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第6話 レーン戦

※試合中、Champion名には担当Roleをルビで補足しています。


【レーン戦】


試合序盤、それぞれの持ち場で相手と向き合い、有利を競う攻防のこと。ただし、自分の持ち場で勝ったからといって、試合に勝てるとは限らない。


*


 ARAKIと小学生4人が、ARCANAのプロ選手5人に挑む対抗戦。


 Ban(バン) & Pick(ピック)が終わったその頃……トイレから戻った男が、スクリーンを見上げながら足早に席へ戻ってきた。チームARAKIの一員として出場するUeda。その父親だった。

 少年サッカーのコーチを務める高知の隣へ腰を下ろし、声を落とす。


上田父「すみません。もう始まっちゃいました?」

高知「まだロード中です。間に合いましたよ」

上田父「よかった……。高知さん、このゲーム、分かります?」

高知「少しなら。お父さんは?」

上田父「私はさっぱり。息子がやっているのを、横から見たことがあるくらいで」

高知「今日は、じっくり見られますね」


 上田の父が笑うと、高知はスクリーンを指した。


高知「息子さんは、あの『Ueda』という名前で出ていますよ。大きな剣を持ったキャラクターです」

上田父「ああ、あれですか。名字、そのままですね」


 高知も笑った。その時、スクリーンが切り替わった。


高知「お、始まりますよ」


*


 2人が画面へ顔を向けると、両陣営の本拠地に、5体ずつのChampionが降り立った。


HARU「さあ、いよいよゲームが始まりました! NAGIさん、このゲームの勝利条件は、ズバリ何でしょうか?」

NAGI「相手の陣地、その最奥にある本拠地の核――Nexus(ネクサス)を壊すことです。ただ、そこへ続く道は、Tower(タワー)という塔に守られています」


 画面が戦場を見渡すように動く。本拠地へ続く道には、いくつもの塔が並んでいた。


NAGI「Towerは、近づいてきた敵を自動で攻撃する防衛拠点です。これを手前から壊して、進む道を開いていきます」

HARU「相手の選手だけでなく、この塔も突破しなければならないんですね!」


 Championたちが動き出した。

 上と中央のLaneへ1体ずつ。下のLaneへは2体が並び、残る1体は道の間に広がる森へ向かう。


HARU「両チーム、それぞれの持ち場へ散っていきます!」

NAGI「スポーツと同じように、担当するポジションがあるんです」


 Uedaの操る大剣の戦士、ガレム(Top)は上側のLane、Topを進んでいた。向かい側には、巨大な刃を持つワニの戦士がいる。


高知「息子さんの相手は、あのワニの戦士ですね」

上田父「なるほど」


 やがて、両陣営の本拠地から、小さな兵士たちが列をなして現れた。兵士たちも3本のLaneへ分かれ、敵陣へ向かって進んでいく。


HARU「続いて、小さな兵士たちが現れました!」

NAGI「Minion(ミニオン)といいます。自動で進み、戦ってくれる味方です。この兵士たちと協力して、相手の本拠地を目指します」


 カメラは上側のLane、Topへ。兵士たちを挟み、Uedaのガレム(Top)と、ワニの戦士・レネクト(Top)が向き合っていた。


HARU「さあ、兵士たちがぶつかり、レーン戦が始まりました!」

NAGI「それぞれの道で、相手と向き合いながら自分を育て、有利を競う序盤の攻防ですね」


 ガレム(Top)が、弱った兵士へ大剣を振り下ろした。

 兵士が倒れ、獲得したGoldの数字が浮かぶ。


HARU「ただ、互いを直接攻撃するより、Minionを狙っていますね?」

NAGI「敵のMinionを倒すと、Gold(ゴールド)、つまりお金を獲得できます。それで装備を買い、自分のChampionを強くするんです。経験値をためれば、レベルも上がります」

HARU「RPGと同じですね。レベルを上げ、装備を揃えて強くなる」


 ガレム(Top)が次の兵士へ近づくと、ワニの戦士・レネクト(Top)も位置を変えた。

 大剣の戦士は足を止め、相手との距離を取り直す。


NAGI「ただ、稼ぐことに夢中になると、相手に攻撃されてしまいます。Minionを倒すか、相手の体力を削るか。そこにも駆け引きがあります」


HARU「そうして相手より強くなり、防衛拠点を突破して、本拠地を壊す!」

NAGI「それが、このゲームの大きな流れです」


 上田の父は頷いた。

 画面の中では、大剣の戦士が兵士たちとともに戦っている。その向こうに立つ塔まで、道は続いていた。


 画面が下側のLane、Botへ移った。


 大盾を構えた大男は、ARAKIのブラウン(Support)。その隣で、takaのジンク(ADC)が銃を撃っている。青髪の少女だ。


 向かい合うのは、Zarkのルシオン(ADC)と、Lemonのスレイシュ(Support)。二挺拳銃を持つ男と、鎖を携えた亡霊が並び、小さな兵士たちを挟んで動いていた。


 Zarkが弱った兵士を狙うたび、takaが横から銃弾を撃ち込む。


 反撃しようとすれば、takaはすぐに距離を取った。Lemonが前へ出ても、ARAKIが大盾で進路を塞ぐ。


ARAKI「もう少し前、出られるぞ」

taka「うん」


 親子がさらに前へ出る。相手が下がると、takaは追わずに兵士を倒し、獲得したGoldの数字が浮かぶ。


HARU「Bot Lane、押しているのはARAKI・taka組です!」


 兵士を倒しに出れば撃たれ、下がれば目の前で兵士を失う。その繰り返しで、Zarkは少しずつ自陣の塔へ追い込まれていた。


NAGI「この親子は、普段から一緒に組んでいるChallengerの2人です。前へ出る時も、引く時も、動きが揃っていますね」


 Zarkは照準を動かしながら、口を開いた。


Zark「普通……に押されてないっすか、オレたち」

Lemon「分かってるよ」

Zark「いや、小学生っすよ!?」

Lemon「ランクに年齢は書いてないでしょ!」


 返しながらも、Lemonは大盾の向こうへ近づけずにいた。

 その後ろで、takaがまた1体、兵士を倒す。


*


 対抗戦の3日前。5人でARCANAの試合映像を見ていた時のことだった。


taka『Botは、おれたちなら普通に勝てると思うよ』


 画面を見たままのtakaに、Uedaが顔を向けた。


Ueda『ホント? 相手、プロだよ?』

taka『うん。ADCはおれの方が普通に上手いし、Supportもパパの方が上手い』


 ARAKIは息子を見た。

 takaは真面目な顔をしている。


ARAKI『……そんなことがあるのか?』

taka『この人、前はADCで出てるんだよ』


 takaが指したのは、Lemonの名前だった。


taka『Supportになったのは、前にいた人が移籍してから』

MORIMORI『じゃあ、本職じゃない可能性があるってこと?』

taka『うん。空いたところに入ったんだと思う』


 ARAKIは画面へ目を戻した。

 試合で何をしてくるかは見ていた。以前、どの役割を担っていた選手なのかまでは、調べていなかった。


ARAKI『よく見てるな』

taka『だって、おれたちの相手だし』


 そう答えると、monakaが笑った。


monaka『じゃあ、Botは任せていいんだな?』

taka『うん!』


*


 ジンク(ADC)の銃弾が、再びルシオン(ADC)を捉えた。


Lemon「Zark、帰ろう」

Zark「……まだ兵士、来てるっすよ」

Lemon「ここで倒されるよりはいいでしょ」


 2体は塔の後ろへ下がり、足を止めた。やがて、その姿がLaneから消える。


NAGI「Recall(リコール)ですね。本拠地へ帰還し、体力の回復や装備の購入ができます。ただ、Laneへ戻るまでには時間がかかります」


taka「パパ、これ全部押し込もう」

ARAKI「ああ」


 親子が敵の兵士を倒すと、味方の兵士たちが塔へ進んだ。迎え撃つ塔の攻撃に、1体、また1体と倒れていく。


NAGI「留守の間に塔が倒した兵士の分は、Zark選手のお金になりません。近くにいないので、経験値も受け取れないんです」

HARU「相手を倒さなくても、帰らせることで差をつけられるんですね!」


Zark「あー……もったいねえ」


 Laneへ戻る途中で、また兵士が塔の攻撃に消えた。

 LemonはMapへ目を移した。


Lemon(認めるよ。ARAKIさんも、takaくんも……ボクたちより上手い。でも、それだけじゃ、このゲームは勝てないよ)


*


 中央では、monakaのエニー(Mid)が塔の近くまで下がっていた。ぬいぐるみを片手に持つ、小柄な魔法使いだ。森を回るMORIMORIも、敵と出会えば進路を変える。


 それでも、Botで優勢なARAKIとtakaが周囲に気を配り、2人を支えていた。


ARAKI「ナカ、川の方に出るなよ」

monaka「了解。ここで待ってる」

taka「モリ、そっち行けるよ」

MORIMORI「助かる!」


NAGI「MidとJungleはARCANAが優勢です。ただ、チームARAKIも無理には戦わず、持ちこたえていますね」


 何度も兵士の列が入れ替わるうちに、Championたちのレベルも上がっていった。

 だが、Topでの苦しい攻防は変わらない。


 Uedaのガレム(Top)が、大剣を振り上げる。

 その一撃が兵士へ落ちる間に、Pikaのレネクト(Top)が間合いを詰めた。


 巨大な刃が振るわれる。

 Uedaも攻撃を返そうとしたが、ワニの戦士はもう離れていた。


Ueda「くっそ……」


 兵士を倒そうとするたび、体力が減る。

 相手を狙えば、届かない。


 Uedaはマウスを握り直した。兵士の体力と、相手の位置。その両方を見ているつもりなのに、どうしても一拍遅れる。


 その横の森を、重装の騎手が進んでいた。ZEROのセジャニ(Jungle)だ。


HARU「ここでZEROがTopへ向かいます!」


上田父「横から来てるぞ……? なぜ逃げないんだ!」


 だが、ガレム(Top)は兵士のそばを離れない。


NAGI「ここで重要な補足です。私たち観戦者には見えていますが、Ueda選手には、セジャニ(Jungle)の姿はまだ見えていません」

HARU「同じ画面を見ているわけではないんですね?」

NAGI「はい。観戦画面では両チームの動きが見えますが、選手が見られるのは、基本的に味方の周囲だけです。それ以外は霧に覆われ、そこにいる敵は見えません」


 Uedaの画面では、Laneの横に広がる森は暗いままだった。

 しかし、次の瞬間、セジャニ(Jungle)が姿を現した。


Ueda「来た、来た! 2人いる!」


 慌てて、自陣の塔へ向かってクリックする。

 セジャニ(Jungle)は、森の出口から帰り道を塞ぐように進んでいた。ガレム(Top)はそちらを避け、兵士の列を離れる。


 その背後で、レネクト(Top)が咆哮した。

 ワニの戦士の体が怒りの砂嵐に包まれ、巨体と化して大剣の戦士を追い始めた。


上田父「おい、後ろ!」

高知「逃げろ……!」


 大剣の戦士が走る。

 塔まで、あと少し。


 離れた場所から、セジャニ(Jungle)が氷の塊を投げ放ち――青白い軌跡が、ガレム(Top)を捉える。


 氷が全身を覆った。

 走っていた姿勢のまま、大剣の戦士が止まる。


Ueda「動けない……!」


HARU「必殺技を重ねて、逃がしません!」


 Uedaは塔の下をクリックし続けた。

 だが、氷が砕けた時には、砂嵐をまとった巨体がすぐ後ろにいた。


 巨大な刃が振り下ろされ、ガレム(Top)の体力が尽きた。


 画面に「FIRST BLOOD」の文字が浮かび、最初の死を告げる演出が現れる。


HARU「逃げ切れない! ARCANA、まずはUedaを倒しました!」


 客席から「ああー……」と声が漏れる。

 Uedaは動かなくなった自分のChampionを見つめた。


Ueda「……ごめん」

ARAKI「大丈夫だ。まだ負けたわけじゃない」


上田父「これ、もう終わりですか?」

高知「いえ、しばらくすると本拠地で復活します。まだ続けられますよ」


 上田の父が、小さく息を吐いた。


NAGI「見えない場所から近づいて、2対1を作る。今のような奇襲を、Gank(ガンク)と呼びます」


 ガレム(Top)が倒れている間も、兵士たちの戦いは続く。Pikaは残った兵士を倒し、塔へ送り込んでいった。


*


 復活してLaneへ戻ると、またZEROが来た。


Ueda「また!?」


 レネクト(Top)とセジャニ(Jungle)に挟まれ、2度目のデス。


ARAKI「ウエ、兵士は捨てていい。早めに下がれ」


 次は早めに下がった。

 だが、帰り道には、もうセジャニ(Jungle)がいた。

 挟み撃ちにされ、3度目。


 「惜しい」「逃げろ」と声を上げていた客席が、静かになっていた。

 客席には、プロが同じ小学生を何度も倒している光景だけが映っていた。


上田父「……また、うちの子か」


 高知は返事をしかけ、口を閉じた。

 選手席では、Uedaが画面を見たまま、唇を結んでいる。


 その横顔を見ていると、出場が決まった日の会話がよみがえった。


Ueda『ぼく、ゲームは上手くないけどさ。タカのパパの力になりたいんだ』

上田父『そうか。いつもキーパーを教えてもらってるもんな』

Ueda『うん。だから、今度はぼくが頑張る』


 そう言って笑った息子に、頑張ってこいと返したのだった。


 今、その口元に笑みはない。

 上田の父の手に、力が入った。


 ガレム(Top)が戻る前に、Topの塔が崩れた。


HARU「ARCANA、TopのTowerを破壊! さらにPika、ZEROが森へ入っていきます!」


 2体は、そのまま上の道を進まなかった。

 塔の脇から、チームARAKIの森へ向かう。


MORIMORI「こっちまで来た……!」


 MORIMORIが引き返す。

 先ほどまで回れていた自陣の森に、敵がいる。


 上田の父は、選手席からスクリーンへ目を戻した。


上田父「うちの子、そんなに下手なんですかね……」


 高知は、少し言葉を選んだ。


高知「息子さんはシルバーランクだと聞いています。上から数えて、全体の7割くらいの位置ですね」

上田父「7割……」

高知「荒木さんと貴之くんは、上位0.02%です。相手も、その最上位層と戦っているプロですから」


 上田の父は黙った。


高知「その相手が、2人で来るんです。息子さんには、相当厳しい勝負ですよ」


上田父(たかがゲームだ。つらい思いをしてまで、続けなくていい……でも、お前は力になりたくて、あそこに座ってるんだよな……)


 画面の中では、monakaのエニー(Mid)が中央を離れていた。


monaka「モリ、待って。そっち行く!」


 だが、その間にも中央の兵士は倒されていく。

 Shadowの操る機械少女・オリアネ(Mid)が、浮遊する球体を伴って前へ進んだ。向かう先には、守る選手のいなくなった塔がある。


HARU「今度は中央です! ShadowがTowerを攻撃しています!」


 monakaが戻る。

 すると、森に残されたMORIMORIが下がる。


 助けに動けば、別の場所が空く。

 空いた場所へ、ARCANAが入ってくる。


ARAKI「taka、中央へ行くぞ」

taka「……うん!」


 Botで前へ出ていた親子も、引き返した。

 その背後で、ZarkとLemonが兵士を押し返し始める。


 もう、下の道だけで勝っていればいい状況ではなかった。


NAGI「ARCANAは、差を作りやすいTopに戦力を集めました。そこで得た優位を森へ、中央へと広げ、親子をBotから動かしたんです」


 上田の父は、息子の顔を見た。


上田父(自分のせいだって、思ってないか。こんなに不利になってるのは、自分のせいだって……)


 その後も、5人はARAKIの指示で守る場所を変え、抵抗を続けた。

 takaが銃を撃ち、3人も必死に持ち場へ戻る。


 それでも、間に合わない。


 守りに着く前に、塔が折れる。

 敵を追い返した時には、別の道から兵士が来ている。


 Topから始まった崩れ、その連鎖はおさまらなかった。


*


 最後の塔が崩れた。


 ブラウン(Support)が大盾を構え、その後ろでジンク(ADC)が撃ち続ける。

 だが、ARCANAの選手たちは足を止めなかった。兵士とともに押し寄せ、本拠地の核であるNexusへ攻撃を重ねていく。


 Nexusの体力が尽きた。


HARU「第1試合、勝者はARCANA! まずは1本先取です!」


 決着を告げる画面へ切り替わる。

 Uedaは、マウスから手を離した。


 客席から、まばらな拍手が起こった。

 プロが、同じ小学生を何度も狙い撃ちして勝った。勝つための作戦だと説明されても、大人気ないと感じる気持ちまでは消えない。

 拍手はほどなく途切れた。上田の父は、手を膝に置いたままだった。


NAGI「チームARAKIは恐らく、ほかの場所で耐え、実力の突出したtaka選手を育てて勝つ狙いだったのでしょう」

HARU「実際、Botでは押していましたね」

NAGI「はい。ただ、その強さが勝利につながる前に、ARCANAがほかを崩し切りました」


 上田の父は、息子を見ていた。

 息子の隣でARAKIがヘッドセットを外し、子どもたちへ話しかける。


上田父(お前は今、何を思っている?)


 父親には、何を話しているのか聞こえなかった。

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