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レインキス  作者: 七瀬 夏葵
第五章「思いの果て」
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Act.56「枷たる書」

彼女の部屋に“行けなく”なってから数日が過ぎた。

会えない事に不安を覚えながら、それでも俺は、何も出来ないままだった。

会う事はおろか、電話やメールさえ出来ない。

もし別れを切り出されたら?そう思うと怖くて、自分から彼女に連絡する事は躊躇われた。

渡されたままの合鍵を使う事も出来ないまま、気が付けば次の日曜の朝を迎えていた。

今行けば、きっと彼女は部屋にいるだろう。でも・・・・・。


どんな顔で会えばいい?

何も出来ず、ただ傷付けただけの俺が、一体どんな顔で会えって言うんだ。


自問自答していたその時だった。


Piririri・・・・!


鳴り出した携帯電話に、俺は慌ててそれを手に取り、ディスプレイを見た。


(誰だ、これ?)


表示されている登録外の番号の羅列に、俺は躊躇いながら通話ボタンを押した。


「・・・・はい、笹宮ですが」


『おはようございます。お休みのところ申し訳ございません。会長秘書の磯貝です』


どうして磯貝さんが?俺の携帯電話にかけてくるなんて、今までなかったのに。


「おはよう・・ございます。一体何の御用ですか?」


つい剣呑とした反応をしてしまった俺に、電話の向こうから申し訳なさそうな声が返って来た。


『すみません。実は会長が、どうしても笹宮さんに出て来て欲しいと』


「は?俺にですか?一体また何で?仕事の事なら、明日以降伺わせて頂きますが」


すると彼女は、躊躇うように言葉を続けた。


『・・・・ええ。あの、それが・・・・』


彼女にしては珍しい言葉の濁し方に、俺は途端に何か嫌な予感がした。

まさか・・・・・・。


「磯貝さん、何をそんなに躊躇ってるんですか?いっそはっきり言ったらどうです」


すると彼女は、すぅと受話器の向こう側で息を吸い込んだかと思うと、今度はいつもの彼女らしくない冷たさを帯びた声でこう言った。


『・・・・では遠慮なく。会長は貴方に、見合いをしろと申し上げております』


「はっ!?見合い!?何を馬鹿な!!そんなの、契約違反もいいところでしょう!?」


突っぱねようとした俺に、彼女はなおも畳み掛けるように続けた。


『契約には反しません。公正証書をよくご覧になって下さい。杉崎加代子さん亡き後、次の結婚については不問としていますから』


その言葉に、俺は部屋の隅に置いた書類ケースの中をバサバサと漁り、中から一枚の書類を取り出した。一年前の“あの時”の後日、会社の利権譲渡約束を含めた内容を盛り込み、弁護士立会の元であらためて作成された“公正証書”だ。

“あの時”に司法書士の立会で作成した最初の書類は、単なる個人同士の誓書に過ぎなかった。しかし、こちらは違う。法的な効力を持つ、対会社との正式な公的書類なのだ。

その中身を隅から隅まで見渡すと、確かにそんな記述があった。

そうだ。確かにあの時俺は、その項について確認した。だけど、カヨがいなくなった後の事なんかどうでも良かった。だからこそ、それに異議を唱える事などしなかった。

それがまさか、こんな形で枷になるとは・・・・。

今の今まで忘れていた焦りを隠し、俺は冷静に言い放った。


「・・・・たしかに、証書には有りますね、そんな記述。でも、だからって俺があの男の命令どおり見合いする謂われはない筈です」


その反論に、電話の向こうの彼女はなおも冷静に返した。


『笹宮さん、いえ、(はじめ)様。貴方は我が社の後継としてのご自覚はおありですか?証書がある以上、貴方にはどうあっても会社を継いで頂かねばならないんですよ?』


冷たさを増したその声に、思わず気圧されそうになる。だが、ここで負ける訳にはいかない。


「自覚はありますよ。だからこそ、既に譲渡された会社の運営は問題なくこなしている筈です。利益だってあげているでしょう?」


カヨが生きていたあの頃もそうだが、沙織が入院した時だって、本当はずっといてやりたいのを我慢して、通常の会社業務と子会社の運営業務の両立をして来たのだ。今更文句を言われる筋合いなどない。


『それとこれは別です。今日のお見合いのお相手となられる方は、我が社の最大手取引相手の御令嬢。貴方が断れば、我が社は先方に恥をかかせたと怒りを買う事になるんですよ?』


その意味の示すところは一つしかない。つまりは俺に、会社の為に見合いを受けろと、そう言っているのだ。

思わず溜め息が出た。もう断るという選択肢を許される状況ではないらしい。今日が見合い当日というからには、これはもう確信犯だろう。明らかに俺が断れない状況を作ってから言って来ているのだ。


「・・・・分かりました。いいでしょう、行きますよ。それで、時間と場所は?」



―――――こうして俺は、望んでもいない見合いをする事になった。

それがあんな事になるなんて、その時の俺はまだ、知る由も無かった。

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