第62話 それぞれのお節介
高揚感が漲ってきた坂田は、桜台東のコーナーキックを少しファンブルしつつも何とかキャッチし、すぐさまセンターバックの鈴木にスローインをした。
ボールをもらいながら鈴木は「攻めるんだ!前に送らなきゃ!!」と考えていた。
前線では先ほどロングシュートを放った久保が3人を引きつけている。その分左サイドの大下がフリーになっていた。
「しっかりと、渡す!」
そういう思いを込めて放ったキックに味方は唖然とする。
鈴木は再び苦手の右足で蹴ったからである。
逆サイドの大下にパスするには、確かに右足で蹴った方が1テンポ早くパスが出せる。
ただ、それが一切の迷い無く出せたことに味方達は驚きを隠せなかった。
パスは大下にドンピシャで通る。
「鈴木くんの右足精度・・・低いんじゃ無かったんですか?監督。」
「惜しいな。」
「え?」
「低いんじゃない。低【かった】んだ。」
「え??」
「もう鈴木の右足精度は標準値なんだよ。」
「だって!ちゃんと練習して、まだ数ヶ月ですよ!」
「もちろん。」
「それだけで・・・あんなに早く上達出来るもんですか!?」
「では南部。逆に質問しよう。鈴木の左足のロングキック精度、一体どれくらいだと思う?」
「・・・どれくらいって?」
「県内で。全国でってことだ。」
「え???」
「恐らく鈴木の左足は県内トップレベルだ。」
「え!!?」
「もちろんロングパスがだぞ。だが県内トップだと俺は思う。全国でも有数のレベルだろう。」
「そこまで・・・。」
「中学3年間の練習だけで、アイツはあの左足を身に付けたと聞いている。」
「ですね・・・。」
「普通身に付くか?あれだけのスキルをたった3年間で。」
「必死に練習したんじゃ・・・無いですか?」
「だけじゃない!」
「???」
「必死に練習する奴なんて全国どこにでもいる。でも、アイツは完成度の高い左足を掴み取った。それは時間だけじゃ手に入れられない。」
「じゃあ、何で?」
「かけ算をしたんだ。」
「????」
「まだわからんか。アイツはロングキックの練習の時に、異常なまでに【集中】してるんだよ。」
「集中???」
「そう。練習時に尋常じゃない集中力を発揮する。だからアイツはこの短期間で右足も上手くなったんだ。」
「時間と集中の掛け算でってことですか?」
「そうだ。」
「そう簡単にいかないでしょ?いくら集中したって。」
「ハハハ・・・南部。今度、鈴木がロングシュートの練習してる時の表情を見てみろ。」
「表情?」
「あんなに1球1球集中して蹴る選手、俺は今後も見ることは無いと思う。」
「そんなに・・・。」
2人が話をしている最中、大下はドリブルでペナルティエリアに侵入しようとしたが、ディフェンス陣の壁を見て、望月にバックパスをする。
6人目の3年生である望月は一旦下がった大下に再びパスをしながら
「大下!花野江の高橋を思い出せ!」と言った。
『高橋を?』
鈍足のためにこの試合で突破が出来ないドリブラーは、ボールが来るまでの一瞬の間に天才フォワード高橋のプレーを思い返す。
『高橋は散々止められた。木村に。それでトップスピードで・・・いや・・・待てよ・・・その前に!』
記憶を掘り起こすことに成功した大下は、ボールをもらうとすぐさま逆サイドでフリーになっていた高井にパスを送った。
「そうだ!大下!!それでいいんだ!!」
「上手く逆サイドに渡せましたね。」
「あれが大下の生き残る道だ!」
「??」
「足が遅くたって、判断力が早ければサッカーは出来る!!あれが大下の行き着くべき姿だ!!」
慌てながらも、何とかボールを受け取った高井はペナルティエリアに侵入すると、中央で構えていた久保にパスを出した。
「ぐあ!!」
久保は後方から強烈なタックルを受けて倒れるものの、ファールは無い。
桜台東ディフェンダーの木浦は、急いでセンターサークルにいる天才出羽にパスをする。
出羽は珍しく敵陣にドリブルしていった。
『オレンジがもっと広がる場所まで近付けば!』そう思いながら、【シナスタジア】を使って自身のシュートが届く範囲を確認し、今度はキーパーの坂田が届かない場所にまで色が展開するように前進していった。
この間に余裕で国巻の選手を3人抜きしていたのが、彼が天才と言われる所以だろう。
『届いた!この場所からなら!!!』
出羽は坂田が警戒しているサイドの反対側の隅にまでオレンジが広がるのを確認すると、力強く右足を振り抜いた。
その軌道は大きく打ち上げられたが途中で急降下していくもので、余裕で坂田の頭上を超えた。必死で伸ばした手をかすめる事も今回は出来ない。
ボールの行き先は枠内であり、坂田は同点を覚悟する。
「うおりゃゃゃ!!!!!!!!」
坂田の後方で誰かの声が聞こえた。
それと同時に、ボールがクリアされてサイドラインに転がっていくのも確認できた。
坂田は振り返る。
「あ・・・綾篠?」
そこにはサイドバックの綾篠がいた。
綾篠は普段、無口で目立たない。だが、チームメイトからの信頼は厚い。その理由はサイドバックとしては異例の守備力の高さだ。サイドラインを徹底的に突破させないタフネスな守備と、中央ディフェンスのカバーリングもしっかり出来る視野の広さは今までも幾度となくチームを救ってきた。その守備能力は美津田も高く評価している。現に美津田が監督になってから、綾篠は試合の出場時間がチームで最も長い。
今回も、ゴールギリギリで綾篠はオーバーヘッド気味にシュートを掻き出したのだ。
「勝ちきるんだろ!!!坂田!!!!!」
「あ・・・ありがとう。」
「礼はちゃんと勝ってから言え!!!」
「あ・・・あぁ。」
出羽はシュートを防がれたが、何故か笑顔だった。
『わかった!生まれるぞ!!俺の必殺シュートが!!』
天才は綾篠にシュートをカットされながら気付いたのである。
敵が警戒している場所が黒色く見える力と、新たに生み出された射程範囲がオレンジ色に見える力。2つのシナスタジアによって体得した能力を掛け合わせて応用すれば、自分だけの奥義が完成すると。
『黒色が薄くてオレンジ色がキーパーに届かない場所は・・・全部ゴールになるはず!!』
出羽は急いでスローインからパスをもらうと、すぐさま絶好のポイントを確認した。
「これで!同点!」出羽がキックモーションに入った瞬間、
「ピ・・・ピ・・・ピィーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!」
「え?」
出羽は音のする方を見てみる。それは審判が試合終了の笛を吹く音だった。
「え?まだ・・・まだ時間あるっしょ??」
出羽はそう言いながらピッチ上の先輩たちを確認する。全員が項垂れていた。
実は、ロスタイムはもう8分を過ぎていたのである。
「終わったんだよ。出羽。」
そう先輩の諸星に言われると、天才はガクンと膝を落とした。
その間に国巻メンバーは
「うぉーーー!!!!!!!勝ったぁーーー!!!!!!!!!」
と喜び、全員が抱き合って喜んでいた。
美津田は喜び合う選手達を、腕組みをしながらも嬉しそうに見つめている。
すると、突然誰かに肘を掴まれた。
それは3年生の中林だった。
「何するんだ!?中林!」
「あなたがアイツらの真ん中に行かないで、どうすんですか!」
「俺は関係ないさ。お前らが頑張ったから勝ったんだ!」
「違う!!!!!!!」
「ん!?」
「俺たちだけじゃ無理だった!大嶺が監督だった時には、こんなこと絶対無理だった!!」
「・・・。」
「あんたが監督だから勝ったんだよ!!!!!!」
中林はそこまで言うと、美津田を歓喜の中心へと引きずり込んでいった。




