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ゾーンの向こう側  作者: ライターXT
応答編(インターハイ)
55/207

第55話   2時間前

「こんな所で!冗談じゃねぇよ!!」

息も絶え絶えに倒れこむ須賀がピッチの中にいた。


彼を味方と敵が囲む中、スタンドは沈黙に包まれる。





時は少し(さかのぼ)って2時間前・・・。


会場となった桜台東高校グランドに、国巻の選手達は集合した。

県内最高レベルの練習環境を誇る強豪校に入った途端、選手達は無数の殺気を受け流すことが出来ないでいる。無理もない。5年前に常勝軍団だった桜台東は国巻に敗れてから時代遅れの古豪と烙印を押され、転落の一途を辿っていた。やっと出羽を獲得するなど戦力は好転してきたが、国巻へのライバル心は極めて強い。



「今日はよろしくお願いします。」



国巻を出迎えたのは、若いジャージ姿の男だった。



「コーチの副島と言います。よろしくお願いします。」


「こちらこそ、よろしくお願いします。」


美津田が国巻を代表して挨拶すると、副島は右手を差し出した。


美津田がそれに応えて握手をすると、「久しぶりですね。握手。」と副島は口にする。


美津田が珍しく躊躇すると、ジャージ姿の男は少し笑って

「5年前、私はあなたと対戦したんですよ。この桜台東の選手としてね。」と言った。



そう言われた美津田は少し時間を置いてから「もしかして・・・左サイドだったです?」

と訊ねると

「そうです!当時の私はあなたに全く歯が立たなかったですよ。今日はそのリベンジがしたいですね。」

と言ってグランドに招き入れていった。




国巻に敗れるまで県内最強を誇っていただけ有りグランドはしっかりと整備され、土曜ということも相まって桜台東の応援団がびっしりとスタンドを埋め尽くす光景に、選手達はさらに圧倒されていった。



「すっげぇな。」

「ここで試合できるだけでも奇跡のレベルだよな。」

控えの柿崎と五条がそんな話をしている中、坂井は兄の姿を見つける。

兄の秋一は、桜台東と国巻の応援席のほぼ中間に陣取って座り、気付いた弟に手を振って見せた。

兄を倒した国巻の正ゴールキーパーとなった弟は、右手を小さく上げながら硬いながらも笑顔を作ってみせる。




美津田が選手達を集めた。



「何度も言ったが、1勝0敗だからな。自信を持て。何より今のお前達は俺たちがいた5年前の国巻より強い!」


美津田はそう言うと、スタメンを発表していく。



ゴールキーパーは勿論、坂井。フォワードは久保。トップ下は須賀。中盤は左から大下、望月、小鳥遊、竹下。サイドバックは左が綾篠で右が中林。センターバックは木村、そしてもう一人は今までほとんどサイドバックで使われてきた1年生の鈴木だった。


鈴木は息を飲む。弱点である右足の練習を数ヶ月練習し続け、今日の大一番にセンターバックで使われるという監督からの信頼を勝ち取った自信と、自身の不完全な守備力がチームにどう影響をもたらすかが未知数という不安が相まったからである。



アップをしながらも、国巻の選手達は桜台東の天才出羽が気になっている。


頭脳よし、技量よし、容姿よしの三拍子を揃えた彼にはスタンドからも『ディーバ最強』などと書かれた垂れ幕が掲げられている光景から、この強豪校をすでに背負っている存在なのがわかった。



「鈴木、確認したところはもう大丈夫だよな。」

「はい。問題ないです。」

木村に確認されて、少し萎縮気味に答えると、

「心配すんな。カバーはするから堂々とやろう。」

とだけ木村は口にした。

普段絶対的な守備力を誇る先輩からかけられた言葉は短かったが、それだけでも十分安心感を持つことができた。



両校のアップが終わり、試合開始前の握手が交わされる。


小鳥遊は出羽と右手を握りながら、『絶対に抑えてやる』と意気込んでいた。




桜台東のボールで試合が開始される。




開始すぐに速攻はみせず、ゆっくりと桜台東はサイドから逆サイド、そして中央へとテンポよくボールを回していった。


決定機は作らせまいと国巻が最早十八番となったゾーンプレスをしかけながらもその穴を他の選手がカバーすることで危ない場面が生まれないよう細心の注意を払いながらのディフェンスである。



出羽にボールが渡ろうとすると、すぐさま小鳥遊がチェックに行った。


まだ16歳の天才はマーカーが迫ってきているのを横目で少し確認すると、小鳥遊とは反対の方向にボールをトラップさせてすぐさま横の選手にパスを出した。


「簡単にやってくれるよな。」

小鳥遊は落ち着き払った1年生に挨拶とばかり少し強めに体を当てると、ディーバと呼ばれる天才は少し体をよろけさせる。


小鳥遊が「これでよろけるの?弱いじゃん。」と心の中でつぶやいた瞬間、出羽に無言で睨みつけられた。


「なんだよ。」

今度は声に出したが、天才少年は




「6対4ですね」




とだけ言って黙り込んでしまった。


「え?」小鳥遊は何のことかわからず聞き返したが、返事は返ってこない。



そしてこの会話の後、小鳥遊は動揺してしまう。


出羽が突然【石】になった。



正確には石のように【動かなくなった】のだ。




自軍がボールを保持してもボールを奪われても全く動かず、腰に手を当てて試合など何処吹く風という表情で(たたず)み、5分近く一切動かなかった。



こんな選手をマークした経験の無い小鳥遊は、どうしたらいいのかわからず、ボールを目で追いながらも出羽のそばにくっつくことしか出来ない。



「心理戦だ」

マネージャー南部のつぶやきに監督は肯いた。


「心理戦?」


もう一人のマネージャーの若宮に聞かれた南部は少し早口気味に答える。

「ああやって全く動かないで小鳥遊君がどんな反応を見せるか窺ってるんだよ。」


「余裕なんだねぇ。」

「いや、余裕というよりは、自信家って感じさ。そして勝負への何か確信があるんだろうね。」


「どうやって?」

「そりゃ・・・わかんないけど。」


二人がそんな会話をしている矢先、小鳥遊が痺れを切らして近くでボールを保持していた選手のパスをカットした。


小鳥遊は急いで須賀にパスしたが、彼はキープしきれずに桜台東のセンターバック木浦にボールを奪われてしまう。

木浦はすかさず出羽にパスを出した。


「5分くらいか。ま、よく持ったね。」和製シャビはそうつぶやきながら小鳥遊から取れない位置にボールをトラップさせつつ、前線を確認する。


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