第60話 赤の代償
左利きの望月が、ボールをセットしてゴール前を確認する。
「壁に当たらないように、枠内に入るように。」
それに全神経を注いだ望月のキックは、直接ゴールを狙う。
壁になった相手選手たちの頭上を越える高さやゴール隅をねらった弾道は完璧なシュートだった。
唯一足りなかったものは球速。
コースギリギリを狙ったボールは、キーパーの手を掠めて弾かれてしまう。
「クッソー!!」悔しがりながら、望月はコーナーキックを蹴りに向かった。
考えてみれば国巻がこの日初めて蹴るコーナーキック。
ディフェンダーの木村も相手ペナルティエリア中央に位置し、このチャンスに賭けていた。
望月の渾身のコーナーキックは、奇しくも相手ディフェンダーに弾かれてしまう。
その後3連続コーナーキックを行うが、桜台東は間一髪でピンチを防ぐのだった。
5年前に苦杯を嘗めされられた国巻に敗れるわけにはいかないという覇気が、選手達から溢れ出していく。
これをだれよりも冷静に見ていたのは、未だに耳鳴りの止まない須賀だった。
「・・・なんかみんな、ニアばっかり警戒してる気がする・・・。」
須賀はそう感じると、立ち止まってキッカーの望月を見つめた。
その瞬間に、望月は不思議な悪寒に気付いて正面をみてみる。
今まで気付かなかったのが不思議だが、須賀から何か赤色の闘志というかオーラのようなものがぼんやりと見え、さらに須賀の視線の先にあるスペースも、はっきりと赤色に見えたので、レフティーは少し困惑する。
「そこを・・・狙えって事?」
この瞬間、須賀のオーラに気付けたものが、もう一人いた。
天才出羽である。
彼は須賀を少し見た際、
「あ・・・か・・・い?」
とその覇気に気付いた。
出羽はこれまでサッカーにおいて、対象を【赤色】で確認したことは無い。
【シナスタジア】の能力を使って視認したことのある色は、紫や黒といった、更に濃い目の色ばかりだった。
しかし、以前自身が『一番怖くない選手』と挙げていた須賀に限って、何か特別なことをするはずは無いだろうと高をくくる。
「赤色なんて、何かの間違いだろう」と。
望月が左足を振り抜き、大体の選手の予想に反して、要望通りにボールはファーに伸びていく。
須賀はかなり後ろの位置から走りこむと、ダイビングヘッドでゴールを狙った。
しかし、残念ながら今回の望月のキックも、予想以上に球速が遅く、須賀のダイブしたタイミングとボールの落下点にはズレが生じてしまった。
須賀は頭上スレスレを通り過ぎようとするボールを目で確認しながら、こう考えていた。
「どこでもいい!!!!!!!!!!!!!シュートになれ!!!!!!!!」
須賀がそう願った瞬間、嘗ての美津田からの言葉を思い起こす。
『・・・地味な奴だって主役になっていいんだよ。これはドラマじゃない。サッカーなんだ・・・。』
彼はボールを目で追いながら、
「オレだって!!主役になってみせる!!!!」
と、心の中で叫んだ。
すると、須賀は自然に両足を後方にそらせた。
上半身が空中に対して平行でありながら、下半身はさらに上空である背面にそらせたのだ。
その姿は、わかり易く言えばシャチホコのように、格好つければ弓のように、弧を描くもの。
追い込まれた須賀は、極限状態の中で自身でも驚くような体の動きをさせた結果、ボールを踵に当てることに成功した。
誰しもが、放った本人すらもが寸前まで計算していなかった形でのシュートは、ピッチ上の選手全員を一瞬ながら硬直させ、そのままネットに吸い込まれる。
1-0
「え?」出羽は立ち尽くし、納得出来ないといった表情をみせる。
こんなに奮闘してこんなに攻めて、こんなにピンチにも踏ん張ったのに、自身が軽視した選手に失点されたことを認められないでいた。
そしてそれは桜台東の選手全員にも同じことが言える。
終始優勢に進めてきたのに、気の緩みも無かったのに、失点してしまったという現実を認めきれていない。
そんな中も、望月をはじめ国巻のイレブン達は須賀の下へ駆け寄った。
「よくやった!!!!!!須賀!!!!!!!!!」
「やったじゃないか!!!!!!須賀!!!!!!!!!!!」
「ん????・・・須賀?」
駆け寄ったメンバーの中で、はじめに異変に気付いたのは木村だった。
華麗なダイビングヒールボレーを決めた須賀が、全く起き上がらない。
「須賀!!!!!!!どうした!!!???須賀!!!!!!!!!」
先輩たちに声をかけられた二人目の【ゾーン】の覚醒者は、
「い・・・・・・痛い!!!!!!!」
と口にする。
須賀は得点した瞬間に、続いていた耳鳴りも、赤みがかった視界も【無くなって】いた。
つまりそれはZONEを使い切った印。
ZONEのタイムリミット。
すなわち全身の【感覚麻痺の終焉】である。
さっきまで解消されていた疲労感と痛覚に、再び襲われ始めた器用貧乏には、これ以上言葉を発する気力すら残っていなかった。
木村は須賀の左足首を見て絶句する。
「須賀・・・おまえ・・・こんなに【酷かった】のか。」
須賀の足首は大きく腫れ上がっていた。




