第57話 家族に乾杯
今回は久しぶりに辛気臭いです。たまにはこういう回があると思って読んで下さい。
「坂田じゃん。なんでそんなとこで観てんの?」
国巻のゴールキーパー坂田裕也の兄 秋一は、5年前のチームメイト達に声をかけられている。
「あれか?俺らは恥さらしの世代だから、端っこで観てればいいってことか?」
皮肉な言葉だが、これは自虐の比率が高いことをすぐに悟って、
「そんなんじゃないよ」とだけ秋一は答えた。
「じゃあ、なんでだよ。」
「今日は、どっちを応援しようかまだ迷ってるんだよ。」
「は?なんで?」
「弟が出てるんだよ。国巻側のスタメンで。」
「マジかよ!」チームメイトたちが一斉に大声をあげて食いついてくる。
「どれ?・・・あのキーパー?」
「そう。」
「・・・。お前ら知ってた?」
当時キャプテンだった中村がメンバーに問うが、皆が首を横に振った。
「誰も知らないはずさ。黙ってたからな。」
「なんで黙ってたんだよ。」
「だって・・・どう考えたって非常識だろ?よりによって国巻のサッカー部なんて。」
「まぁ・・・非常識かどうかはわからないけどさ。」
「来たくなかったんだよ。初めは。」
「は?」
「どっちの応援したらいいかわかんないじゃん。仇のチームの応援なんて簡単に出来ねぇよ。しかも、国巻の監督ってアイツだろ?」
「あぁ、美津田な。あのリベロ。」「めちゃくちゃ上手かったよな。」「確かに。」
ここだけは中村以外のチームメイトも反応する。
「でも、何か最近弟やる気でさ。昨日話しても『勝つ気だよ』なんて言ってたし。」
「冗談じゃねぇよ。」
「俺もそう思ったよ。でも、あんなに楽しそうにサッカーする弟初めて見たと思う。あんなにサッカーの話する弟を初めて見たんだ。だから5対5で観ようと思ってさ。」
「どっちを応援するかを?」
「そう。半々。」
「坂田・・・お前さぁ。」
「え?」
「本当に遠慮する奴だよな。」
「え??」
「俺が正ゴールキーパーだったけど、安定感なら絶対にお前の方が上だったじゃん。」
「そうだっけ?」
元キャプテン中村のポジションは、ゴールキーパーだった。
「とぼけんなよ。誰が見たってそうだっただろ。なのに・・・お前は最後まで俺に譲ってくれたよな。」
「能力はお前が上だったじゃん。別に譲った覚えは無いぜ。」
中村は卒業後に知った。三年生の春、自分がスランプに陥っていいパフォーマンスが出来なかった時期、この坂田が監督に「また復調出来るように、中村を使い続けてあげて欲しい」と直談判したことを。
「そっか・・・。」
それだけ言った中村は『知ってるんだぞ』とも言いたかったが、口には出せなかった。それは他のメンバーがいる手前だったのか、坂田が秘密のままになってると信じているからなのか。本人にさえわからない。その代わりに、
「ここにいちゃ・・・ダメだ。」
と口にした。
「何でだよ?。」
「本当は弟の応援、したいんだろ?」
「いや・・・だって。」
「してやれよ!兄貴だろ!」
「・・・。」
「俺がOBたちには説明しとくから、国巻側のド真ん中で観てやれよ。」
「そんな・・・」
「いいから行け!キャプテン命令だぞ!!それに・・・」
「それに?」
続きの言葉は中村の口から出なかった。代わりに『借りを返したいから』と心の中でつぶやいた。
その頃、ハーフタイムになって美津田は選手達に声をかけていた。
「お前ら、あっちを見ろ。」
美津田が指差した先は、国巻側の応援席だった。
「お前らは11人で戦っているのか?」
「?」
「お前らは部員全員の19人で戦っているのか?」
「??」
「それともお前らは、マネージャーも含めた21人で戦っているのか?」
「???」
「昨日の晩飯を思い出せ。」
「???????????????」
「昨日の晩飯が、今日の桜台東戦のために、精のつくものや炭水化物を多くとったもの、何かお袋さんが一生懸命に作ってくれたものだった奴は、この中で一人や二人だけじゃないはずだ。」
「!!。」
「あそこで応援している人達からの愛情は最強のはずだ。思春期のせいで『うっとおしい』とか思っている奴もいるだろうが、お前らのために、今日のために一生懸命家族は家族なりに努力してくれてるんだ。」
「・・・・・・・・・・・・・。」
「人数なんて、関係ないぞ。」
「??????」
「桜台東に何人部員がいようが、何倍も応援席に人がいようが関係ない!お前らはあそこの応援席にいる人たちから、向こうの応援席にいる奴らよりも何倍も愛されている!」
「!!!!!!!!!!!!!!!」
美津田のこの言葉に、一番感銘を受けたのは須賀だった。
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話は少し戻って昨日の晩、練習から疲れて帰った須賀は、珍しく家に明かりが灯っていたので驚きながらドアを開けた。
いつもなら、母は夜勤で帰っていないはずだった。
しかし、帰っている。
「どうした?早いじゃん。」
「うん。まぁね。」母の梓は短く答えるだけだった。
テーブルにはいつものレンジで温める食品やインスタント食品でなく、沢山の出来合食品が並んでいる。
「ごめんね。出来合ばっかりなんだけどさ・・・。」
「いいよ、そんな。なんか高そうなものばっかじゃん。」
「大丈夫よ。心配しないでいいから。」
それだけ言って、二人は夕食を食べ始める。
須賀の両親は幼い頃離婚し、ほとんど父親の記憶は無い。朝から晩まで働いて、母の梓が一人で育てていた。
「ごめんね。」
「え??」
静かに食べていた二人だが、梓は箸を置いて突然謝るので、須賀は困惑した。
「明日、大事な試合なんでしょ?もっと、手作りの温かいもの食べたかったよね。」
「・・・何言ってんだよ・・・。美味いよ。これも。」
息子からの精一杯の気遣いの言葉を貰った梓は、涙を流し始める。
「なに泣いてんだよ。やめろよ。」
「私のせいだよね。」
「・・・なに・・・が?」
「あんたがこんなに【優しい子】になったのってさ。あたしを気遣ってばかりだからだよね。」
「関係ないよ。」
「そんなことない。あんたが桜台東の推薦断ったのも、私立にいく学費のこと考えてだったんでしょ?」
それは図星だった。
須賀は三川ユナイテッドでの活躍が認められ、実は桜台東からオファーを受けたことがある。そしてこれを二つ返事で断った。
断った理由は、梓の言葉が全ての理由である。
しばしの沈黙の後、母に向けて17歳の少年は最大限の言葉を送る。
「オレ、桜台東に行かなくてよかったんだと思う。」
「え?」
「オレさぁ、国巻でレギュラーなんだぜ。2年生で。あの『奇跡のイレブン』の国巻で。」
「でも、最近はよくないんでしょ?」
「今年は違う。」
「・・・。」
「今年の監督は凄い人なんだ。全てを見通してるし、ちゃんと勝つ術も知ってる。本当に凄い人なんだ。」
「・・・そっか。」
「今は最高に幸せだよ。」
「すごいね。」
「だからオレ、やめたんだ。」
「???なにを!?」
「【負けても仕方ない】って考えを。」
「へぇー・・・。」
「桜台東は強いけど、絶対に勝つから。監督の為にも自分の為にも。」
「・・・ねぇ・・・あのさぁ。」
「どうした?」
「明日さ。休みがとれたの。仕事。」
「そうなんだ。」
「明日さぁ・・・観にいってもいい?試合。」
「当たり前じゃん。何年ぶりだろうね。」
梓は仕事が多忙なため、小学校中学年以来、息子の試合を観戦していなかった。
「本当に、何年ぶりだろうねぇ。サッカーのルールとか、観ながら思い出さなきゃ。」
「そうだね。さ、食べよ食べよ!せっかくのご飯なんだから。」
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美津田の言葉を聞いて、須賀は目を潤ませていく。
「いいか、今から南部から大事な話がある!よーく聞いとけ!」監督はそれだけ言うと、出羽の弱点に気付いた男の解説を聞かせた。
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ハーフタイムの時間があと僅かとなり、国巻のイレブンは気合を入れてピッチに立っていく。
小鳥遊と竹下に代えて松田と高井が入り、メンバーのもとに駆け寄った。
「本当に通用するのかな?南部の作戦。」
「もうそれしか無いだろ?信じるしかないよ。」ボヤく久保を大下が叱咤し、各々がポジションについていく。
須賀は応援席にいる母を見つけ、右手で大きなガッツポーズをした。
母の梓はその光景に気付くと、手を振り返すことも出来ず、ハンカチで顔を覆うのだった。




