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ゾーンの向こう側  作者: ライターXT
質疑編(プレ大会)
33/207

第32話   天は人の上に天才を作る

当分、悪役?暴走します。

望月の代わりに竹下をボランチに置き、高井が右WGでスタメン出場。監督と高井の密談を知らないメンバーも、事前の戦いでその采配に納得していた。




花野江高校も2戦目から天才高橋秀則をCFに入れるなど、ほぼベストメンバーで固められている。


「勝てますかね?」


「そんなのは試合が決める。」

マネージャーの若宮の問いに、冷たく美津田は返事した。


「例えばですよ。南部君も認めるほどの天才だとして、なんか勝てる秘策とかってあるもんですかね?」


「戦術的にってこと?」


「いや、それ以外でも。例えば・・・魔法の力的な。」


美津田の不機嫌な表情を和らげるための冗談半分の質問だったが、


「魔法の力なら・・・一応存在する。」と無表情で意外な返事が返ってきたので、若宮は会話を続けることが出来なくなった。




スタジアムを見回していた久保は、滝沢が観覧席に戻っているのに気付くと、黙って笑顔で手を振る。


滝沢が親指を立てたのを確認し、自分のゴールを見てもらっていたことに喜びを無言で爆発させた。






第二試合である花野江高校VS国巻高校戦がスタートする。




ボールをもらった竹下が、近くの松田にボールをパスするが、簡単に高橋がボールを奪った。



高橋は横からボールを取りに来た竹下を簡単に避わすと、マッチアップした木村を相手に、両足で素早くシザースをすると、右に抜けようとする。



「簡単にかわして、とっとと2点くらい取ったら交代させてもらお。」


そう思いながら、走り抜けようとしたが、15歳の天才は木村にスライディングでボールを奪われた。




「・・・あれ?」




木村が右サイドの綾篠にボールを渡す姿を見ながら、高橋秀則は信じられないといった表情をしている。




「簡単に止められちゃったよ?なんで?」




木村を見つめながら、高橋はブツブツと独り言を言い始めた。



「グルグルのあとにトンして、止められちゃったか。したら・・・トトントンがいいかな?いや、グルルンか。」


木村に聞こえるか聞こえないかの声で喋った高橋が後方を見ると、味方ボランチの杉田がボールを奪ったので彼はもらいにいく。


パスを受けた高橋は再び木村の眼前に向かうと、今度はルーレットで避わそうとしたが、本人が回転中に、また木村にボールを奪われた。





「・・・なに?・・・こいつ。3年生?にしても・・・邪魔するなぁ。」


再び止められた高橋は不満そうな顔を露にし、木村を見つめた。




「グルルンでもダメなら・・・やっぱギュットンでグルットンしてみるか。」



高橋の独り言を話す姿を見ながら、同僚の小野は「早いなぁ」と口にした。



独り言は高橋のクセである。

試合に集中すると、ドリブルイメージを【トントン】や【グルン】など擬音語で表現し、それを声に出した後、実際のプレーに繋げる。


そのクセは上手く相手を抜けないなど、困難な状況に陥った時や高い集中力で試合に臨む時のみに出していた。


この天才が、試合開始早々に独り言を言うのは珍しい。



高橋の味方左SBが大下からボールを奪うと、右WGで入った只野にパスを出す。


只野は左SBで入った鈴木と勝負できたが、高橋の集中を見抜いてすぐにパスを出した。


高橋は少し木村と距離がある状態で、右足裏でボールを止めたが、スピードを殺さず逆足爪先でボールを蹴って、木村に向かっていく。


木村の目の前で右足でボールをまたぐと、軸足の左足でボールを右に蹴って抜こうとしたが、またもや木村に止められた。



「は?・・・また止めてきた。何なの!?こいつ!」


続けざまに3度もドリブルを止められた高橋はフラストレーションが溜まった状態を、睨むという選択肢で木村に伝えたが、木村は無表情で見つめ返してきた。



3連続で高橋のドリブルを止めた木村に、報道陣のカメラもシャッターを切らずにはいられない。



「うーん。どうしよっかな?フワリってやろうかな?でも・・・そうするくらいなら・・・。」



国巻は丁寧に久保まで繋げたが、その後の攻撃イメージが作りきれず、あっさりとCBにボールをとられてしまう。



細かく繋いで高橋にボールを出すと、彼は木村と4度目のマッチアップに挑む。







・・・かのように思われた。





しかし、高橋は木村に向かってドリブルをするふりをして、右WGの只野にスルーパスを出す。


「とりあえず、パスもするって教えてやろう。」

そう思いながらのキックだった。


190センチ近い長身ながらスピードもあるウインガーは鈴木より早くボールに触ると、飛び出しきれないGK坂田を確認して素早くシュートする。



0-1




木村や高橋にとっては濃密な時間だったが、実際は開始からまだ5分も経っていない。




「あれがアイツの凄いところだ。」

花野江監督の斉藤はそうつぶやく。


「あれくらいの天才によくあるのは意地でもドリブルで点を取ろうとして自滅する姿。なのに、アイツはちゃんとパスもする。しかも丁寧に。」そのつぶやきに、花野江控え陣は納得せざるを得ない。

小野もその一人だった。


高橋はキックオフのために自陣に戻りながら、「こういうことした後は、どうくるかな?」とまた独り言をボヤいている。



花野江ディフェンス陣は須賀からボールを奪うと、無駄の無いパスワークから高橋がまたボールを受ける。



「フワリってやっちゃうか。」


そう言ってヒールリフトで木村を避わそうとしたが、木村はヘディングでボールをクリアして倒れ込む。





「またー!!?ムカつく!このディフェンダー!!」



ついに大声に出してイライラを募らせた天才児は、ゆっくりとボールを運ぶ大下をみて、「さっさと取っちゃえ!」と先輩DF陣に指図していた。


相手SBを避わした大下がクロスを上げるがこれは味方に合わず、クリア後に強めのグランダーパスで花野江陣は、また高橋にパスをした。


素早く高橋は左WGの外慕井にパスを出すが、これはもう一人のCBに入った小鳥遊に奪われてしまった。



「なんなの!?こいつら!!」



再三チャンスを潰されている高橋は、開始10分で怒りが頂点に達する。



「・・・もういいや。ビューンやっちゃお。」



それだけ口にして、味方がボールを奪うのを待つことにした。



大下はやはりゆっくりとボールを持って前進すると、相手SBと対戦せず、後方の鈴木にバックパスを出す。


もらった1年生レフティは、間髪入れずアーリークロスを出して久保に合わせようとしたが、これはGKの宇梶がキャッチする。


宇梶の鋭いスローイングでボールをもらったボランチ杉田から天才はダイレクトでパスをもらうと、木村を見つめた。



木村は変わらず、全神経を高橋の足元に注いでいる。




「もう、面倒臭いし。」




それだけ口にすると、木村の横を高橋はトップスピードで走りぬいた。



今度は木村も止められ無かった。



高井には劣るがそれとほぼ同じトップスピードを出せる高橋に、国巻の影の功労者は成す術も無かった。






「はい!俺の勝ち!!!」


そう口にしながらGKの坂田と1対1になると、両足の間を縫ってシュートを決める。





0-2





天は花野江高校の天才である高橋秀則に、二物を与えていた。

1つ目は天才的なドリブルテクニック。もう1つは超人的なスピード。


あれだけ奮闘した木村も、2つ目の才能についていけなかった。




「ビューンにはついてこれなかったか。・・・頑張ったって所詮凡人止まりだな。」




この独り言は木村にしっかり聞かれていた。


国巻の守備の要は、今まで築き上げてきた守備スキルを一瞬で否定されてしまったのだ。

歯を食いしばって悔しがる。



彼を尻目に「ゲームはもう飽きた。ビューンしとけばいいや。」それだけ言って、天才は自陣に戻っていった。




美津田は綾篠と竹下を下げてボランチに望月、右SBに中林を投入するが、流れは変わらない。


松田のフライスルーパスをCBがカットし、右サイドでボールを繋げると、クロスを上げる振りをして、下がっていた高橋にボールを渡す。


高橋はまたトップスピードで前進すると、容易に木村を抜いた。



「はい。ジ・エンド。」そう心の中でつぶやいたが、シュートを放つ寸前で、飛び出してきたGK坂田にボールをキャッチされてしまった。





「ったく!なんなんだよ!!こいつら!!!!!」


再び怒りに駆られたビッグマウスは、坂田を睨みながら下がっていった。



その後、3度ボールをもらった高橋は1回パスを出して小鳥遊にボールをクリアされ、2度は簡単にトップスピードで木村を避わすが、飛び出した坂田にキャッチされた。



小鳥遊は坂田に近寄ると、「お前、頑張ってんじゃん!」と激励する。


「あの1年生、ダッシュした時、同じなんだ。」


「何が?」


「高井とスピードが。」


「え?」


「練習の時、高井が相手で紅白戦やる時。いっつもあのスピードで詰め寄ってくるんだよ。」


「で?」


「高井が攻めてきた時と同じタイミングで飛び出したら、ドンピシャなんだ。」


坂田の飛び出しによるセービングは、経験値や高橋を攻略したからではなく、味方とほぼ同じスピードという幸運に助けられたものだった。





高橋は考え込んでいる。

「上手くいかないなぁ。腹立つ。なら・・・ビューンをちょっと・・・やったことないけど・・・上手くできるんじゃね?」



そう独り言で答えを導き出してから4分後、天才は再びボールを受けて木村をいとも簡単に避わして国巻のゴールマウスに向かっていく。



坂田はまた飛び出したが、今までより高橋との距離を詰められていなかった。

坂田が悪かったのではない。


高橋はトップスピードで走りながら、一瞬だけスピードを緩めていた。



これに気付けていたのはスタジアムの中でも、監督を含めた花野江の一部の選手と南部と美津田、そして新聞記者の里崎と国巻OBの滝沢だけだった。



一瞬余裕が出来た高橋は、フワリとループシュートをすると、ゴールネットを揺らす。





0-3





この天才を相手に、もう国巻に成す術は無かった。



「はーい!やっぱ俺って、てーんさーい!!」



そう声に出しながらボールを拾う1年生を、国巻DF陣は睨む余力すら残っていない。



完全に意気消沈している。




その後、国巻は同じ形で高橋にシュートされたが、これは幸運にもバーを弾いて追加点を防いだ。



それでも、国巻イレブンは全員が下を向いている。



「こんなのを相手に、優勝とか言ってた自分たちは・・・愚かだった。」そうとさえ感じていた。



高橋のシュートが外れた時点で前半終了。


しかし、美津田の下に集まる選手たちの足取りは重い。



「恐れていたことが、現実になった。」



美津田はこの大会に出たことで、取り返しが付かない状況に陥ってしまったと感じているが、すでに時遅しだ。







坂田は延々「嫌だ!嫌だ!嫌だ!嫌だ!」と口にしている。


その意味を誰も理解していない。

そしてそれと同時に、彼の中の何かがゆっくりと湧き上がっていることに、この時誰も気付いていなかった。

次話以降、この作品のタイトルの意味をやっと説明出来るでしょう。

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