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レインキス  作者: 七瀬 夏葵
第五章「思いの果て」
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Act.73「雨の絆」

※病気・医療・不妊治療・ドナー等に関する描写は現実と異なる場合がございます。

恐れ入りますが、予めご了承の上お読み頂けますよう宜しくお願い致します。

屋敷を出た俺は、沙織のいる病院へと向かった。

もう通い慣れた病室までの道のり。この廊下も、随分見慣れた。

見慣れたドアの前でコンコンとノックすると、耳慣れた「どうぞ」という声が返って来た。

ドアを開けると、沙織の笑顔が迎えてくれた。


「沙織、具合、どうだ?」


「ん、大丈夫。今日は大分いいから」


彼女が横たわるベッドに歩み寄り、傍らに置かれた椅子に腰かけて彼女を見た。


「渡米の準備、終わった?」


「準備って言っても、荷物は元々、ここに持って来てる分しかないから」


「そっか・・・・・」


短く頷き、俺はじっと沙織の目を見つめた。


「なあ沙織、俺、ちょっと渡したいもんがあるんだけど」


「渡したいもの?」


首を傾げる沙織を前に、俺はポケットを探り、それを取り出した。


「手、出して」


「こう?」


素直に差し出された手の上にそれを落とした。


「――――えっ!?お兄ちゃん、これ・・・・」


それは、ずっと引き出しの奥に眠っていた、あの鍵だった。


「返す。お前のだからな」


俺の言葉に、彼女の顔がみるみる内に曇った。


「・・・・・ごめん。ずっと、持っててくれたんだね」


うつむく彼女の頭をくしゃりと撫でた。


「ばぁか。ンな顔すんな。約束しただろ。一緒に笑って生きるって」


「・・・・ん、ごめん」


「まぁた謝ってる。謝るなっつたろ。そんな子にはお仕置き決定」


言うなり、唇を塞いだ。


「・・・・んっ・・・んんっ・・・・!」


熱い吐息が漏れる彼女の口内を悪戯にかき回しながら、そっとポケットからもう一つ隠していたものを出し、それをスッと彼女の指に嵌めた。


「・・・・・えっ?」


唇を解放された彼女は、自分の指を見て目を見開いた。

そこには、キラリと輝くダイヤの指輪があった。


「婚約指輪。言ったろ。お前のだって」


あの日、送られて来たまま捨てられなかったその指輪が、今、再び彼女の指にある。

その光景が嬉しくて、俺は思わず目を細めた。


「・・・・お兄ちゃん・・・・」


目をうるませた彼女に、もう一度優しく口付けた。


「・・・・愛してる。今度こそ本当の、奥さんになって欲しい」


彼女は口元に手を当て、その目から大粒の滴を溢れさせながら頷く。

その細い身体を優しく抱きよせ、耳元にそっと囁いた。


「・・・・愛してる。ずっと一緒にいよう」


もう二度と離さない。そう誓いながら、再び唇を重ねた。



――――翌日。

俺達は、病院の屋上でささやかな結婚式をあげる事になった。

言いだしたのは千歳だ。沙織の身体の事もあって大きな式は無理だが、それでもドレスを着て指輪を交換するくらいなら出来るだろう、と。

俺達に内緒で病院に相談し、ドレスや花束まで手配してくれたのだ。


『わたくしのせいでお二人の時間をたくさん奪ってしまったんですもの。これくらい、させて下さいな』


そう言って、とびきり美しく微笑んだ。


あの後、千歳はリハビリを担当していた主治医からプロポーズを受け、電撃婚約した。

彼女の嘘に協力し続けたのは、三城院の娘だったからではなく、他ならぬ千歳だったからなのだと告白されたらしい。

千歳がずっと望んでいた、家柄や血筋でない、彼女自身を見てくれる存在は、実はずっと近くにいたのだ。それを知った時、俺は何だか、自分の事のように嬉しかった。


『千歳、幸せになれよ』


『ええ。勿論ですわ。わたくし達、一さんと沙織さんに負けないくらい、素敵な夫婦になってみせますからね』


そう言って、幸せそうに笑った。


最初は数人の友人や担当の医師や看護師のみの出席予定だった式は、いつの間にか他の医師や看護師、患者達も駆けつけ、たくさんの参列者に囲まれたものとなった。


「新郎新婦は誓いのキスを」


神父役の山田さんが嬉しそうに言った。


「山田さん、顔、ニヤけてますよ。もっと神父らしくして下さい」


「何を言うか!俺くらい神父らしい男もいないだろ?」


そう言って胸をはられ、「早くしろ」と促された。

仕方ないなと小さく溜め息を吐き、俺は再びドレス姿の沙織に向き直った。

そのベールをあげた時、晴れ空からパラパラと滴が降り出した。

それは陽に照らされ、キラキラ輝いて見えた。


「キレイ・・・・」


顔をあげて微笑んだ沙織に、俺はため息交じりに笑って言った。


「まったく・・・・。お前とは本当、雨ばっかだな。知ってるか?こういうの、“きつねの嫁いり”って言うんだぞ」


「あはは。それじゃあたし、きつねさん?」


悪戯っぽく微笑んだ彼女に、優しくキスした。

瞬間、わぁっと歓声が沸いた。


どこまでも雨で彩られた、俺達らしい結婚式だな。

そんな事を思いながら、俺は再び、キスの雨を降らせたのだった。

<作者より一言>

第一話からここまでずっと読んで来て下さってる読者の皆様、本当にいつも有難うございます!!

次回はいよいよラストエピソード☆

愛故に悩み、苦しみ、悲しみ、それでも懸命に生き来たイチ、沙織、千歳。

それぞれの思いの果てはいかに?

次回【レインキス】エピローグ

お楽しみに☆

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