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第5話 Ban & Pick

【Ban(バン) & Pick(ピック)】


使用禁止にするキャラクターを指定し、試合で使うキャラクターを選ぶこと。

相手の得意を封じ、味方の組み合わせを整える。試合が始まる前から、駆け引きは始まっている。


*


 土曜日の昼間。東京都中野にある民間施設、LEVEL(レベル) STUDIO(スタジオ)。


 SOLの国内プロリーグが、試合開催日に借りている会場である。段差のある客席は200席ほど。正面のステージには大型スクリーンがあり、その下には、5人ずつが並んで座る選手ブースが向かい合っている。


 大型スクリーンには、今日の催しの名前が映し出されていた。


〈ARAKI選手 ARCANA加入記念〉

〈親子で楽しむSOL観戦体験会〉


 表向きは、招待された子どもと保護者たちだけを迎えた、完全非公開の記念戦。ARAKIのプロゲーマー転向を記念した、eスポーツ周知イベントということになっている。


 その客席に、これから試合へ出る小学生4人が並んで座っていた。


真中「やべえ。本当にここでやるんだ」

森川「画面で見たことある。あの席」

上田「……あそこに座るの、ぼくたち?」


taka「………」


 4人の視線が、正面の選手ブースへ集まる。


 小柄な真中(まなか)、がっしりした体つきの森川(もりかわ)、そして最も背が高く、細身の上田(うえだ)。


 ゲームの中では、真中が〈monaka(モナカ)〉、森川が〈MORIMORI(モリモリ)〉、上田が〈Ueda(ウエダ)〉。


 takaと同じ少年サッカーチームに所属する、特に仲のよい友人たちである。サッカーの練習が終わった後や休日には、SOLでも集まって遊んでいた。


 そこへ混じるようになったのが、当時、無職だったARAKIだ。息子の友達と一緒に、何度も遊んでいた。


 いつもの5人で、今日はプロと戦う。


Ueda「もっと、普通の部屋でやると思ってた」

MORIMORI「ぼくも」


monaka「タカのパパすげえ!」


 4人のそばに座っていた、少年サッカーチームのコーチ、高知(こうち)が笑った。


高知「せっかくの機会だ。楽しんでこいよ」

Ueda「緊張するわぁ〜」

高知「なんとかなるなる」

monaka「適当じゃん」


 3人が笑う。


 高知はUedaへ顔を向け、軽く笑みを浮かべた。


高知「ウエ、お前は特に頑張れよ。タカのパパに色々教えてもらってるだろ?」

Ueda「サッカーなら、そうだけどさあ……」


 Uedaは、少年サッカーではゴールキーパーを務めている。休日には、ARAKIからその技術を教わることもあった。


Ueda「そういえば、タカのパパは?」

taka「関係者に挨拶してくるって。後で選手席で合流だって」

monaka「やっぱあそこに座れるんだな。ワクワクするな〜」


 monakaが選手ブースを指さす。


 takaは頷いたが、視線は正面に向けたままだった。


高知「タカ。どうした?」

taka「……いや。みんな、来てくれてありがとう」

monaka「急にどうしたんだよ」

taka「コーチも。練習、休みにしてもらっちゃって」


 今日は、この4人が揃ってサッカーの練習を休むことになった。


 それならばと、高知はその日の練習自体を休みにし、希望する子どもたちと保護者を連れて、応援に来ていた。


高知「それはこっちで決めたことだから、気にしなくていい」

taka「でも、おれがパパの契約で、いろいろ言ったからさ」

Ueda「チームのリーダーにしてくれってやつ?」

高知「だが、試合に持ち込んだのはお父さんの判断だろう? お前が気に病む必要はないんじゃないか?」

taka「そうだけど。でも、おれが発端だからさあ……」


 この勝負でARAKIのチームが勝てば、彼がARCANAを率いることを、既存選手たちが認める。


 契約の細かな文言までは知らなくても、その概要は、3人も、それぞれの保護者も、高知も聞いていた。


 参加を頼みに来たのは、ARAKIだけではない。takaも父親と一緒に頭を下げ、友人たちと、その親たちへ協力を求めていた。


MORIMORI「ま、何はどうあれタカのパパの力にはなりてーし、頑張るよ」

monaka「タカのパパはやっぱキャプテンでいて欲しいよな!」


 Uedaは不安そうに選手席を見た。


Ueda「……自信ないけど、なんとかなるかな? ぼく、シルバーだよ」

taka「……なんとかする」

monaka「頼むぜ、ストライカー!」


 takaはmonakaを見た後、小さく決意する。


taka「……うん!」


 その後ろでは、試合に出ないサッカー仲間たちが、落ち着かない様子で客席を見回していた。


 SOLを遊んだことのある子もいれば、動画で見たことしかない子もいる。takaたちが何のゲームをするのか、まだよく分かっていない子もいた。


 保護者たちも、子どもに指さされたスクリーンを見上げたり、これから使う席を確かめたりしている。友達がプロの会場で何かをする。その晴れ姿を見に来た、発表会のような空気だった。


 楽しそうな声を背中に聞きながら、takaは正面へ向き直った。


 takaは握っていた手をほどき、膝の上へ置き直した。


 客席の一角で、FROGの帽子をかぶった少年が、会場をきょろきょろと見回していた。


少年「ねえ、FROGはどこ?」

友達「FROGって誰?」

少年「一番有名なプロ。動画、めっちゃ面白いんだよ」

友達「今日来るの?」

少年「……来ないの?」


 ちょうどその脇の通路を、選手席へ向かうARCANAの5人が歩いていた。


 少年は、揃いのユニフォームへ目を向けた。


少年「あ、タカのお父さんが入るチームだ」


 Zarkの口元が引きつった。子どもたちのそばを通り過ぎてから、声を落とす。


Zark「……オレたちの名前、誰も知らない感じっすか」

ZERO「FROGの動画だけ見ている子もいるでしょう」

Zark「いや、まあ、そうなんでしょうけど」


 Pikaが隣のLemonを見る。Lemonは小さく肩をすくめた。


Lemon「今日は覚えて帰ってもらおうよ」

Shadow「そうですね。まずは、試合で」


 Zarkは正面の選手席を見た。


Zark「……勝ちますよ。絶対」


 客席の最後列で、ARAKIの妻・明美は小さく息を吐いた。


 隣には、5歳の長女、陽菜(ひな)。父と兄の姿を探して、選手ブースへ首を伸ばしている。


 明美の膝の上では、2歳の次男、蒼太(そうた)がお気に入りのペンライトを握り、選手ブースを彩る青や紫の照明をじっと見つめていた。


 前方には、貴之と友人たち。その周りには、予定を合わせて来てくれた保護者や、応援の子どもたちがいる。


 夫が勝負へ戻ったことは嬉しい。息子も、友達と一緒に大きな舞台へ立つ。


 それにしても、ずいぶん大事になったものだ。


明美(こんな大事にしたんだから、必ず勝ってもらわないとね)


 まだ誰も座っていない選手席へ、明美は視線を向けた。


*


 実況解説席では、2人の男が手元の資料を確かめていた。


 片桐に伴われたARAKIと和田が近づくと、2人は席を立った。


片桐「今日ご協力くださる、実況解説のお二人です。あ、事情は説明済みですよ」

HARU「初めまして。実況を担当します、HARU(ハル)です。本日はよろしくお願いします」

NAGI「解説のNAGI(ナギ)です。よろしくお願いします」

ARAKI「荒木です。こちらこそ、よろしくお願いいたします」


 HARUは細身で、眼鏡の奥にある顔も縦に長い。短く整えた髪と広い額。シャツにベストを重ね、鮮やかなネクタイを締めている。


 一方のNAGIは、丸眼鏡に重めの前髪。暗い色の服装も相まって、隣の男よりずいぶん若く見えた。


ARAKI(骸骨の実況と童顔の解説か……)


 頭に浮かんだ言葉は、そのまま胸の内に収めた。


ARAKI「本日は、こちらの内輪揉めにお付き合いいただくことになり、申し訳ないです」


 ARAKIが頭を下げると、片桐が付け加えた。


片桐「お二人には、料金の方もかなり融通していただいています」

ARAKI「そこまでしていただいてるのですか……なぜ?」


 顔を上げたARAKIに、HARUが笑みを向ける。


HARU「まさか、荒木狂犬伝説を目の前で見られるとは思わなくてね……。新たな歴史の誕生に立ち会えるんですから、こちらこそ感謝ですよ!」


NAGI「何を言ってるんですか……」

HARU「NAGIさんも、久々に〈荒木狂犬集〉を見返したって言ってたじゃないですか」

NAGI「いや、それは……」

HARU「このオファーをもらったときも、私より早くOKを返してましたよね?」

NAGI「いや、違……。見返したのは事実ですけど、それと引き受けた理由は別ですからね」

和田「理由はともかく、感謝しきれませんな……。お二人とも、本日はよろしくお願いいたします」


 以前から顔を合わせている和田に、2人も改めて頭を下げる。


片桐「まあ、せっかく国民的英雄が面白いことをしてくれたのでね。それに乗じて、以前からの課題だった保護者層への試験企画……お二人は、そこに興味を示してくれたのですよ」


ARAKI(抜け目ないな、この髭野郎は……)


HARU「オンラインゲームに難色を示す割合が多い層ですからね。そこでどんな仕事ができるのか、試せる機会はそうありませんから」


NAGI「僕の言ったこと、パクってますよね、それ」


 ARAKIは2人のやり取りに笑みをこぼすと、改まった表情になった。


ARAKI「いずれにせよ、我々は全力で試合をします。今日来てくれたみんなが楽しんでくれるよう、お力添えください」

HARU「もちろんです」

NAGI「こちらこそ。楽しみにしています」


 ARAKIがもう一度頭を下げたところで、片桐が時計を確かめた。


片桐「では、そろそろ時間です。息子さんたちと合流しましょう」

ARAKI「はい。では、後ほど」


 2人に見送られ、ARAKIは選手ブースへ向かった。


 ARAKIが選手ブースへ着くと、4人は椅子の後ろに集まっていた。


taka「パパ」


 その声に、向かいのブースからZarkが顔を上げた。視線が子どもたちを順にたどり、ARAKIのところで止まる。


 ZEROも、Pikaもこちらを見ていた。誰も笑っていない。


 Uedaが、言いかけた言葉を飲み込んだ。


 ARAKIは向かいの視線を受け止めてから、4人へ顔を戻した。


ARAKI「待たせたな。準備は?」

MORIMORI「できてる」

Ueda「たぶん……」

monaka「そこは、できてるって言えよ」

taka「大丈夫かなあ……」


 ARAKIの口元が緩む。Zarkは表情を変えないまま、正面へ向き直った。


 会場に音楽が流れ、スクリーンがリーグのロゴと選手たちの映像へ切り替わる。客席の話し声が静まった。


HARU「皆さん、お待たせしました! ARAKI選手のARCANA加入記念、親子で楽しむSOL観戦体験会へようこそ!」


 先ほどまで隣で話していた男の声が、会場いっぱいに響く。


HARU「実況は私、HARU。解説はNAGIさんです」

NAGI「よろしくお願いします」

HARU「今日は、eスポーツを会場で観る楽しさを感じていただければと思います。いいプレイには拍手を、選手にはぜひ声援をお願いします!」

NAGI「初めて見る方にも、何が起きたのか、どこがすごかったのかをお伝えしていきます。気軽に楽しんでください」


 客席から拍手が起こった。


HARU「それでは、両チームの選手をご紹介しましょう!」


 スクリーンにARCANAのロゴが現れた。


 Pika、ZERO、Shadow、Zark、Lemon。HARUが名前を読み上げるたび、カメラがそれぞれの選手を映す。


HARU「対するは、チームARAKI! Ueda選手、MORIMORI選手、monaka選手!」


 画面に小学生たちの顔とPlayer IDが並んだ。


monaka「おお、俺だ」

MORIMORI「今、カメラ見ないと」

Ueda「どれ?」


 顔を上げたUedaがスクリーンに映り、客席の仲間たちが手を振る。monakaはすぐに手を振り返し、Uedaも胸の前で小さく手を上げた。


HARU「そして、taka選手、ARAKI選手! こちらの親子は、2人ともチャレンジャーです!」

NAGI「SOLのランクで、最も上の階級ですね」


 takaとARAKIが、客席へ一礼する。


HARU「試合は最大3戦。先に2勝したチームの勝利となります!」


 スタッフが準備を促すと、椅子を引きかけた4人をARAKIが手招きした。


ARAKI「その前に、集まれ」


 monakaが笑った。takaが父親の隣へ入り、MORIMORIとUedaも続く。


 机の後ろで、5人が輪になった。ARAKIが腰を屈めると、子どもたちの肩が寄る。


ARAKI「絶対に勝つぞ!」

4人「オーッ!」


 声が会場に響いた。


 向かいのブースで、Zarkがヘッドセットを持ったまま顔を上げる。


Zark「……意味ないだろ」

Pika「サッカーみたいですネ」

ZERO「ここはサッカーの場ではありません」


 Lemonは、輪を解いた5人を見ていた。Uedaがmonakaに背中を叩かれ、先ほどより勢いよく椅子へ座る。


Lemon「……こっちも絆じゃ負けないさ」

Shadow「ええ……こちらも集中しましょう」


 Lemonも頷き、正面へ向き直った。


 ARAKIが席に着き、ヘッドセットを装着する。隣でtakaがマウスを握った。


*


 スクリーンが切り替わった。キャラクターの顔がずらりと並び、左右には両チームの空欄。その上で、選択の残り時間が減り始める。


HARU「さて、いよいよ始まります! まずは使うキャラクターを決めていきます。SOLではChampion(チャンピオン)と呼びます」


 顔の1つが小さな枠へ移り、斜線が重なった。


HARU「おっと、使用禁止の印が付きましたね。NAGIさん、これは?」

NAGI「この作業をBan(バン)と呼びます。選ばれたChampionは、この試合では両チームとも使えません」

HARU「使いたいものより先に、使わせたくないものを選ぶんですね」

NAGI「はい。例えば、相手が得意なChampionを禁止すれば、別のもので戦わせることができます」


 選ぶ番が相手側へ移り、別の顔にも斜線が付く。


 最初の使用禁止を終えると、今度は大きな枠にChampionの姿が現れた。


HARU「こちらは、実際に使うものですね?」

NAGI「はい。使うChampionを選ぶことを、Pick(ピック)と呼びます。先に選ばれたChampionは、相手チームには選べません」


 ARAKIが何かを話し、takaが頷いた。向かいのブースでも、Shadowの言葉を受けてPikaがマウスを動かす。


HARU「両チーム、相談しながら選んでいますね」

NAGI「相手との相性に加えて、味方との組み合わせも考えます。攻撃が得意なものばかりでは、それを守る役が足りなくなることもありますからね」

HARU「試合本編の前から、もう勝負は始まっている、と」

NAGI「そうです。この使用禁止と選択の流れを、Ban(バン) & Pick(ピック)と呼びます」


 再び使用禁止を挟み、残りのChampionが選ばれていく。


 最後の選択が確定し、両チームの5体が出揃った。選手たちが調整を終えると、画面が切り替わる。


 Championの姿に、使用する選手の名前と担当ロールが添えられていた。


〈ARCANA〉

Pika/Top/レネクト

ZERO/Jungle/セジャニ

Shadow/Mid/オリアネ

Zark/ADC/ルシオン

Lemon/Support/スレイシュ


〈チームARAKI〉

Ueda/Top/ガレム

MORIMORI/Jungle/マムム

monaka/Mid/エニー

taka/ADC/ジンク

ARAKI/Support/ブラウン


HARU「両チームの組み合わせが出揃いました! 使うキャラクターは、Pika選手がレネクト、ZERO選手がセジャニ……これは覚えるのが大変そうですが」

NAGI「今、全部覚えなくても大丈夫です。応援する選手が、どのキャラクターを動かしているか。まずはそこから見てください」

HARU「今日なら、お友達やARAKI選手ですね」

NAGI「はい。5人対5人で、色々なキャラクターが戦う。それを楽しんでいただければ。どんな技を使えるのかは、試合を見ながら説明していきます」


 客席では、子どもたちが友人の名前を見つけ、隣の保護者へスクリーンを指さしていた。


 Zarkは、その指が向かう先を見た。


Zark(……ここでも、オレたちはあの人の引き立て役かよ)


 奥歯を噛み、正面の画面へ向き直る。


 ARAKIが姿勢を正した。隣のtakaも、画面を見据えている。


HARU「それでは、対抗戦、第1試合の開始です!」

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