第13話 Carry
【Carry】
大きな活躍によって、チームを勝利へ導くこと。英語で「運ぶ」という意味から使われる。
*
BUSTERとの開幕戦、Game1。
ドラゴンへ続く入口を塞がれ、ARCANAの5人がわずかに足を止める。
その時だった。
視界のない川の奥から、1本の長槍が飛んでくる。
ARAKI「っ!」
ブラウンの身体へ突き刺さり、体力が削られた。
HARU「FROGの槍! 今度はARAKIに命中!」
FROGの女狩人ニダリは、まだARCANAの視界には映っていない。
見えているのは、入口を塞ぐ岩石生命体のマルファと、その斜め後ろで鎖を構える亡霊のスレイシュ。
NAGI「ARCANA、これは長く睨み合いたくないですね」
HARU「と、言いますと?」
NAGI「BUSTERは先に位置を取っています。ARCANAが入口で迷っている間にも、ニダリの槍で少しずつ削られてしまう」
NAGI「下がってドラゴンを渡すのか、それとも今、強引にでも仕掛けるのか。判断が必要です」
ARAKIにも、それは分かっていた。
無理に戦わず、このドラゴンをBUSTERへ渡す。
それも1つの選択だった。
だが――。
ここまで、何のために序盤の損を受け入れてきた。
ここでも下がれば、ドラゴンを奪取され、すでに先行しているFROGを、さらに走らせることになる。
分の悪い賭けかもしれない。だが、ここで下がれば勝機はさらに遠のく。
ARAKI「やるぞ! ZERO、入れ!」
ZERO「はい!」
ZEROが操る重装の騎手、セジャニが前へ出る。
入口を塞いでいたマルファへスキルが命中、集団戦の火蓋が切られた。
岩石の巨体が動きを止めると、ARCANAの面々が後から続く。
Pikaのワニ戦士レネクトが飛び込み、Shadowの機械少女オリアネも援護する。
マルファと、その近くにいた亡霊スレイシュが巻き込まれる。
HARU「ARCANA、仕掛けたぁ! 先に陣形を作られていましたが、強引に正面から入った!」
両軍の体力が削れていく中、Zarkのジンクが銃撃を重ね、マルファの体力を削り切る。
HARU「BUSTERはまずTopのTetsuが落ちた!」
続いて、退こうとしたスレイシュにも攻撃が集中する。鎖を振るいながら抵抗するが、逃げ切れない。
HARU「SupportのNeroも撃破! ARCANA、2人持っていった!」
客席で、明美が思わず身を乗り出した。
明美「倒せたじゃん!」
だが、隣のtakaは笑わなかった。
大型スクリーンの端を見ている。
taka「いや……まだ後ろにいる!」
そう……まだ3人残っていた。
HARU「BUSTER、生き残ったのはJungleのFROG、ADCのTrigger、MidのRAKU! 火力を担う3人が全員残っています!」
しかも――。
ARAKI(くっ、冷静だな……!)
マルファとスレイシュを倒すため、ARCANAの5人は前へ固まっていた。
その間に、BUSTERの3人はさらに距離を取っている。
ARCANAが仕掛けるより前から、次の位置へ動いていた。
そこへ。
横から、またも長槍が飛び、ジンクへ突き刺さる。
Zark「っ!」
ARAKI「ニダリが横から来るぞ!」
直後、獣へ姿を変えたニダリが、一気に距離を詰めた。
その時にはもう、Triggerのルシオンも2挺拳銃の射撃を重ねていた。
さらにRAKUの機械仕掛けの魔術師、ヴィクトからも攻撃が飛び――
ジンクのHPは尽きた。
HARU「Zarkが落ちた!」
FROGは止まらない。
倒した瞬間には、もう次を見ている。
NAGI「ARCANA、陣形が崩れました! 反撃を合わせられません!」
歓声が1段、大きくなる。
Pikaも、ZEROも、ARAKIも倒れていく。
残ったShadowも反撃を試みるが、3方向からの攻撃に押し切られた。
やがて、オリアネの身体も地面へ沈んだ。
HARU「ARCANA、全滅です!」
大型スクリーンに表示されたのは、ARCANA5人の死亡。
一方のBUSTER。生き残ったのはFROG、Trigger、RAKUの3人。
彼らはそのまま川のくぼみへ入り、ドラゴンの体力を削っていく。
そして――。
HARU「ドラゴン獲得はBUSTER!」
客席から歓声が上がる。
明美は画面を見ながら、まだ少し納得できないように首を傾げた。
明美「ドラゴンは取られちゃったけど、こっちも2人倒せたし、悪くないんじゃないの?」
taka「FROGにたくさん経験値とお金が渡っちゃったのがヤバいんだ……」
明美「そんなに?」
takaは、大型スクリーンから目を離さない。
taka「さっきより、もっと止められなくなる」
復活を待つ灰色の画面を見ながら、ARAKIも同じことを考えていた。
仕掛ける判断を、間違えたとは思わない。
全員、指示どおりに動いた。
それなのに。
戦いが終わった時、致命傷を負ったのはARCANAだった。
そこから先、ARCANAに立て直す余裕はなかった。
ドラゴンを獲得し、大量の資金まで手にしたFROGは、さらに試合の速度を上げていく。
ARCANAも食い止めようとした。
だが、あの集団戦を境に差は一気に広がった。
やがてARCANAの本拠地が破壊される。
HARU「Game1はBUSTER! FROG選手、見事なCarryでした!」
歓声の中、明美が首を傾げた。
明美「Carry?」
taka「試合を勝たせることをCarryっていうんだ。勝利を運ぶっていう意味」
明美「へえ……」
その隣で、陽菜が不安そうに大型スクリーンを見上げていた。
陽菜「パパ、逆転できるかな……」
takaは画面を見たまま、答えなかった。
*
Game1を落とし、ARCANAの5人が控室へ戻る。
誰も、すぐには口を開かなかった。
勝てると思っていた。
少なくとも、ここまで一気に崩されるとは思っていなかった。
Zark「何でだ、何でだよクソ……いけると思ったのに……」
自分たちは間違った判断をしたわけではない。
それでも、戦い始めた時にはもう遅かった。
ARAKIが加わり、ARCANAはようやく5人の判断を1つに揃えられるようになった。
以前なら、自分たちの判断がまとまらないまま崩れていた。
今は違う。
揃えてなお、BUSTERに先を取られている。
だからこそ初めて、王者との差がはっきりと見えた。
そんな空気の中、Lemonが試合映像を巻き戻した。
Lemon「見返しても、ARAKIさんの判断が遅いとは思えません」
ARAKI「ああ。俺もそう思ってる」
Shadow「ならば何故あれほどまでに先手を取られたのでしょう……」
TopへのGank。Botへの圧力。そしてDragon前の集団戦。
振り返れば、どの局面もFROGの動きが起点になっていた。
FROGが動く。
その直後には、BUSTERの残り4人も次の形へ入っている。
ARAKI「……FROGが、俺より先まで読んでたのか?」
ZERO「未来をですか?」
ARAKI「あいつが動く前から、その後に起こることまで考えて、4人に指示する……」
自分の判断速度には自信があった。
サッカーでも、SOLでも、相手より先に危険を見つけることがARAKIの強みだった。
その自分が、何度も後手に回された。
ARAKI「そんなことができるのか……?」
驚きより先に、悔しさが込み上げる。
もし本当にそうなら。
自分は、まだ王者の司令塔に追いつけていない。
Lemon「少なくとも、FROGが動いてからBUSTER全体が動くまでが、ものすごく速かったです」
ARAKIは映像から目を離した。
ARAKI「なら、こっちも1手前から動く」
4人を見る。
ARAKI「次に起こりそうなことを、先に2つか3つ伝える。起きてから考えるんじゃなく、先に答えを用意しておく」
Lemon「それ、ARAKIさんの負担が大きくないですか?」
ARAKI「問題ない。2つ先ぐらいまでならやれる」
Pika「……本気デスカ? かなり超人ですヨ」
ARAKI「やるさ。問題はお前らだ。俺の指示を受け取りながらプレイ出来そうか?」
ZERO「確かにこちらの脳処理速度も上げる必要があります」
Zark「やるしかねえだろ、勝つために!」
ARAKIは立ち上がった。
負けたまま、納得して終わるつもりはない。
ARAKI「よし、行くぞ!」
*
Game2。
ARAKIは、試合が動く前から声を出し続けた。
ARAKI「次、FROGがTopへ来たらPikaはすぐ下がれ。ZEROは逆側を取る。来なければ、そのままDragon側を見る」
Pika「了解デス!」
ほどなく、FROGが上側の視界から消える。
ARAKI「1つ目!」
今度は早かった。
PikaはFROGの姿を確認する前から下がり始め、ZEROも同時に逆側へ動く。
FROGがTopへ姿を見せた時には、すでにARCANAの対応は始まっていた。
HARU「ARCANA、早い! Game1より明らかに対応が速くなっています!」
NAGI「相手が動いてから考えるのではなく、次の展開を先に用意していますね」
手応えはあった。
これなら間に合う。
そう思った直後だった。
ZERO「こっち、先に入られてます!」
Shadow「Botからも来ます!」
ARAKIが視線を走らせる。
FROGがTopへ姿を見せた、その裏側。
RAKUとTriggerは、ZEROが資源を取り返すはずだった逆側の森へ、先に向かっていた。
ARAKI「なら次は――」
指示を出す。
ARCANAの4人も、すぐに反応する。
ZEROは引き返す。Pikaは守れたが、反対側で取り返すことはできなかった。
遅くない。
Game1より、確実に速い。
それでも。
ARAKI(……まだ、先にいる?)
用意した分岐に従って動いても、BUSTERはその先に備えていた。
先を読んでも追いつけない。
分岐を増やすほど、ARAKIの処理量も増えていく。
それでもARAKIは声を止めなかった。
次はTop。
その次はDragon。
逆ならBot。
考え、伝え、また次を読む。
ARCANAも必死に食らいついた。
ARAKI(何が……何が足りない!?)
そのわずかな遅れを、FROGは見逃さなかった。
ARCANAの陣形に隙が生まれた瞬間、ニダリが飛び込む。
1人を倒せば、もう次の標的へ。
客席で、takaが唇を噛む。
taka「……すげえよ。でも、今日くらい止まってくれよ……!」
追いつこうとするほど、FROGはさらに先へ進んでいく。
そして……最後までその差は埋まらなかった。
HARU「決着! Game2もBUSTER!」
ARCANAの本拠地が崩れる。
HARU「FROG選手、Game1に続いてGame2でもCarry! 開幕戦から圧倒的な存在感を見せました!」
NAGI「ARCANAも昨季から見違えるような戦いを見せてくれましたが、FROG選手が更に上を行きましたね」
HARU「開幕戦はBUSTERが2対0! 国内王者がストレートで勝利です!」
その瞬間、Zarkが拳を1度だけ机へ落とした。
Zark「……クソッ!」
だがZarkはすぐに手を引き、荒く息を吐くと、ヘッドセットを外した。
その横で、ARAKIは結果画面を見つめたまま、すぐにはヘッドセットを外せなかった。
Game1より速くなった。
間違いなく、速くなった。
それでも――届かなかった。
*
控室では、FROGのヒーローインタビューがモニターに流れていた。
会場の歓声が響く中、ARCANAの面々は誰も画面を見ていなかった。
ARAKIが口を開く。
ARAKI「……まず、謝らせてくれ」
5人の視線が集まった。
ARAKI「今日の敗北の責任は俺にある……すまなかった」
Shadow「まさか、あの特約のことを気にしているのですか?」
ARAKI「そうだ。お前たちは指示に従ってくれた……その上で負けた。俺の責任だ」
Zark「今更何言ってんすか! 別にあのことは誰も後悔してねーでしょ」
ARAKIが言葉を止める。
Lemon「それより……気付いた事があります。覚えてるうちにレビューしましょう」
ZERO「そうですね。記憶が新鮮なうちに」
ARAKI「……そうだな。頼む」
Lemonがリモコンを操作する。
FROGの姿が消え、モニターにはGame2の映像が映し出された。
Lemon「ここです」
FROGがTopへ向かう場面。
その姿が見えるより先に、RAKUが中央から動き始めている。
Triggerも同じだった。
ARAKIが事前に用意した分岐へARCANAが動き始めた時には、BUSTERの2人はすでに次の位置へ向かっていた。
ARAKI「FROGがTopへ出る前から、もう次に備えてる……」
Lemon「そうなんですよね……他にもあります」
別の局面。
今度はFROGから離れた場所で、Neroが先に位置を変えている。
Pika「離れた場所でも、同じように動きを変えてますネ……」
ARAKIは黙って映像を見つめた。
Game1で考えた。
FROGが、自分よりさらに先の展開まで読み切っているのだと。
だからGame2では、自分も先に分岐を用意した。
それでも届かなかった。
Lemon「たぶん……FROGだけじゃないんですよ」
ARAKI「……何?」
Lemon「BUSTERは、全員が次に何が起こるか考えながら動いてるんじゃないですか?」
ZERO「局面ごとの可能性を、5人とも分かっている……」
Shadow「そうなら、FROGの声を聞いてから考える必要はないですね」
ARAKIの中で、ようやく何かが繋がった。
ARAKI「……俺がもっと先まで読むんじゃない」
モニターには、動き出すBUSTERの5人。
ARAKI「全員で先を読む事が必要なのか……」
考え込むARAKIに、Lemonが口を開く。
Lemon「そこまで悲観する事ではないと思いますよ」
ARAKI「なぜそう思うんだ?」
Lemon「昨季まではこの問題点に辿り着く事すら出来なかったので……ボクは大きく前進したなと感じてます」
Shadow「ARAKIさんが加入してようやくスタートラインに立てた、ということかもしれません」
Pika「小学生に負けるくらいでしたからネ!」
Zark「その自虐だけはダメでしょ!?」
ARAKI「ふっ……」
重かった控室の空気が、ほんの少しだけ緩んだ。
その時、控室の扉がノックされた。
マネージャー「失礼します」
扉を開けて入ってきたのは、BUSTERのマネージャーだった。
その後ろには、FROGとTriggerが立っている。
マネージャー「試合直後のところ、申し訳ありません。こちらの2人が、ARAKIさんと少しお話ししたいそうでして……よろしいでしょうか」
ARAKI「俺に?」
Trigger「はい!」
FROG「すみません。少しだけ、お時間いいですか?」
ARAKI「ああ、もちろん。入ってくれ」
マネージャー「この後も予定があるから、あまり長くならないように。私は外で待っているからな」
FROG「ありがとうございます」
2人が控室へ入る。
ARAKI「お疲れ様だ。いや……完敗だった」
FROG「驚いたのはこちらです。ゲームを始めて数か月で、あの実力……しかも36歳で。正直、信じられません」
Zark「すげえだろ?」
Trigger「何でお前が威張ってんだよ」
思わず何人かが吹き出した。
Shadow「それで、用とは? マネージャーの方が時間がないとか言ってましたが」
Trigger「あっ、そうだった!」
Triggerが慌てて手元の鞄を探り、2枚の色紙を取り出した。
Trigger「あの……ARAKIさん。よかったら、サインもらえませんか?」
Lemon「この流れで!? 完勝後に!?」
ARAKI「俺に勝った直後に、相手の控室まで来てサインを?」
Trigger「いや、その……今日じゃないと、またいつ会えるか分かんないんで!」
ARAKIは差し出された2枚の色紙を見る。
ARAKI「サッカー選手の荒木将として? それとも、ARCANAのARAKIとして?」
Trigger「え?」
そこまでは考えていなかったらしい。
Triggerが固まる。
ARAKI「2枚あるなら、両方書くか」
Trigger「えっ、いいんすか!? ありがとうございます!」
1枚には、サッカー選手として。
もう1枚には、プロゲーマーARAKIとして。
書き終えた2枚をTriggerへ返す。
その横から、FROGが覗き込んだ。
FROG「あとで1枚くださいよ」
Trigger「これは2枚ともオレのだ」
FROG「ひどい!」
先ほどまで、手の届かない王者に見えていた2人。
だがこうして目の前にいる姿は、どこにでもいる仲のいいチームメイトそのものだった。
ARAKI「ふっ……今度は勝つ。また、よろしく頼む」
FROG「はい。次も楽しみにしています」
Trigger「サイン、ありがとうございました」
BUSTERの2人が揃って頭を下げ、控室を出ていった。
Pika「楽しそうでしたネ」
ZERO「彼らのあんな姿、初めてみたかもしれません」
Zark「ARAKIさん。オレもサインください。プレミアついたら売れるかも」
ARAKI「お前はtakaを越えてからだ」
Zark「それ、かなりきついっす……」
ARCANAも笑いながら帰路へ向かう。
敗北を忘れたわけではない。
ただ、何が足りなかったのかは見えた。
だから今は、前を向いて会場を出られた。




