第85話 意味ないじゃん!
時間は午後5時を迎えた。
幾つもの山道を越えて、各班がそれぞれ国巻高校から10キロ圏内にある市街地へと入る。
今までに来たことがある街並みと感じる選手もいるが、どの道を通れば国巻高校にたどり着くかまでは解らない。
メンバーが散開して道を訊ねるも、中々足を止めてくれる人が現れなかった。
「厳しいな。」A班の中林が呟く。
今までの小さな町や村と比べて、明らかに人々の視線が冷たい。
しかし、それはこの街だけがそうという特別なものでなく、都会人特有の人間性が理由である。
不意に話し掛けられる事に全力の不信感を感じる都会の人々は、目を細めて睨みつけ、無言で通り過ぎていくだけだった。
メンバーも中林の台詞も仕方がないと感じる程の手応えの無さ。
彼らはそれでも話しかける相手や話しかけ方に工夫を凝らし、少しずつ情報を集めていった。
B班も同じく手応えの無さを感じながら、コンビニの店員や商店街の人々に地道に道を訊ねていく。
「取り敢えず、このまま西にまっすぐ進むのが一番みたいだな。」
「だな。」
久保と望月明那は当面のルートを確認すると、後輩たちと共にスーパーに立ち寄る。
「またバナナ買うのかよぉ~。」
「うっさいなぁ!文句ばっか言うな!」
望月に叱責されても、久保は不満を口にし続ける。
「だってよぉ~!朝からずっとスポドリとバナナばっかじゃん!飽きるっつーの!」
「バナナのお陰でこんだけ疲れずに走りきれてるんだぞ!バナナ舐めんなよ!!!」
B班の3年生2人がバナナについて激論していた頃、C班のメンバーは息絶え絶えだった。
他の班と違って高カロリーの食材を持ち寄り走りきるといったプランは立てておらず、いくつかのオニギリを食べたのみで走り続けていたからである。空腹を紛らわそうにも、園崎にスニーカーを買ったことも響いて、残金は100円にも満たない。
「もう、こっからは公園とかの水道水をペットボトルに溜めるしか無いな。」
竹下が後輩たちに指示して空になったスポーツドリンクの容器に水道水が補充される。
それは惨めな姿だが、彼らには不思議な一体感が感じられていた。
自責の念を抱いていた園崎が他のメンバーよりも必死に道を聞こうとしたり、ルートの偵察をしようとするれば、大下が静止する。
「いいんだよ園崎。そういうことは。みんなで一緒に聞いていこう。無茶すんな。」
この3年生の言葉を聞きながら、引率者の望月薫は不思議に思っていた。
「そういえば、なんで美津田は・・・C班のメンバーをこんな組み合わせにしたんだ?」
考えてみれば、C班のメンバーは異様である。誰一人チームを引っ張るリーダータイプがいない。しかも、試合本番でミスをよくする竹下や下手な坂田、テクニックはあってもそれを生かす速力がない松田など、何かしら強いコンプレックスを抱いている選手ばかりが集まった班だった。
「みんな同じようなタイプって言えるかも知れない。・・・それって組み合わせとしては最悪じゃないか?」
だが他の班と違ってC班だけは人に道を聞くのが容易だった。
繁華街を通らなかった訳ではない。
人を選んで道を尋ねた訳でもない。
では何故、C班の少年たちを相手なら人は足を止めて耳を傾けてくれるのか?
それは単純至極な理由、【表情】である。
彼らC班は互いにライバル意識を持たず、互いに献身的な振る舞いを行い続けようとする。それは信頼感を芽生えさせ、自然と笑顔を作っていった。そんな彼らの偽り無き笑顔に、まるで導かれるかのように人々は足を止め、道を教えていくのだ。
彼らは協力してくれた全ての人に、心からの礼を言う。丁寧に丁寧に。体力も擦り減り、息を切らすC班には、最早1分でも早く学校に帰ることが大事なことでは無くなっている。皆で一緒に帰ること。それが全てになっていた。
時刻は午後6時を過ぎた。未だに国巻高校に到着した班はいない。
「大丈夫かな?」留守番していたマネージャーの若宮が心配そうにつぶやいた直後、正門に向かってひた走る男達を南部は確認した。
「やっと着いたぞ!」「疲れた~。」「足パンパンだわ!」
それは木村や中林達の声。最初に到着したのは【A班】だった。
「御苦労さま。大変でしたね。」
「大変なんてもんじゃねぇよ!クソ疲れた!」
南部の労いの言葉に、中林は息絶え絶えに返す。
それから10分後、【B班】も到着した。
「よっしゃ!」「到着!!」「しんどかったわぁ!!」
校庭に着いた途端に彼らは倒れ込んだ。
「これで・・・解放される・・・バナナから。」
久保のボヤいた台詞の意味を、南部が知る由もない。
午後7時まで残り10分を切った。
到着した班が学食でマネージャーの手料理を待つ間も、C班は戻ってくる気配が無い。
「あいつら・・・間に合わないかな?」
望月明那がそう口にした時、
「みんな!帰って来たよ!!坂田君たち!!」
既に到着していたメンバー達が戸外に視線を向ける。
「・・・あれ!?兄貴じゃん!」と望月明那は、兄の薫がC班に紛れていることに気付いた。
「『今日は用事がある。』とかって朝から何か支度してたけど、こういうことだったのか。」と彼は納得していく。
ゆっくりと一歩ずつ校庭を踏みしめるC班が校庭にいた。
「戻って・・・来れたな。」「やりましたね!」「ありがとうございました。迷惑かけて・・・。」「もういいんだって、園崎。」
彼らは肩を抱き合い、ゆっくりと学食に入っていった。
『遅かったな』『何やってたんだ?』などと野次を飛ばそうと考えていた久保や中林は、彼らの出で立ちを見て言葉に詰まる。オーラというのか、何かを纏っているかのようにC班には不思議な一体感が有ったからだ。
全員が到着し、美津田は学食カウンターの前で話を始める。
「みんなご苦労さん。よく間に合ったな。さーて、早速ご褒美の夕食タイムだ。約束通り、1位のA班にはご褒美のフルコースを食わせてやる。若宮手作りディナーだ。」
「よっしゃ!!」
美人な若宮の手料理とあって、中林を始めとするA班は大喜びする。
「そして、B班も予想よりも早く着いた。サービスで若宮からの料理を提供してやろう。」
「マジですか!?」「やったな!」
久保たちもはしゃぎだした。
「そしてC班は南部の手料理だ。安心しろ。高タンパクの美味い料理だからな。」
C班は黙り込んでいた。それは若宮の手料理が食べられないショックからではない。皆で辿り着けた喜びの余韻を噛み締めていたからである。
マネージャー2人が食事の仕度をする中、美津田は引率者である滝沢と望月薫を廊下に呼んだ。
「2人ともご苦労さん。早速だけど、メモ用紙を見せてくれないか?」
彼らは美津田に言われたように必死に名前を書き記した用紙を手渡した。
※引率者は以下の項目に該当した選手を随時記載すること。
1、効果的な意見を出せた者
2、班の前進に貢献した者
3、議論に積極的に参加できた者
4、班を牽引する者
これら4つに記された名前を、美津田は確認していく。
「やっぱりB班の書かれてる名前のほとんどは、明那だな。たまに久保か。ウチのA班と変わらないな。A班もほとんどが木村で後半から中林くらいのもんだ。しかしC班は不思議だな。ほとんど名前が載ってないじゃないか。」
「あぁ、誰かがリードしたって印象は無いな。あいつらC班はみんなで進んで行ったから。誰が特に引っ張ったって訳じゃない。」
「そうかそうか。よしよし。」
美津田はそこまで言うと、突然貰ったメモをクシャクシャにしてゴミ箱に捨てた。
「何するんすかぁ!?みっつぁん!!」
「何が?」
「せっかく必死にメモしたのに、何で捨てるんですか!!」
「だって、もう要らないから。」
「え!?そんな・・・これで成績付けるとかするんじゃないんですか!?誰が班をリードした的な!」
「せいせき?何でそんなことしなきゃいけないの?」
「いや・・・それじゃ、何のためにこんなもん書かせたんですか!?意味ないじゃん!!」
「確認だよ。」
「かくにん?」
「そう。誰がよく【出しゃばる】かの確認。」
「出しゃばる?・・・どういうことだ、美津田。」望月薫も口を開いた。
「これは一体感を阻害する可能性のある奴を割り出すためのメモなんだよ。」
「はぁ?リードしてる奴がそんな邪魔者扱いされるのか?」薫はB班をリードした弟の明那が邪見に扱われているようで、気に入らない。
「だって薫、現にお前が引率したC班は、メモする必要無かったんだろ?ほとんど。」
「え・・・まぁ・・・そうだな。」
「でも、辿り着いただろ?」
「そりゃまぁ・・・そうだけど。だが、1位じゃないぞ。」
「これは順位なんてどうでもいいんだよ。」
「え!!?」
「早く着くことがこのオリエンテーリングの目的じゃない。沢山苦労することが、今回の目的だったんだ。」
「苦労だと?」
「そうだ。沢山苦労してもらって、苦楽を共有して貰いたかった。言っただろ?『この合宿は外側を鍛える為の訓練だ』って。」
「・・・・・・。」
「良い成績を残すことだけが成長じゃない。苦労することが成長に繋がることもある。それだけ困難に向き合ったんだからな。見てみろ、C班の奴らを。良い顔してるだろ。」
美津田の言う通り、窓の向こうにいる19人の選手たちの中でも、一際C班は笑顔を見せていた。
「安心しろ滝沢。あのメモ用紙は参考にするぞ。明日の班を決めるのに。」
「明日の班って?」
「明日も同じことをするからさ。」
美津田の明日のプランを初めて聞いた2人は、驚き過ぎて何も言えなくなってしまう。
「薫、滝沢、料理が出来上がるまでに、今日これに該当した奴を書いて貰っていいか?」
渡されたメモ用紙には以下の項目が記されていた。
1、他のメンバーへの貢献をした者
2、発案者に対案を出せた者
3、他者の意見や行動を受け止めた者
美津田からこの用紙を受け取って、引率者2人は動けなくなる。B班には該当する者が誰もおらず、C班は全員が該当したからである。
「さー!お待たせしました!私が腕に選りをかけて作ったスペシャルディナーですよ!」
「うぉー!!待ってました!!」
A班とB班が、一斉に美人マネージャー若宮の手料理にかじりつく。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
何故かしばしの沈黙が学食を包み込んだ。
「どうです?味!色々隠し味も入れてみたんですよ!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・うん・・・・・・・・・いいね。」
「本当ですか!!嬉しい!!お替り一杯ありますからね!!!!!」
若宮がキッチンに戻ると同時に、選手たちは小さいながらも声を揃えてこう言った。
「微妙ーーーーーーーーーーーーー。」
「何でだ!?こんなに疲れてたら、どんな飯も美味いはずじゃねぇの!」「シー!聞かれるぞ!!」「でも、無理だろ!お替りとか!!」「だから聞かれるぞ!美味そうなフリしてさっさとかき込んだ方がいいって!」「マジで!これ全部!?」
目の前に広がる大量の料理と格闘しなければいけないという困難に、彼らはいかにして立ち向かおうかと考えねばならなかったのである。
「お待たせしました。すいませんね、若宮さんの手料理じゃ無くて。でも、家では時々自炊してるんですよ。僕。」そういいながら持ってきた南部の料理をC班は口に運ぶ。
「美味い!!」「これ、本当に南部が作ったの!?スゲェじゃん!!ムチャクチャ上手いよ!!」
「本当に!?お替りあるから欲しかったら言ってよ!」
「よっしゃ!!」
彼らC班の様子を恨めしそうに見つめる者達が誰かは、言うまでもない。
「【才色兼備】とはよく聞くが、【才食兼美】なんて上手い話は中々無いものさ。」美津田はそう言いながら、各班から遠く離れた場所でこっそり南部の手料理を平らげるのだった。




