Act.51「遺言」
※病気・医療・ドナーに関する描写は現実と異なる場合がございます。
恐れ入りますが、予めご了承の上お読み頂けますよう宜しくお願い致します。
通夜の日は綺麗な満月だった。
身内のいないカヨの為の喪主は、カヨが育ったと云う施設の施設長がやって来て務める事となった。
子会社が経営するセレモニーホールはけっこうな規模だったが、それでも不足なほど多くの人が足を運んで来ていた。
同期、先輩、後輩、上司、他部署の社員に取引先の社員、おまけに守衛まで、会社でカヨと関わりがあっただろう人々はほとんど残らず集まって来ているようだった。
それだけじゃない。友人、知人、近所の人に、病院の医師や看護師、患者やその家族までもが、カヨの為に足を運んでいた。
月光の下、集まった人々は皆一様にカヨの死を悼み、心から悲しんでいるように見えた。
――――人の真価は死んだ後にこそ分かる物だ。
昔、誰かが言っていたその言葉の意味を、今この時になって思い知る。
カヨとよく仕事で口論を交わしていた「女のくせに」「これだから女は」が口癖の嫌味な上司でさえ、カヨの遺影を前に「俺はこれから先、君以外の誰とやりあえって言うんだ!?」とボロボロと涙を零していた。
誰もがカヨを心から愛し、その死を悼んでいる。それが如実に解る通夜であった。
翌日。同じ会場で行われた葬式は、前夜より更に沢山の人で溢れ返っていた。
カヨが育った施設の仲間達や大学の友達をはじめ、カヨを慕う親しい友人達が、続々と遠方から駆けつけ始めたのだ。
皆一様にカヨの死を悼み、会場はけしてパフォーマンスではない、心から慕う者を失った悲しみに満ちた涙で溢れ返っていた。
そんな中、俺はまるで覚めない夢の中にいるようで、ぼんやりとその光景を見ているだけだった。焼香が終わり、棺に花が詰められ、焼却炉に入れられて骨となっても、俺は涙一つ零す事なく、ただぼんやりとそこに居続けた。目の前の全てが、まるで何かフィルターを通しているかのように遠く見えた。
今目の前で起こっているのは、本当に現実なのか?そんな疑問が頭に浮かび、離れなかった。まるで質の悪い悪夢だ。カヨが死んで、骨になってるなんて――――。
葬式が終わり、俺はカヨの骨壺を持って二人の部屋へと帰って来た。
春の温かい陽射しが差し込む中、俺はその小さな壺を抱いてぼんやりと思った。
・・・・カヨは、本当にもういないんだろうか。
幾つもの思い出が浮かんで消えた。二人で過ごした日々。仕事してるカヨの真剣な表情、喧嘩した時の拗ねた顔、泣き顔、それから、あの、向日葵みたいな、笑顔・・・・。
『――――――イチ』
カヨの寂しそうな顔が、浮かんで、消えた。
「・・・・・カヨ・・・・」
よろよろと、歩き出す。台所まで行き、冷蔵庫に入っていた500mlの缶ビールを取り出して部屋へと戻る。そのまま、ふらふらと薬類をしまっておいた引き出しまで歩いて行き、中から買い置きの風邪薬の瓶と箱を取り出す。
それらを部屋の中央に置いていた小さなテーブルの上に置き、缶ビールを開けた。
そのまま薬瓶の蓋を開け、ザラザラと手に載るだけぶちまけて口に放り込む。
それをビールで飲み下し、また薬を口に入れてビールを飲む。それを瓶がすっかり空になるまで繰り返した後、今度は箱入りの風邪薬のカプセルを次々に取り出しては口に放り込み、またビールで飲み下した。
そうして目の前の薬がすっかりなくなってしまった頃、次第に目の前がグラグラと揺れ始めた。身体を起こしていられず、俺は小さく呻き声をあげながら、そのままそこに倒れ込んだ。床の冷たさが心地良い。視界はグラグラと揺れ、身体は沸騰してるみたいに熱かった。
「カヨ、今、行くから・・・・・・」
そうして、俺の意識は、途切れた――――。
気が付くと、真っ白な天井が目に入った。
「イチ!気が付いたか!?」
聞き覚えのある声がして、見るとそこに山田さんが立っていた。
「・・・・山田・・さん・・・・?」
ふぅ、と小さく安堵のような溜め息を吐き、山田さんは心配そうな顔で静かに口を開いた。
「気分はどうだ?吐き気や頭痛は?」
「・・・・気持ち悪い・・・・」
頭がグラグラして、胃の辺りがキリキリ痛んで、酷い吐き気がする。
ふと山田さんを見ると、さっきまでの心配そうな顔から一転、物凄い怒りの形相を浮かべていた。
「当たり前だ!!この馬鹿っ!!あと少し俺が行くのが遅かったらお前、死んでたんだぞ!?」
大声が頭に響く。どうやら本気で怒っているらしい山田さんに、俺はおずおずと尋ねた。
「・・・・あの、俺、一体、どうして・・・・」
「覚えてないのか!?お前、自分で風邪薬大量に飲んで死にかけたんだぞっ!?」
大きく溜め息を吐き、冷たい声で言い放つ山田さんを前に、俺は思わず混乱した。
「えっ!?俺が?そんな・・・・」
まだぼんやりする頭で、必死に記憶を手繰ってみる。
「・・・・・・あ・・・・」
思い出した。そうだ。俺は確か、部屋で・・・・。
「思い出したか?まったく・・・・」
大きな溜め息を吐き、山田さんはくしゃりと俺の頭を撫でた。
「なぁイチ、お前が辛いのは良く解る。お前にとってアイツが、どれだけ特別な存在だったのか、俺だって少しは分かってるつもりだ。だけど、だけどな・・・・」
言葉を切り、山田さんはもう一度大きく息を吐いた。
「・・・・お前まで、死んでくれるなよ。俺はもう、友達が死ぬとこは・・・見たく・・ねぇ・・・・。頼むよ、イチ・・・・」
目尻を滲ませ、消え入りそうな声で言う山田さんに、俺はギュッと心臓を掴まれたような気持ちになった。
「・・・・・・山田さん・・・・」
まっすぐ俺の目を見つめ、山田さんはゆっくり言葉を紡ぎ出す。
「・・・・なぁイチ、頼むよ。俺だけじゃねぇ。カヨだって、お前には生きて欲しいって思ってる筈だ。アイツは、そういうやつだ・・・・。違うか?」
静かに響く山田さんの声に、俺は何も言葉が出なかった。
「・・・・・・生きろイチ。アイツの為にも。お前は、生きて、幸せになれ・・・・」
その言葉を聞いた瞬間、俺の中にカヨの最期が鮮明に蘇った。
『・・・・イチ、幸せ・・に・・・なっ・・て・・・・空で・・・見て・・る・・・・』
笑顔が、滲んで、消えた。
「・・・・・・あ・・・・あぁぁあああああ!!!!」
――――この日俺は、カヨが死んだあの時以来、初めて、泣いた。
2009年5月3日。カヨが死んで、5日後の事だった。




