第56話 45分前
出羽が前線を確認すると、味方フォワード石橋が木村と鈴木の間を走りこみ、トップ下の牧原がフリーでボールを貰おうと走りこんでいた。
出羽はトップ下の牧原にスルーパスを出す。
しかし牧原のすかさず放ったミドルシュートは、威力はあるもののキーパー坂田の正面に来たためキャッチされてしまった。
「やっぱりだ!今の!!」
「どうした?」
ピンチを防いだ国巻ベンチで、大声を上げる南部に、監督が声をかける。
「いや・・・わかんないけど・・・何か今の出羽君、やっぱり違和感があります。」
「そうか?パスコースは上手かったけどな。」
「そういうのじゃないんです。もっと根本的なって言うか・・・。」
「まぁいい。分かったら知らせろ。それより・・・。」
「それより?」
「【折れないか】が問題だ。」
「折れない?」
「小鳥遊の心がだ。」
「あそこまで上手い出羽君のトラップしてからのスルーパスは、もう防げないでしょ?」
「いや、あいつは2つミスを侵した。」
「2つのミス?」
「そう。1つ目は、少しでも出羽のマークを外れたこと。2つ目はカウンターのチャンスに安易に前線にパスしてしまったこと。この2つだ。」
「それって試合では当たり前に起こることでしょ?」
「もちろん。だが、この重要な試合でのミス。そして責任感の強い小鳥遊の性格を鑑みると、折れるかもしれないぞ。」
美津田の予感は残念ながら的中してしまう。
小鳥遊はその後繰り返しマークしていくが上手くつけきれず、出羽にボールを触られてしまう。
自身の侵した2つのミスにより、出羽への苦手意識が芽生えたことで、想いとプレーにギャップが生じ始めたのだ。
「なんだよ!大事な時なのに!!」
憤りはプレーを荒くしてしまい、激しいタックルから小鳥遊にはイエローカードが出されてしまう。
「これも・・・出羽君の恐ろしい所です。相手の冷静さを奪って自分のペースに引き込む。完璧に彼のプラン通りになっちゃってますね。」
南部の解説も程々に、美津田は立ち上がって大下に指示を出す。
「大下!小鳥遊とポジションチェンジしろ!!」
「は・・・はい!」
美津田は対人戦の切り札として、大下を出羽のマークにつかせる事にした。
「大下の相手の考えを読む力、ここで発揮してもらう。」
大下はすかさず出羽にくっついて好きにプレーさせないように努める。
「小鳥遊の分まで、やるしかないよな!」
強い気持ちで臨んだ大下に、天才出羽は「なんか熱いタイプが一杯いるなぁ。」と小さくつぶやきながら、ふらふらと右に左に歩き出した。
「フェイントのつもりだろ?急に走り出したら食いついてやるからな。」
大下がそう考えながら前を向かせまいと背後からハードマークしている中、桜台東センターバックの木浦が短いパスを和製シャビに出した。
若干16歳の天才はフワリと軽くボールを浮かせると、体を反転させて大下の方を向いた。
「え?」
大下が一瞬躊躇った表情をすると、出羽は無表情で右足を後ろに反らせる。
かかとで宙にあるボールをキックすると、出羽は前進する素振りを見せた。
大下は「ヒールで裏を狙うってか!」
と感じて急いで後ろに一歩下がる。
しかし、出羽は大下と同じ方向に一歩動くことはしなかった。
「あれ?」
大下は一瞬動きを止めてしまう。
出羽はヒールでボールを蹴ったが、それは前進するためでなく、大下との距離をとるためのフェイントだった。真上にボールを上げると、大下が一歩分後退した間に出羽も一歩後ろに下がり、二人の間に二歩分の間合いが出来てしまっている。
「なんでだ!?全くこいつの考えが読めない!」
大下が驚きを隠せない間に、出羽は右サイドから走りこんでいた味方の馬場にパスを出した。馬場はすかさずクロスを上げたが、これは木村がカットした。
「大下先輩が・・・避わされた。」南部どころか他のベンチメンバーも困惑している。
「うま・・・上手すぎるからだろ?」柿崎がつぶやくと、美津田は
「いや・・・もし・・・大下が対応出来ないタイプなんだとしたら・・・。」と口にした。
「大下先輩が対応できない?」
「もし・・・出羽は考えてプレーしてないんだとしたら・・・。」
「考えてプレーしてないって・・・。じゃあ、どうやってプレーするんですか?」
「例えば・・・感覚だけで・・・。」
その後、ピンチは間一髪で鈴木と木村が防ぐものの、大下は出羽のプレーを防ぎきれず、試合を支配され続けていく。
【シナスタジア】という能力を持つ者が10万人に1人存在する。通常の感覚に異なる感覚をリンクさせることが出来る特殊なこの能力は、日本語で共感覚と言われている。
出羽はこの能力を有していた。
彼は敵や味方がどの方向に意識を強めているかを、【色】で識別することが出来るのである。
味方がパスして欲しいと意識しているポイントは紫色に。敵が警戒するエリアは黒色に。その色の濃さが強いほど意識も強く、薄い場所は意識が弱い。
出羽にとっては動かないことも、モタモタすることも相手との駆け引きなどではなく、色の薄まるポイントとタイミングを調べているだけの動作でしかなかったのだ。
それを知らない大下は必死に出羽の考えを読み取ろうと奔走するが、一向に好転することは無い。寧ろ悪戯に体力も精神も削られていく悪循環を味わい続けている。
「大下でも・・・ダメか。」美津田が珍しく後ろ向きな発言をした瞬間、前半ロスタイムに突入する。
容易にボールを保持できるようになった出羽は、最前線の味方フォワード諸星が鈴木と並走し、下がった石橋がボールを貰おうと両手を広げる姿を確認すると、石橋の方にパスを出した。
「これも!」南部はそう言い放った後、「あれ?・・・もしかして。」とつぶやいた。
石橋は諸星にパスを出そうとしたが、これは防がれる。
スライディングで辛うじて防いだのは須賀だった。
前線で延々ボールを追い回しつつ、下がっても守備をする器用貧乏は45分間上下動を繰り返し、ここでも味方のピンチを防ぐことに成功したのである。
ここで前半終了の笛が鳴る。
0-0
しかし、失点しなかったのは運の力も強く、一方的な内容である。
国巻はシュート0本でボール保持率は40%に満たない。
須賀は珍しく前半だけで息も絶え絶えになっていた。
正直言って、出羽以外の選手達に迷うことなく食いつき続けたリスクは大きすぎたのだ。
出羽に劣るとしても、毎年部員数が100人を超える県内有数の強豪校でレギュラーの座をつかんだ精鋭達を相手には、一度もボールを奪えず体力だけを浪費するだけである。
「このままじゃ・・・負ける!」
そう口にして歯を食い縛るのは、彼だけでは無い。
監督のもとに気力体力共に疲弊した選手たちが集まろうとする中、美津田の服を後ろから掴む男がいた。南部である。
「監督!わかりました!出羽の弱点!!!」




