Act.15「溢れる涙」
ダメだと思っても、止まらない。
俺の頬には、とめどなく滴が伝い、ボロボロと零れ落ちていた。
「イチ・・・・・・」
「すいません山田さん、俺・・・・・・」
スッとハンカチが差し出された。
「悪い。ちょっと急ぎ過ぎたな。お前にとってアイツがどれだけ特別だったか、よく解ってるつもりだったんだけど、ようやくお前が前に進めそうになってるって思ったら嬉しくて、ついな・・・・・」
「・・・・いえ、いいんです。アイツ以外のやつが気になってるのは、本当ですから」
「・・・・そう、か。じゃあ、その子とは今どんな感じなんだ?」
「いえ。まだ全然進展なくて。この間携帯電話プレゼントしたんですけど、まだ一回も電話かかってこなくて・・・・」
俺の言葉に、山田さんはかなり驚いた表情を浮かべた。
「携帯電話!?お前、その子にわざわざ携帯電話買ってやったのか?」
「いえ、新しく買ったわけじゃないんです。元々あった、あのペンギンのやつをあげただけで」
俺の答えに、山田さんは更に驚きを隠せない様子で声を荒げた。
「何だと!?だってお前、アレは・・・・」
山田さんが驚くのも無理はない。
だってアレは、カヨの形見なのだから。
「ええ。ずっと回線止められなくて、そのまま持ってたんですけどね。彼女、寮の自分の部屋にも電話がないって言うんで、俺から強引にアレを渡したんです」
山田さんはしばらく何かを考えるように黙り込んでいたが、やがて決意したように口を開いた。
「なあイチ、お前さ、自分で、気付いてないのかもしれないけど・・・・」
山田さんは真剣な目で俺を見つめて言葉を続けた。
「それってさ、もしかしてお前、その子の事、カヨの代わりにしようとしてないか?」
言われて、ドキンと心臓が跳ねた。
「そ、それは・・・・・・」
「なあイチ、その子がどんな子か、俺はまだわからん。でもな、お前、その子にカヨの電話を渡して、カヨともう一度繋がったような気がしてるんじゃないか?だから電話がかかって来なくて不安になってる。違うか?」
山田さんの言葉に、俺の心臓は早鐘を打ち、酒で熱くなった筈の身体は、妙に冷たく感じた。
俺は、彼女の事が心配で、あの電話を渡したつもりになってた。
だけど、本当のところは違うのかもしれない。
彼女を通して、カヨを見ていただけなのかもしれない。
自分が、解らなくなった。
「・・・・イチ!おい、どうしたイチ!?」
「・・・・あ、す、すいません山田さん、俺・・・・」
戸惑う俺に、山田さんは小さく溜め息を吐いて言った。
「なぁイチ、お前さ、少しゆっくり考えたらどうだ?カヨの事抜きで、その子の事、本当はどう思ってるのかさ」
「・・・・・・はい」
落ち込む俺の肩を、山田さんはポンと優しく叩いた。
「ま、そう落ち込むな。慌てないで、ゆっくり向き合えばいいさ、自分の気持ちと、な。そうすりゃ答えはいつか出るはずだから、な!」
「・・・・・・はい」
「大丈夫。お前は一人じゃない。迷った時は、俺に相談しろ。その子の事が本当に好きなら力になるし、もし違うなら、それはその時また考えればいい。俺はいつだって、お前の味方だから、な!」
「山田さん・・・・。ありがとう、ございます・・・・・・」
視界が滲んで、目の前の山田さんの顔はもう、よく解らなかった。
「ああもう、泣くなよイチ。ほら、とりあえず飲め。今日はもう、飲んで飲んで飲みまくれ。潰れるまで飲んで、寝ちまえ。後の面倒は俺が見てやる。考えるのはもう少し落ち着いてからでいいさ、な」
山田さんの優しい言葉に甘えるように、俺はその後、夜通し山田さんと飲み明かしたのだった。