って・・・何処かわかりますかね?」
「はい??」
「急にすいません。どうしてもこの住所に行きたいんですけど・・・わかります?〇△県〇×市△△町9-1って何処か。」
「ここですよ!」
「いや、勿論ここが△△町9丁目っていうのはわかりますよ。ただ、1番地に行きたいんです。どこかご存知ですかね?」
「いやいや!だから、ここですよ!」
「・・・え?」
「〇△県〇×市△△町9-1って住所でしょ?それ、【この駅の住所】ですよ。」
「えぇ!!!!!!!!!!!!!!!」
目的地は何処かの公園や飲食店だと予想していた部員たちは、駅だとは思いも寄らず、驚愕してしまう。
それは他の班も一緒だった。
1班が住所を突き止めた瞬間、美津田は淡々と述べた。
「ご苦労さん。さ、とっとと電車に乗って帰ろうや」と。
それはここまで長距離を走りきった選手たちが少しでも早く学校に帰れるようにという美津田の配慮によって決まった住所でもあった。
しかし、予想外の場所だったことに拍子抜けしている部員たちは、電車に乗ったと同時に死んだように眠るのであった。
各班が夜7時までに到着し、美津田は全員に向かってこう発言する。
「正直、わだかまりも出来ただろう。しこりも残っただろう。だが、その先が各班少しでも見えたなら、この2日間は無駄じゃなかったと俺は思う。ご褒美に全班は南部の手料理を食わせてやろう。よく頑張った。」
「やったーー!!!今日は南部のメシが食えるぞ!!!!」
昨晩不評だった若宮の手料理を食べずに済んだ部員たちは大喜びである。
調理を禁止された若宮と、彼女に想いを寄せる園崎を除いて。
「結局・・・若宮さんのが食えなかった・・・。」
そう言って気分が急に沈んだ園崎の肩を、後ろから叩く男がいた。
小鳥遊である。
「園崎・・・。」
「なんスか!?小鳥遊先輩!あ・・・アレですか?雰囲気変えようとして変な事言った時の・・・すいませんでした!!空気読まないで!!!」
「いや、逆だよ。」
「え!??」
「ありがとう。本当にありがとう。」
「はぃ??」
「今日の1班・・・MVP決めるなら、絶対お前だよ。」
「オレ!?何でですか??」
「あの大下先輩がキレた場面で急にあんなこと思いつくなんて・・・俺には真似出来ない。」
「あ、そうですよね。馬鹿なことして・・・すいません。」
「違うよ。感謝してるんだ。」
「かんしゃ?」
「お前が主力になるのは来年以降になるだろう。でも、誓うよ。これから先お前が試合に出たら、俺は全力でお前のカバーをする。」
「なんでです?」
「ガンガン攻めて、ガンガン活躍してくれよ。これから先、お前のこと応援していくからさ。今日の1班にお前が居なかったら・・・。」
「いなかったら?」
「いや・・・まぁいい。でも、今日のお前は本当に・・・【立派】だった。」
「ウ○コする真似して?」
「だからさ。」
小鳥遊はそこまで言うと、学食へと向かっていった。
考えてみれば、サッカー部に入部して初めて、先輩から感謝された園崎は、溢れる喜びを噛み締めながら先輩たちの後を追うのだった。
食事も終えると、美津田の寝室を誰かがノックする。
「誰だ?」
「監督!中林と木村です!」
「なんだ?風呂が湧いたのか?」
「いえ、違うんです。」
「なんなんだよ。こんな時間に珍しい2人組で。」
そこまで言ってドアを開けた美津田は、二人が持っている物に気付いて少し目を丸くする。
「お前ら・・・それ。」
「ジャジャーン!【花火】です!!一緒にやりませんか?」
「俺も??なんでだよ。てか、花火禁止なの知ってるだろうが。」
「まぁまぁ、そう硬いことは言わずに。どうです?一緒にやりましょうよ。」
「なんで・・・俺も一緒なんだよ?」
「当たり前じゃないですか。」
「???」
「美津田監督と俺らみんな一緒で、国巻高校のサッカー部なんですから。」
「・・・!!」
「オレら正直、美津田監督になって大変だし、しんどい時もたくさん有るけど、一杯感謝してますから。」
「・・・・・・。」
「どうです?やりましょうよ!」
「・・・。」
「駄目・・・ですか?」
「ロケット花火は・・・。」
「え?」
「ロケット花火は禁止だぞ。」
「げ!!マジですか!?」
「当たり前だ。」
口元を緩ませながら美津田がそう言うと、木村は「だから言っただろ?」とつぶやきながら中林の持つロケット花火を指差す。
グランドにはマネージャーやOBを含めたメンバー全員が集合しており、「よっしゃ!これで全員揃ったな!」と、久保が笑いながら水の入ったバケツを用意する。
「ようこそ。みっつぁん。」
OB滝沢にそう言われた現監督は、ブツブツ独り言を言っていた。
「なぜ・・・好かれるんだ?」
「え?なんです?」
「なぜ、オレが好かれるんだ?」
「ハハハ、そんなの当たり前じゃないですか!」
「え??」
「貴方は良い監督ですよ。」
「オレが!?」
この日も、暑さが厳しい夜である。
しかし、そんな外気と違う暖かさが、ついに美津田の心にも染みてくるのであった。
気付けばお気に入り件数が20。・・・有難いですね。




