Act.36「未知の扉へ」
カツカツとヒールの音が響く。
俺は彼女の先導に従い、本社ビルの中を歩いていた。
「あの、磯貝さん」
「はい、なんでしょう?」
振り向いた彼女に、俺はおずおずと尋ねた。
「どうして俺を?その、プロジェクトの事で何かあったんでしょうか?」
彼女は申し訳なさそうに答えた。
「申し訳ございません。私も詳しいお話は伺っていないのです。ただ、お連れするように、とだけ仰せつかったものですから」
「そう、なんですか・・・・」
不安を解消出来ずにうつむいた俺に、彼女はにっこり笑って言った。
「でも、恐らくその案件について、という可能性は低いかと存じます。会長の口からそのようなお話はうかがった事がございませんから」
「そうなんですか!?良かった・・・・」
「ええ。ですからそんなに緊張なさらず、落ち着いていらして下さい」
彼女の言葉に、俺は幾分胸が軽くなり、ぎこちなくはあるが、笑みを浮かべて頷いた。
「では参りましょうか」
俺達は再び歩き出し、やがてエレベーターホール奥にある役員用エレベーターの前へとやって来た。
磯貝さんはエレベーターの前に設置された機械に胸から下げたIDカードをかざした。
するとピピッと電子音が響き、閉まっていたエレベーターの扉が開いた。
「さ、どうぞ」
磯貝さんに促されてエレベーターの中に入ると、続いて彼女も中に入って来た。
彼女は、エレベーターを閉めると、中に設置された機械にふたたびIDカードをかざし、ピピッという電子音を確認してから、階数を示す【15】のボタンを押した。
ウィィンとエレベーター独特の機械音が鳴り、エレベーターが動き出す。
「大丈夫ですよ、そんなに緊張なさらないで」
にっこりと笑いかけられ、俺は自分の顔が強張っていたのに気付いた。
「・・・・あ、すいません。役員用エレベーターなんて、乗ったの初めてなもので」
「ふふ。そうなんですね。でも、こうして乗っていると普通のエレベーターと変わりませんでしょう?」
「ええまあ。セキュリティがしっかりしてるのは、やっぱり他のエレベーターとは違うんだなと思いますけど」
「そうですね。会長室のフロアは普段そんなに人はいませんから、もし悪い泥棒さんにでも入られたら、私なんかあっさりやられちゃいますもの。これくらいセキュリティがしっかりしていて良かったですわ」
ふふ、と柔らかく笑う彼女に、俺は釣られて笑みが零れた。
「磯貝さんのように素敵な女性なら、泥棒でも虜になっちゃいそうですけど」
「まあ嬉しい。ふふ・・・・」
談笑を交わしていると、チンッという音と共にエレベーターが開いた。
「さ、どうぞ」
促され、俺はエレベーターの外へと出た。
続いて磯貝さんがエレベーターから出て来て前を歩きだした。
「こちらです」
カツカツとヒールの音が響く中、俺達は廊下を進み、ちょうど中ほどのところにある扉の前で彼女が足を止めた。
扉の横に設置されたインターホンの受話器をとり、彼女は口を開いた。
「会長、笹宮さんをお連れしました」
ガチャッと金属音が響いた後、彼女は受話器を置き、ドアノブへと手をかけた。
「どうぞ中へ」
俺は緊張を隠せないまま、会長室の中へと足を踏み入れた。