第80話 スベれない話
今回、違う分野での悪役?登場です。
「本日はありがとうございました、美津田監督。」
「こちらこそ、ありがとうございました。こんなチームの取材に来て下さって。」
美津田は澤野内の帰り際に、楽しそうに談話する。
「コラム程度の記事なのが申し訳ないんですけどね。それでも見に来た甲斐がありました。練習の一つひとつが斬新でしたよ。・・・美津田監督・・・一つだけ、質問してもいいでしょうか?」
「なんでしょう?」
「あのボールを使わない戦術確認は、いつ考え・・・。」
「言いたいこと、わかりますよ。」
「え?」
「同じだったってことを言いたいんでしょ?サッキと。」
「・・・なぜ?」
「練習を見入っている姿で気付きましたよ。『アリゴ・サッキと同じ』って若宮に大声で言ってるのも聞こえましたしね。」
「脱帽ですね。それで、いつ考えついたんです?」
「小学校の頃です。」
「え!!?」
「こういう練習あったら、一貫した戦術確認出来て守備には大きいのにな、と。」
「本当に!!?」
「大学生の時に遊び半分で調べてみたら、すでにアリゴ・サッキがこれをやっていました。」
「自然と・・・同じものを・・・思いついたんですか?」
「まぁ、そうなりますかね。」
見栄でも偽りでもないことは、淡々と話す美津田の表情から受け取れた。それが更に澤野内を困惑させてもいる。
国巻高校を去りながら、彼はこう言った。
「美津田監督・・・末恐ろしい人物かもしれない。」
同じ頃、マネージャーの若宮は大下を捉まえて質問していた。
「大下先輩、さっきの話、一体どういうことです?さっぱり訳がわからない話だったんですけど。」
「ごめんよ。長い話になるからすぐには説明できないんだ。時期が来たら必ず説明するから。」
「え~。つまんない!・・・あ!じゃあ、代わりに!」
「ん?代わり?」
「アリゴ・サッキって誰か教えて下さいよ。」
「は?何で突然?」
「さっきの記者さんが言ってたんですよ。『この練習はサッキ以来だ』とかって。」
「・・・聞いたことはある気がするけど、詳しくはわかんねぇな。・・・南部に聞いたらいいんじゃね?」
「え!?ズルい!」
「いや!本当に分からないんだって!おーい!南部!!」
サッカーの技術は全く無い反面、情報を脳内に培っているデータ収集専門のマネージャー南部は、珍しく大下に呼ばれて少し困惑する。
「なんです?」
「アリゴ・サッキってどんな人かわかる?」
「なんです??突然。」
「まぁまぁ、それはいいから。とにかく、どんな選手かわかるか?」
「選手っていうか、【監督】ですよ。」
「え?」
「イタリアでミランを率いて黄金時代を築き上げた人です。イタリア代表を率いてワールドカップ決勝にまで行ったことも有りますよ。彼を20世紀最高の監督に挙げる声も少なく無いです。」
「本当に!!?」
南部の説明に大きなリアクションで反応したのは、勿論若宮だった。
「うん。てか、国巻がやってるゾーンプレスを発案したのも、アリゴ・サッキだって言われてるしね。」
「マジで!!?」
今度過剰に反応したのは大下だった。
「で、若宮さん。サッキがどうかしたの?」
「実は・・・。」
美津田の練習法との共通点がこのイタリア人名将にあったことを、そしてそれを澤野内から聞いたということを若宮は二人に伝えると、大下も南部も開いた口が塞がらなくなってしまうのだった。
その翌日。
美津田は職員室にて、夏の合宿の申請許可を待っていた。
「これはこれは、美津田先生。サッカー部は昨日も取材が来たんですって?大人気ですねぇ。」
嫌味丸出しで言って来たのは、3年生の進路指導を担当している海原だった。
「海原先生、昨日は一人しか取材に来てないので、大したもんじゃないですよ。」
愛想も無く答える美津田に、海原は噛み付いた。
「ほほう。そうですかそうですか。しかしねぇ、美津田先生、いつ【区切り】を付けるんでしょう?」
「区切りとは?」
「もちろん、3年生のことですよ!もう受験シーズンはとっくに始まってるんです!いつになったら3年生は引退するんですか?特に!」
「特に?」
「特に、木村君です!」
「は?」
「木村君は常に、校内でも上位の成績なんですよ。本人は県立大学を受験するつもりだそうですが、彼の実力なら今からでも国立を目指せるはずです!」
「それは、木村が決めればいいことでしょう?」
「なんと!なんと他人事な!!一介の国語教師と体育部監督しかしていない貴方には到底判らないかも知れませんが、これは彼の人生に左右されることなんですよ!もっと真剣に考えてほしいですね!」
海原が大声を張り上げているのに気付き、美津田達に寄って来る男性がいた。教頭の船越である。
「おや、海原先生、他の先生達が見てますよ。ここは押さえて下さいな。」
「しかし教頭先生!彼は、彼は余りにも受験生への配慮がなっていませんからね!」
「・・・では言わせて貰いますけど、配慮とは誰へのです?」
「何ですって?美津田先生。」
「誰への配慮なんでしょう?学校へのです?親へのです?それとも貴方へのです?」
「貴方ねぇ!そういう・・・そういう態度がいつまでも続くと思ってたら・・・!!」
「まぁまぁ、二人とも、そこまでにしなさい。現に木村君はどう考えているんだね?」
「一般入試で地元の県立大学を目指すと。」
「そぉかい。いやー!懐かしいねぇ美津田君!まるで5年前のあの頃のようだ。」
「ですね。」
二人の会話を理解できないでいる海原がイライラしながら聞いた。
「・・・何の話でしょう?」
「そっか、海原先生は知らなかったですよね。この美津田先生は、実は5年前に本校を卒業しているんですよ。」
「それは存じていますとも。『奇跡のナントカ』って奴でしょ?」
この言葉に美津田は眉を細めたが、船越教頭が肩を叩いて落ち着かせる。
「美津田君はね、秋の県予選までサッカーをやってから受験勉強して、見事木村君が志望している県立大学に合格したんです。」
「え!?・・・初耳です。」
「そうかぁ。あまり言ってなかったからねぇ。当時私はこの国巻高校で進路指導をしていたんだよ。まさに今の海原先生の立場だった訳さ。あの頃はよくモメたよなぁ、美津田くん。」
「本当にね。」
美津田が珍しく笑った。
「どんなに私が『無茶だ!』って言っても君は聞かなかったからなぁ。」
「ま、現に合格出来ましたしね。」
「そうだねぇ。君との経験で、私も少しは丸くなれたよ。懐かしいなぁ。あんなに毎日怒鳴った年なんか、他には一度も無かったよね。」
「そうでしたか。」
「もちろんそうさ。」
話に置いてけぼりの海原はイライラが頂点に達していた。
「とにかく!木村君はなんとかしないと!美津田先生のように上手くいくって保障は無いんですからね。実際・・・望月君だって私立大学の推薦を受ける気満々ですけど、彼だって十分に公立を目指せる成績だし・・・。」
「とりあえず、いかがでしょう?海原先生。」
「何です教頭?」
「この話、模試の結果まで保留にしてみては。」
「え?」
「模試の結果が厳しいようでしたら、真剣にこの話をしていきましょう。美津田先生も、その時は真剣に取り合って下さいよ。」
「・・・わかり・・・ました。」「了解です。」
この日初めて二人の意見が一致する。
海原はそこまで話すと、ブツブツ小言を言いながら、そそくさと自分のデスクに戻っていった。
「ありがとうございました。船越先生。」
「いやいや。私も高校3年生まで運動部にいた人間なんで、気持ちはわからなくも無いんだよ。」
「そうだったんですか!?」
「ま、卓球部ですけどね。」
「・・・・・・。」
「でも、美津田先生。海原先生の言うことにも一理ある。木村君が君のように上手くいく保障なんて無いんだからね。」
「そう・・・ですね。」
「今一度、彼に進路をしっかり考えさせるくらいの事は、させるべきかも知れないよ。」
「わかり・・・ました。」
それだけ言うと、受理された合宿申請書を持って、美津田は職員室を後にした。




