Act.50「別れ」
※病気・医療・ドナーに関する描写は現実と異なる場合がございます。
恐れ入りますが、予めご了承の上お読み頂けますよう宜しくお願い致します。
電話を切った俺はすぐに着替え、部屋の外へと飛び出した!
車に乗り込み、力の限りアクセルを踏む!!
ギュルン!キキキキキ!!
交通量の少ない深夜の道路を、目一杯スピードをあげて走り抜ける!
「カヨ!!」
病院に着いた瞬間、俺は乱暴に車の扉を閉め、力の限り走った!
早く!早く行かなければ!!
焦る気持ちばかりが先だっていた。
夜間外来の玄関に辿り着いた俺は、ぜぇぜぇと息を切らしながら、受付のインターホンのボタンを押した。
ポーン。
無機質な音が響き、やがてザザッという音と共に声が響いた。
『どうしました?』
「連絡受けて来ました!笹宮です!カヨは!杉崎加代子は!?」
ガチャリと音がして扉が開けられ、カヨの担当ナース、今井さんが顔を出した。
「笹宮さん!早くこちらへ!!」
いつもは走るなと怒る今井さんが、今日はバタバタと率先して院内を駆け抜けていく。
俺はスリッパの慌ただしい音を響かせながら、夜の静かな病院内をひた走った。
「早く!急がないと、もう・・・・」
案内された部屋で俺は消毒を受けてマスクを身につけ、急いで中に入った。
「カヨ!!」
周りを囲む医師と看護師を押しのけて駆け寄った。
白いベッドの上、酸素マスクを付けたカヨは、苦しそうな顔でこちらを見た。
「・・・・イ・・・チ・・・・」
弱々しい、声だった。
「カヨ!!」
「・・・・ごめん・・・ね・・・。桜・・見れそうも・・ない・・・・」
「何言ってんだよ!しっかりしろカヨ!頼むから!!」
手を握り、必死で呼びかける俺に、カヨは弱々しく微笑んだ。
「・・・・イチ、幸せ・・に・・・なっ・・て・・・・空で・・・見て・・る・・・・」
「やめろよ!約束しただろ!?なあ!!」
ガクリ―――――。
首がたれ、握っていた手が、落ちた。
「・・・・・カ・・・ヨ・・・・・?なあ、カヨ!!」
ピーっと耳障りな音が響いた。
「・・・・・・カヨ?カヨ!?」
「どいて下さい!!」
すがりつくように肩をゆする俺を、医師が無理矢理引きはがした。
医師が何かをわめき、看護師がバタバタと動く。
「――――――っ!?」
カヨの身体が跳ね、医師がなおもわめいた。
―――――なんだよ、コレ・・・・。
視界が揺れる中、俺は必死で前へ踏み出した。
「カヨッ!!カヨぉぉおおおお!!」
今井さんが俺の腕を掴んだ。
「笹宮さん!ダメです、今は――――」
「離せっ!!カヨ!カヨぉぉおお!!」
直後、喧騒が消え、ピーーッと耳障りな音が響いた。
――――・・・・・です。
呟くように、医師が言った。
その言葉に、俺は耳を疑った。
「う・・・そ・・・だろ?・・・・なあ、カヨ・・・・」
ふらふらと傍らに行き、しゃがみこんだ。
「・・・・カ・・・・ヨ・・・・、嘘・・・だよな・・・・お前が・・・そんな・・・・」
頬に、触れた。
「ほら先生!あったかいんですよ?ねえ!カヨは・・・・・・」
言葉にならない俺に、医師は静かに首を振った。
「う・・・・あ・・・・そ・・・・そん・・・な・・・・うそ・・だ・・・・なあ、カヨ?」
手を握った。温かかった。
「・・・・カヨ、なあ、起きろよ、お前がいいって言ってた式場、今日、下見して来たんだぞ?ドレスも、お前が好きそうなの、いっぱいあって・・・・」
ぴくりとも、動かない。
「・・・・なあ、カヨ、起きろよ、目ぇ、開けろよ・・・・カヨ、なあ!!」
すがりつくいたその時、ふいに肩を掴まれた。
振り向くと、そこに今井さんが立っていた。
「・・・・笹宮さん、もう・・・終わったんです。休ませて・・・あげて下さい」
向けられたまっすぐな瞳に浮かんだ、深い、悲しみの色――――。
「・・・う・・・あ・・・・」
瞬間、俺はその場に崩れ落ち、ひざをついていた。
「あ・・・・あ・・・・あぁああああああ!!!!」
視界を、闇が覆った。
2009年4月28日午前3時42分。
カヨは、死んだ――――。