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レインキス  作者: 七瀬 夏葵
第一章「始まりの雨」
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Act.1「始まりの雨」

あの頃の俺は、まだまだ青くて、人生の機微なんてものを楽しむ余裕もなく、ただ忙しく毎日を過ごすだけで精一杯だった。


表向き社交家で、誰とでも笑い合えるように振る舞ってる俺だけど、本当は毎日が辛くて苦しくて、どうしようもないくらい孤独だった。

あいつと会ったのは、そんな時期だった。



めんどくさい会社の行事。

独身寮の役員が集まるレクリエーションで、今日は市の体育館へ集合をかけられていた。

内心めんどくさいと思いつつも、そんなことちらりとも窺わせず、ニコニコといつものように参加を快諾した自分がちょっとうらめしかった。

何しろ今日は朝から鬱陶しい雨が降り続いている。


(話には聞いてたけど、こんなに鬱陶しいとはね)


じめじめとまとわりつく湿気に、降り続く雨。

おまけにこの時期じゃ考えられなかったこの暑さ。

ああ、こればっかりは地元が良かったと思わざるを得ない。

それでも選んだのは自分だ。

この気持ち悪さを差し引いても、こっちへ出て来た甲斐はいくらでもあったのだから。

この鬱陶しい湿気もめんどくさい付き合いも、あの田舎で腐ってく事を思えば、遥かにましに思えるのだった。

俺はもう田舎くさい田舎者じゃない。

それが俺の誇りだった。



「ちょっと遅くなっちゃったな」


仕事がなかなか片付かなかったせいで、着いた時には開始時間を10分ほど過ぎていた。

まあ、連中の事だからこのくらいは許容範囲だろうけど。


取り敢えず申し訳なさそうな顔を作ってから会場に入ろうとしたその時、ふっと一人の女が目に入った。

そいつは、体育館横に植えられた樹木の傍らで、濡れる事も構わない様子で空を見上げていた。


長いポニーテールの黒髪。

けして細くない身体なのに、Tシャツの袖から伸びた白い腕のせいなのか、触れたら消えてしまいそうな儚さを感じさせられた。


よく見れば、何処かで見た事があるような・・・・。

記憶を探るとある事に思い当たり、俺は笑いそうになりながら声をかけてみた。


「あの、技術開発部の樹本きもとさんですよね?」


いきなり声を掛けられて、女は相当に驚いたようだった。


「は?そ、そうですけど……」


あなたは?


と問いかけるような怪訝な顔をしている。

俺は可笑しさをこらえて答える。


「失礼。毎朝凄い勢いで走っていくのを見てたもので」


部署は違うが、ごく近い職場である事を伝えた途端、女は恥ずかしそうに顔を赤らめた。


「嫌だなぁ。あんなとこ見られてたなんて恥ずかしい」


しきりに恥ずかしがるその姿は、妙に可愛く見えた。


「あはは。まあ、渋滞してる車から見たら、貴方の自転車の方がよっぽど速いですから」


彼女の自転車の速さは、会社の寮生の間でも有名だったので、俺にも名前が伝わってきていたというわけだ。


それを知ってますます顔を赤くするこの子を見てるのは面白いけど、あんまりからかうのも可哀想だな。

そう思った俺は笑いを抑え、変わりに微笑みを浮かべた。


「紹介が遅くなりました。私は笹宮ささみや はじめ。確か貴方とは同郷ですよ。よろしく」


すると彼女は、さっきまでの恥じらいが嘘のように豪快に笑い出した。


「なぁんだ。あんたもあそこの出身なわけ?かしこまった言葉使いしてるから何処の人かと思ったけど」


(これがあの儚ささえ感じさせた女と同一人物なのか!?)


バンバン肩を叩きながら大笑いする様は、まるっきりさっきまでとは別人のようで、俺は若干不快感を覚えた。


「悪かったな。こっちじゃああやってんのが普通なんだよ」


思わずムッとしながら、女につられて口調を崩した。

すると女はくっくっと笑いをこらえながら。言った。


「ごめんごめん。笑い過ぎたわ」


手を差し出してきた。


「でも、これでおあいこだね」


あらためてよろしく。

と、差し出された手は、思いの外小さかった。


これが、あいつとの出会いだった。

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