第31話 アリとキリギリスと私
この作品においての悪役?ついに登場。
勝てなかったものの、立て直すことの出来た内容に、国巻メンバーは納得の表情である。
「ナイスラン!高井!!」3年生たちからの激励に「ありがとうございます!」とスピードスターは元気に答えると、花野江の応援席を見つめて足が止まる。
園崎は笑顔でマネージャーの若宮に駆け寄ると、先輩たちからの視線も気にせず言い放つ。
「若宮さん!見てくれましたか!!俺のデビュー戦!!!」
「うん。みた。」
「どうでしたか!?」
「えぇっと・・・ごめん。見ただけだった。」
「・・・。」
自身のアイドルからの優しさの欠片もないコメントに、15歳の少年はグウの音も出ない。
「い・・・言ってやりましたよ!貴女を泣かそうとするやつは許さないって!」
「泣く?なんで?」
「え?だってあの元カレ、点を取った時にあなたを見てちょっと笑ってたでしょ?」
「そうなの?知らなかった。」
「き・・・気付いてなかったんですか!?」
「いちいち元カレなんか気にしてらんないもん。」
「で・・・でも、会った時なんか複雑そうな顔してたし。」
「あぁ、あれね。だって、ショックだったもん。」
「やっぱりそうでしょ?敵同士での再会なんだから・・・」
「違うよ。」
「じゃ・・・なんであんなリアクション・・・」
「太ってたもん。」
「はい?」
「ちょっと太ってたの。付き合ってた時はもっと顔がシュってしてたよ。」
「だ・・・から?」
「真一の最高な所はね、腹筋なの。すんごかったよ!綺麗に6つに割れてて。でも、あんな丸くなってたから、もうお腹も変わっちゃったなって思って。」真一とは、元カレである香田の下の名前である。
「それだけ?」
「うん。」
「じゃあ『最高なのがカラダ』だっていうのも・・・」
「もちろん腹筋!」
自分が貫いた怒りと恋心の矛先が実はズレていたという事実に、園崎は情けなくなって肩を落としてしまう。
この間に、花野江大学付属高校VS本田橋高校の試合が開始された。
スタジアムにいる全員が注目している高橋秀則は、ベンチスタートだった。
「今の国巻高校で後半から出てた足の速い奴、覚えてないだろ?」
「何の話?」
中学時代から一緒にサッカーをしてる小野の質問に、天才高橋秀則は無表情で答えている。
「あれ、高井だよ。俺らと市二中で一緒にサッカーしてた奴。」
「え?あんな奴いたっけ?」
「覚えてないだろうな。一回も試合には出てないからよ。」
「それじゃ、無理だわ。」
「相変わらず、冷たいよな。お前。」
「冷たいとかじゃ無ぇだろ。そんな使えない奴いちいち覚える位なら、使える相手選手の名前覚えた方がメモリの有効活用じゃん。」
「いっつも言うメモリってさ、一体なんなんだよ。」
「脳ミソで覚えることなんて限界あるんだから、将来のためには無駄なこと覚えてちゃいけないっつーの。」
「やっぱり、将来の夢は変わらずか?」
「当たり前じゃん。」
「・・・言ってみろよ。」
「え?なんで?」
「前に聞いてるのと違ってたらツッコミ入れてやるから。」
高橋は軽くタメ息をつくと、ダルそうに話し出す。
「当たり前だけど、プロになる。」
「それは何回も聞いてるさ。その行程だよ。」
「前と変わらないさ。まず、高校生の間にオランダに行きたい。ヨーロッパの中で、オランダリーグは一番若手に柔軟だ。冬の国立に出てオランダリーグのスカウトに注目してもらって、2年契約が理想だよな。」
「そこ。」
「え?」
「なんでJリーグじゃないの?」
「だってJで活躍したら、海外移籍が面倒だもん。活躍したらすぐに長期契約強要されて、断ったら干されるだろうし。長期契約したらそれが壁になって移籍し辛いし。だったら今はドイツが流行りだから初めからドイツ行きもいいけど、ドイツは監督にクセんある奴多いから面倒くさい。」
ここまで淡々と言い切る高橋に、小野は呆れることも出来ない。未来へのビジョンが若干15歳でしっかりと出来ている同級生には、最早賛辞を送りたいほどだった。
「1年目で10得点すれば、オランダ国内のビッククラブとか、最悪でも中堅からオファー来るだろうし、その頃にはプレミアも興味を示してくれるだろうさ。あとはプレミアで働く就労ビザ頼んでくれるって言う監督のチームに行けばいい。長くても5年以内にプレミアいければいいな。」
恥じらいの欠片も無く、堂々と欧州リーグを自分の土台にしようと企む隣の天才に、小野は両手を上げて「もういい!」と言った。
「聞いてきたのはお前じゃん!」
逆にツッコミを入れた高橋をよそに、花野江は2点リードで前半を終了した。
後半開始から、監督に呼ばれて高橋はCFで出場する。
瞬く間に高橋は2得点2アシストをして花野江は6-0で試合を終了する。
「・・・凄すぎる。」データ収集専門のマネージャー南部は、美津田の隣で呆気に取られていた。高橋のクオリティの高さに、戦う前から成す術なしと言いたそうな表情である。美津田も呆れ顔だ。
「お前、手ぇ抜いただろ。」小野の言葉に高橋は「どこで?」と意地悪そうに答える。
「2点入れた後アシストしたけど、あれって得点も出来たじゃん。」
「可能性ならパス優先じゃん。」
「まぁな。でも、実際手ぇ抜いたんだろ?」
「・・・ちょっとな。」
「なんで?」
「うっさいもん!ここのギャラリー。観客席近いからギャーギャー耳に響くんだよ。」
「だからパスで盛り下げるっての?」
「どうせこの【本田屋】高校にハットトリックしたって、大したこと無いし。」
「【本田橋】だっつーの。」
「変わんねぇよ。屋でも橋でもザコはザコ。アリとかキリギリスだって。」
「アリ?キリギリス?」
「そう。冬に備えて一生懸命頑張ろうが、冬を考えないで遊ぼうが、俺にとっては変わらねぇ。昆虫レベルは相手じゃないさ。」
そこまで言うと、高橋は斉藤監督に呼ばれて国巻戦はスタメンだと宣告される。
「虫相手に先発とか、何の収穫も無いだろうに。」
「お前、その自信過剰どうにかならねぇの?」
「変えないよ!」
「なんで?」
「今の自分を『俺なんてまだまだですよ』とか謙遜したら、昨日までの頑張った自分に失礼じゃん!」
高橋の並外れたテクニックは、生まれながらのものだった。
しかし、元からの虚弱体質と持病の喘息が相まって、彼は小学校1年生の頃はグランドを1週しただけで息が切れて倒れこんでいた。継続的な治療と絶え間無いランニングによって、今ではチームの誰よりもスタミナがあると本人は豪語する。
花野江のサッカー部に入部して早々、高橋は逸話を作っている。
居残り練習でランニングをしていると、斉藤監督は激しく高橋を叱責した。斉藤は居残り練習を嫌い、散々注意したにもかかわらず、手元の天才は言うことを聞かなかったからだ。
この監督の逆鱗に触れた1年生は、この日を以って自転車通学を辞めた。花野江から7~8キロある自宅まで、走って帰ることを決めたからである。それは未だに続いてる。
単なる自惚れ屋でなく、高橋秀則は努力家の天才と、小野は認めていた。
間髪入れずに花野江戦に入ろうとする国巻チームの中で、高井はしょっちゅう花野江側応援席を見つめている。
少し前から気付いていた美津田が
「知り合いでもいるのか?」
と訊ねると、困惑気味に
「はい。」と返事が返ってくる。
「誰だ?」
「当時の監督です。」
「いつの?」
「中学時代の。」
「市井第二中の?」
「はい。」
「・・・3年間お前を【一度も】試合に出さなかった監督か?」
「はい。」
美津田の表情が急に強張った。
「・・・高井。」
「なんです?」
「プランを変えた!」
「え?」
「お前をスタメンで出す!」
「え!?」
「得点でもいい!アシストでもいい!決めたらその監督を睨んでやれ!お前を出さなかったことを後悔するほどに!」
「え?花野江戦ですよ!キツイでしょ?」
「お前のスピードは、花野江には通じない程度のもんか?」
そう問われた高井は少し考えてから「・・・たぶん違うと思います。」と言ったが、自信は無い。
「通じるさ。だからお前をスタメンで出す!走りきって来い!!」
「わ・・・かりました。」
珍しく熱意を込めて話す美津田に圧倒され、かつて万年控えだった不遇のスピードスターは、アップを早めた。
このあと、どんな残酷な試合が待っているかを、彼も美津田もまだ気付かずに。




