第65話 家族と乾杯
7年前、桜台東高校は黄金時代を迎えていた。インターハイで準優勝し、今後の躍進は全国有数レベルになるだろうと紙面を賑わせるほどだった。OB達は鼻高々で、後輩たちは後に続こうと必死になっていた。
その夢はたった2年でぶち壊される。
国巻高校という立ち上げたばかりのサッカー部に簡単に敗れた。
ディフェンダーがたった1人という超攻撃的なスタイルと70%を超える圧倒的な支配率、何より1点先取してからの完璧な時間稼ぎによるキープと前掛りになった桜台東へのトドメの追加点による0-2の敗戦は、当時の青木監督は勿論のこと誰にも受け止めきれなかった。
誰よりもショックだったのは黄金時代当時のキャプテンであった楢里であろう。引退後に桜台東は一度も全国大会に出場すること無く、5年後の再戦ですら敗北してしまった今日の試合に、タメ息すら出す力が出てこない。
「おい!坂田が何で国巻の応援席にいるんだ!?」
楢里の耳に懐かしい声が聞こえてきた。それは1つ下の後輩で、6年前に副キャプテンを務めた尾崎の声だった。
「すいません!これには事情があるんです!」
もう一人の懐かしい声は、2つ下の後輩の中村。
「何が事情だよ!何喜んでるんだアイツ!また国巻に負けたんだぞ俺たちは!!お前ら面汚しの世代はどこまで救えないんだよ!!」
ここまで話を聞いて、楢里は立ち上がった。
「やめろ。尾崎。」
尾崎はいないと思っていた先輩楢里に気付くと、何も喋れなくなってしまう。
「中村、久しぶりだな。」
「楢里先輩・・・。すいません。」
「なんで謝ってんだよ?」
「その・・・坂田は・・・弟が国巻のメンバーなんですよ。」
「マジか?どれだった?」
「・・・キーパーです。」
「そうか。」
そこまで話すと、楢里は国巻応援席の坂田秋一の下へと歩み寄った。後輩OBたちも、自然と後ろへ続いていく。
「坂田、だっけ?久しぶりだな。」
「え?・・・な・・・楢里さん!」
「弟が国巻のキーパーなんだって?」
「そ・・・その・・・すいませ・・・。」
「謝らなくていいっつーの。」
「え?」
「これでやっと証明された。」
「証明・・・ですか?」
「そう。【もう負け無い】って言葉がいかに安っぽいかが、証明されたんだ。」
「???」
「二度と負けない。次は勝つ。連敗は許されない。・・・そんな言葉、いったい誰が作ったんだろうな?」
「・・・?」
「サッカーに【絶対】なんて無いのによ。」
「!!!」
「ここにいる多くの人間が、そんな【絶対】って言葉に頼ってたんだ。無茶苦茶だよな。あの監督を見ろ。」
楢里が指差した先には、今年からの新監督が選手たちを激しく叱責していた。中村や坂田と同級生の副島コーチは、目が赤く染まっている。
「あんなに必死に国巻と向き合ったウチの後輩たちが、何であんなに怒られなきゃいけないんだろうな?コーチになった副島の方が、いい監督になれそうだ。」
「・・・。」
「桜台東は本当にリセットすべき時期に来たんだろうと思う。」
「りせっと?」
「王者だの、強豪だの、そんな称号、捨てちまえばいい。」
「・・・?」
「悪かったよ。俺たちの代が準優勝したせいで、お前たち後輩はサッカーをするんじゃなくて、勝つことを強要されちまった。」
「そんな・・・そんなこと・・・。」
「世間は今日から考えを変えて欲しい。ウチが何故負けたかでなく、国巻が何故勝てたかってな。」
「・・・。」
「弟、良いセーブするじゃん。」
「あ・・・ありがとうございます!!」
楢里はそこまで話すと、坂田秋一の同級生である中村の下へ向かった。
「そうだ、中村。」
「は・・・はい!」
「仲間を庇える男になったんだな。すごいじゃん。」
「え?そ・・・その・・・。」
「今度、どっかでみんなで飲もうや。」
黄金時代のキャプテンは、後輩尾崎の首根っこを掴んでスタンドを後にしていった。
須賀の母 梓は駐車場へと向かっていた。疲れきって気を失った須賀を腕に抱えた美津田も、後に続く。
「須賀くんのお母さん、この度は本当に申し訳ございません。大事なお子さんに傷をつけてしまいました。」
「サッカーしてるんですから、当たり前みたいなものですよ。」
「ですが・・・」
「美津田さん、でしたっけ?」
「・・・はい。」
「この子の名前、【元気】って言うんです。」
「存じております。」
「元気って名前ね、この子の父親がつけたんですよ。」
「・・・はぁ。」
「でもその父親はこの子が生まれて間もなく、他の女性との間に子ども作ってね。さっさと出て行きました。最低の男でしたよ。」
「そう・・・だったんですか。」
「昔、私は嫌だったんです。この子の名前が【元気】ってことが。あの父親が付けた名前っていうのもありますが、一番の理由はやっぱり片親で、色んな所でこの子に苦労をかけてるから。【元気】っていう名前が申し訳無くてね。」
「いや、お母さんそんな・・・。」
「でもね。監督。」
「え?」
「この子、昨日の晩に嬉しそうに話してたんです。貴方やチームメイトとのことを。サッカーのことを。本当に嬉しそうに、楽しそうに、元気に。」
「・・・。」
「やっぱりこの子の名前は【元気】でよかったです。」
「そう、ですか。」
「だから、絶対に謝らないで下さい!」
「え??」
「この子が点を取れたのはね、きっとあなたのお陰なんですよ。貴方からの指導によって『負けても仕方ないって考えを捨てられた』って言ってました。」
「しかし、彼に無茶なプレーを続けさせたばっかりに・・・。」
「この子昨日、『今が最高に幸せだ』って言ってくれたんです。私に。」
「そんなことを・・・。」
「美津田さん、失礼ですがご結婚は?」
「・・・?いえ、独身です。」
「息子が『最高に幸せ』って言ってる時の笑顔を見るのはね。親にとっても最高に幸せの瞬間なんです。」
美津田はそれ以上何も言い返すことが出来なくなった。
梓は息子を後部座席に押し込むと、運転席へ移動する。
「美津田監督、ありがとうございました。」
最後にお礼の言葉を残し、梓は車を走らせていった。
「感謝・・・されちまった・・・。」
美津田はその後、マネージャーの若宮に名前を呼ばれるまでの3分間、その場に呆然と佇んでいたという。




