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第14話 炎上

【炎上】


 SNSなどで、ある人物や組織の言動に対する批判や非難が急速に広がること。

 eスポーツでは、試合中の言動や配信、SNSでの発言などが原因となることもある。


*


 BUSTERとのSummer Split開幕戦に0-2で敗れた翌日。


 ARCANA事務所の会議室には、選手6人と和田、そして片桐が集められていた。


 室内のモニターで、短い動画が再生されている。


 ――最初に映ったのは、試合前のARCANAだった。


 5人が肩を組み、ARAKIが声を上げる。


ARAKI(動画)「絶対勝つぞ!」

4人(動画)「オーッ!」


 映像が切り替わる。


〈BUSTER 2-0 ARCANA〉


 試合結果が大きく表示され、そして次の瞬間。


Zark(動画)「クソッ!」


 Zarkが拳を1度だけ机へ落とす――


 そこで動画は終わった。


 画面が暗転する。


 数秒の沈黙。


 片桐が椅子の背にもたれ、深く息を吐いた。


片桐「面倒な事をしてくれたものです」


 昨夜の試合終了後、この短い動画がSNSへ投稿された。


 試合前の円陣から0-2という結果、そして敗戦直後にZarkが机へ拳を落とす瞬間だけをつないだ映像は、SJLを見ている者たちの間で少しずつ拡散されている。


 面白がる者だけではない。Zarkの振る舞いを問題視する声も出始めていた。


 事態を知った和田は、今後の対応を確認するため、急遽選手たちを事務所へ集めた。リーグの広報やスポンサー対応を担当する片桐がここにいるのも、そのためだった。


Zark「……そんな大事になってんすか」

片桐「いいえ。プチ炎上程度です。幸い、スポンサーからの問い合わせ等はまだありません」

片桐「しかし、こんなコメントもあります」


 片桐がモニターを操作する。


〈機材に当たるとかプロ失格〉


〈ARAKIの金魚の糞〉


〈汚いピンク髪〉


 最後の一文まで表示されたところで、何人かが微妙な顔をした。


Shadow「あまり関係ないコメントも混じっていますね……」


片桐「まあ、炎上の規模はともかく。私としてはARAKI選手加入をきっかけに、さらにSJLを盛り上げたいところ……」

片桐「そこに水を差すような事があれば困るのですよ」

Zark「…………サーセン」


 先ほどまで不満そうだったZarkも、今度は素直に頭を下げた。


ARAKI「こんなので炎上するのか? どうかしてるだろ」

片桐「あなたを基準に炎上を測るのはやめてください」

Lemon「確かに……札幌の時とかと比べれば、今回のはだいぶ小さいような」

Shadow「ああ……」


 Lemonの一言で、事情を知る者だけが妙に納得した顔をする。


ZERO「札幌? 北海道ですか?」

Pika「何デスか? ARAKIさんは札幌で何かしたのデスか?」

ARAKI「…………」


 ZEROとPikaだけではない。Zarkも何の話か分からないらしく、首を傾げている。


 どうやらARAKIのサッカー選手時代の話らしいが、ARCANAで本人がそれを語ったことは一度もなかった。


 その3人から視線を集めたARAKIは、何も答えず黙り込んだ。


和田「まあまあ。昔の話は、また別の機会にしましょう」


 和田が苦笑しながら話を本題へ戻す。


Shadow「しかし、この悪意ある切り抜き……近年のトレンドからすると、もう少し拡散していてもおかしくなさそうですが」

片桐「本格的に炎上が拡大する前に、沈静化を図ってくれた人物がいたのですよ」


 ARCANAの面々が顔を見合わせる。


 少なくとも、自分が何かしたという顔をしている者はいない。


Pika「この中にはいなさそうデスガ……」

片桐「ええ。お見せしましょう」


 片桐が再びモニターを操作した。


 ――画面に映ったのは、昨夜の試合を終えたばかりのFROGだった。


 自身の配信で試合を振り返っているらしい。画面の脇を流れるコメントの中には、ARCANAやZarkを嘲笑するものも混じっている。


 その1つを拾ったFROGが、少しだけ表情を変えた。


FROG(動画)「Zark選手は、試合後にちゃんと僕たちへ挨拶しましたよ。そこまで見てください」

FROG(動画)「机を叩いたのは、よくなかったかもしれません。でも、あの数秒だけで態度の悪い選手にするのは違います」


 流れていたコメントの勢いが、わずかに鈍る。


FROG(動画)「円陣を笑うのもやめましょう。本気で勝ちに来た相手に勝ったから、僕たちの勝ちにも価値があります」


 そこまで真面目な顔で言い切ると、FROGは一拍置いた。


FROG(動画)「はい、この話は終わり! 閉廷! 以上! みんな解散!」


 途端に、コメント欄が別の意味で荒れ始める。


 FROGはもうZarkの話には触れず、何事もなかったように試合映像へ戻っていった――


 動画が止まる。


 会議室に、何とも言えない沈黙が落ちた。


Zark「……オレ、敵に火消ししてもらってんじゃん」

Pika「試合の後まで1手早いデスネ……」

ZERO「上手い!」

Shadow「自虐に乗らないでください」


 わずかに空気が緩む。


片桐「ともかく、FROG選手の発言以降、拡散の勢いは落ちています」

片桐「こちらから改めて声明を出せば、収まりかけている話をもう1度広げることにもなりかねません」

和田「では、ARCANAからは何も出さない?」

片桐「現時点では、それが良いでしょう」


 片桐は頷き、今度はZarkへ視線を向けた。


片桐「あなたも、この件については何も書かないでください。反論も謝罪も、今は必要ありません」

Zark「……何も?」

片桐「ええ。腹が立っても我慢してください」


Zark「オレ、そんな信用ないっすか?」

片桐「ありません」

Zark「即答!?」


 片桐は取り合わず、ARAKIへ顔を向ける。


片桐「ARAKIさん。見張っておいてくださいよ」

ARAKI「俺が?」

片桐「主将でしょう」


Lemon「あまり適任じゃない分野な気が……」

ARAKI「任せろ」

Shadow「急に不安が増しましたよ」


片桐「それから和田さん。スポンサー、リーグ、メディア――どこからでも、この件について問い合わせがあればすぐに共有してください」

和田「分かりました」


 片桐は一通り確認すると、手元の資料を閉じた。


片桐「では、現状は静観。何か変化があれば、その時に対応します」


 それが、今回の騒ぎに対するARCANAの方針となった。


 大きな処分も、公式声明もない。


 Zarkが余計なことを書かず、外から何か連絡があれば共有する。


 それだけだった。


和田「では、この件はここまでにしましょう。今日は急に集まってもらってすみませんでしたな」


 椅子が引かれ、選手たちが立ち上がる。


Pika「では帰って練習デスネ!」

ZERO「予定より少し遅れました」

Shadow「戻れば取り返せる程度でしょう」

Zark「…………」


 それぞれが会議室を出ていく中、Zarkも無言でスマートフォンをポケットへしまった。


 表情は、いつもとそう変わらない。


 そのまま、5人と一緒にゲーミングハウスへ戻っていった。


*


 ゲーミングハウスへ戻ると、ARCANAは予定より少し遅れて練習を始めた。


 BUSTER戦で見つかった課題は多い。


 相手が動いてから判断するのではなく、その先に起こり得る展開を5人全員で考える。


 昨日の敗戦を無駄にしないためにも、練習時間はいくらあっても足りなかった。


 ――だが。


ARAKI「Zark、下がれ!」

Zark「……あ、はい!」


 一瞬、反応が遅れた。


 致命的というほどではない。


 それでも、普段のZarkならもっと早く声が返ってくる。


 次の局面でも同じだった。


 視線はモニターへ向いている。操作もしている。だが、どこかいつもの鋭さがない。


 短い休憩に入れば、真っ先に手を伸ばすのはスマートフォンだった。


 画面には、自分のプレイヤーIDを検索した結果が並んでいる。


〈FROGが言ってる通り、あの数秒だけで叩くのは違うだろ〉


〈でも机叩いたのは事実じゃん。プロなら負けた時こそ態度ちゃんとしろよ〉


〈次はプレーで返してくれ〉


〈Zarkずっと応援してるけど、昨日のはちょっと残念だった〉


 擁護する声もある。


 それでも、「ちょっと残念だった」の一文でZarkの指が止まった。


 画面を閉じても、次の休憩になればまた開く。


 数試合を終えたところで、ARAKIは椅子から立ち上がった。


ARAKI「……少し形を変えるか」

Zark「え?」


 ARAKIはLemonへ顔を向けた。


ARAKI「Lemon。次、ADCに入ってくれ」

Lemon「ボクが?」

ARAKI「ああ。元はADCだったんだろ?」

Lemon「そうですけど……」


ARAKI「俺とBotで組む形も広げておこう」

Lemon「確かにそうですね、分かりました」


 ARAKIがZarkを見る。


Zark「…………」


 いつものZarkなら、何か一言くらい返したかもしれない。


 だが今日は、素直に席を立った。


Zark「……うす」


 LemonがADCの席へ移り、ARAKIはその隣へ座る。


 初めて組むBotの形を試している間、Zarkは後ろから画面を眺めていた。


 時折、ポケットへ手を伸ばしかけては、やめる。


 やがて時計が17時を回った。


ARAKI「一旦、飯にしよう」


*


 ARCANAの夕食は、以前からPikaが作ることが多かった。


 大きな中華鍋を振るい、5人分、今ではARAKIを含めた6人分をまとめて作る。味について文句を言う者はいない。


 ただ、Pikaが作れない日は、買ってきたもので済ませることもあった。


 栄養を意識するようになってからは、そうした日をARAKIの料理で補うようになった。この日も、食卓には彼の料理が並んでいた。


 アスリート向けの栄養バランスを保ちつつ、味付けや献立を変えて食べ飽きないよう工夫されている。


Pika「ARAKIさんのゴハン、やはり美味しいデスネ!」

Lemon「Pikaの中華が続いたところに、こういうのが来るとまたいいんですよね」

Pika「ワタシの料理、飽きたのデスカ!?」

Lemon「そういう意味じゃないって!」


 2人のやり取りに、Shadowが溜息をつきながら口を開く。


Shadow「織り交ぜられる事で互いの魅力がより引き出される、と言いたいのですよね」

Pika「それならヨシ!」


 いつものように会話が続く。


 その中で、Zarkだけがほとんど口を開かなかった。


 箸は動いているが、食べる速度が明らかに遅い。


 ARAKIは向かいからその様子を見ていた。


ARAKI「Zark」

Zark「……はい?」

ARAKI「お前、気にしすぎだぞ」


Zark「…………」


 Zarkはしばらく黙っていた。


 それから、皿へ視線を落としたまま聞いた。


Zark「……takaは、なんて言ってました?」


 ARAKIは少しだけ考えてから答える。


ARAKI「次もタオルを持っていくと言ってたぞ」


 Zarkが顔を上げた。


Zark「……マジっすか」


 その顔がわずかに緩む。


 だが、ARAKIは続けた。


ARAKI「まあ、机は叩くなよ、とも言ってたが」


Zark「…………」


 再び、Zarkの視線が皿へ落ちた。


ARAKI「あの程度でファンをやめる奴は、そう多くないんじゃないか?」

Shadow「ARAKIさんもサッカーの時、だいぶ言動に問題がありましたが、私はファンのままでしたからね」

ARAKI「……それはフォローしてるのか?」

Shadow「しているつもりです」


 Shadowの話を聞き、ZEROがハッと目を見開く。


ZERO「そういえば、今朝の札幌の話ですが――」

ARAKI「話を戻すぞ」

ZERO「まだ聞いていません」

ARAKI「戻すぞ」

Lemon(必死すぎでしょ……)


Lemon「でも……こうやって騒がれるのって、今までとは違いますよね」

Zark「違う?」

Lemon「前なら、机を1回叩いたくらいで、こんな動画まで作られてなかったでしょ」


 Zarkが黙る。


 それは、誰も否定できなかった。


Shadow「私たちが問題を起こさなかったというより、問題になるほど見られていなかったのかもしれませんね」

Lemon「ボクも、試合が終わった後まで見られてるなんて、今まで考えてもなかったな……」

Pika「注目されるようになったのは、良いことのはずなのに難しいデスネ」


 ZEROが箸を止め、ぽつりと言った。


ZERO「見てもらいたい。でも、見られたくないところまで見られる」

Lemon「普段の言動も、ってことか……」


 少し前まで、そんなところまで意識していなかった。


 勝っても負けても、ARCANAを追い続ける人は多くなかった。


 だが今は違う。


 ARAKIが加入し、ARCANAへ向けられる視線は増えた。


 客席には、Zarkのタオルを掲げるtakaもいた。


 そして、負けた瞬間の顔まで見られるようになった。


Zark「……でも、見てくれてる奴はいるんすよね」


 誰に聞くでもなく、Zarkが呟いた。


ARAKI「ああ」


 短く、それだけ答えた。


 Zarkはしばらく黙っていたが、やがてポケットからスマートフォンを取り出した。


Zark「……オレ、ちょっと何か言いたいっす」

ZERO「何をです?」

Zark「まだ応援してくれてる人に。なんか……ちゃんと自分から」


 批判してきた相手へ言い返したいわけではない。


 takaや、以前からARCANAを見続けてくれている人たちへ。


 自分の言葉で、何か返したかった。


ARAKI「いいんじゃないか」

Pika「でも、片桐さんは何も書かないように言ってましたヨ?」

ARAKI「別にいいだろ」

Lemon「絶対良くないでしょ」


 そこで、Shadowが口を開いた。


Shadow「でしたら、まず文面を考えて、それから和田さん経由で片桐さんへ相談すればいいのでは?」

ARAKI「よし、それで行くぞ」

Lemon(この人が乗り気だと不安になるなあ……)

Zark「あざっす! 出来たら、みんなにも見せますわ!」


*


 その後、和田の説得を受けて片桐も渋々了承し、Zarkのメッセージは投稿された。


〈先日は応援ありがとうございました。

 悔しさを抑えられず、試合後に机を叩いてしまいました。すみませんでした。

 次の試合、プレーで返します。

 これからも、応援してくれると嬉しいです。〉


 投稿を終えると、Zarkはスマートフォンを置き、いつもの席へ戻った。


 もう、画面の外ばかりを気にしてはいない。


 彼が見据えるのは、次の試合。


 SJL Summer Split、第2戦。


 ――ARCANA vs WISH。

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