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レインキス  作者: 七瀬 夏葵
第五章「思いの果て」

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56/75

Act.55「初雪」

高松医師の話を聞いた後、俺は彼女の病室へと向かった。

ドアの前で少しだけ躊躇う。


――――― しっかり、しないと。


気持ちを奮い立たせ、俺はドアを開け、中へと足を踏み出した。


「沙織、具合、どうだ?」


白いベッドの上、彼女は点滴を受けながら、苦しそうに顔を歪ませていた。


「・・・・ん・・・、大丈夫、さっきより、大分・・良い・・」


弱々しい声で答える彼女の姿に、俺は、ギュッと心臓を握りつぶされるような痛みを覚える。こんな光景を見るのは、やはり、辛い―――。


「・・・・沙織、辛いとこ、ごめんな。ちょっと話あるんだ」


「はな・・し・・?なぁに、おにい・・ちゃん・・・」


寝ている彼女に近寄り、その目をじっと見つめた。

彼女は額に脂汗を浮かべながら、それでもじっと俺の目を見つめ返した。


「・・・・子供の・・事なんだけど・・・」


躊躇いがちに口にした俺に、彼女の瞳が揺れた。

俺が何を言うつもりなのか、分かっているかのように。


「・・・・沙織・・・、残念だけど、今回は・・・あきらめよう・・・」


俺の言葉に、彼女はふぅと小さく溜め息を吐いた。


「・・・・わかってる。仕方、ないんだよね・・・」


うつむき、力なく言う彼女の手を握り、俺はゆっくりと口を開いた。


「・・・・沙織、頼む。分かってくれ。お前まで失ったら、俺は・・・・」


目の奥が熱くなり、声が震えた。“あの時”のカヨと沙織がダブって見えて、どうしようもないくらい、不安だった。


「・・・・頼む・・・・一人に・・しないでくれ・・・・」


彼女は弱々しいながらも俺の手を握り返し、もう一方の手で俺の頭を優しく撫でた。


「・・・・大丈夫。あたしは・・・大丈夫だから・・・・」



――――― 彼女が手術を受けたのは、その日の夜の事だった。


完全看護の病院で付き添いする事は許されず、麻酔から覚めない彼女を残したまま、俺は病室を後にした。


――――― 翌日。

退院して来た彼女は、俺に自分の部屋へ戻ってくれないかと言い出した。


「なあ沙織、俺と一緒に暮らすの、嫌になったのか?」


懇願するような問いかけに、彼女は静かに答えた。


「違うよ。ただ、しばらく一人になりたいだけ。お願いだから、今は、そっとしといてくれないかな」


その無機質な声に、遠い記憶が蘇った。

彼女が初めて俺の部屋に来た、あの、雨の日。

唐突に見せた、彼女のあの、無機質で、冷たい表情・・・・・・。


「沙織・・・・・・」


どうしていいか、分からない。

今彼女にこんな顔をさせているのは多分、俺だ・・・・。


結局俺は、荷物をまとめて部屋を後にした。

数か月ぶりに自分のマンションへ戻ったその時、外は酷く冷え込み、雪が降り出していた。

しんしんと降る、今年最初の雪を見ながら、俺は一人、彼女を想った。

あの木造の寒い部屋の中、彼女は今頃、一人泣いているのだろうか。

自分の無力さが嫌で、やりきれなかった。

守るどころか、俺は、彼女を傷付ける事しか出来なかった・・・・。


心まで凍てつきそうな、寒い、冬の日の事だった。

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