第十七話 増える感覚
駅前雑居ビル二階のリサイクルショップ。
客は少ない。ドアが開き、短い会話がありすぐに閉じられる。
茂は持ち込まれた電動ドリルの動作を確認していた。
スイッチを短く引く。短い振動と音、すぐに止まる。
何気なく右手を見る。
昨日、握力計を握ったときの感触が蘇った。
掌を閉じ力を入れる。違和感はない。
駆除のとき、刺したとき?に、なにかが内側に入る。
そういう感覚はずっとある。
あれと――数字は、無関係?
もう一度、掌を見る。わからない。でも、無関係だとは思えない。
カウンター越しに店長へ告げる。
「上がります」
短い返事。それで終わる。
茂はバックヤードのロッカーを開け、黒いケースの取っ手を握った。
外へ出ると、昼の日差しが強い。
駅前はいつも通りだ。何も起きていない顔で、人が動いている。
歩き出す。まだ結論は出していない。
確かめる価値はある。
スマホを取り出し、通知を確認する。
新しいものはない。
画面を閉じどうするか考える——今は動かない。
腹が減っていることに気づいて、駅前の店に入った。
オリジナルチキンの8ピースパックとコーラを注文し、受け取ってから階段を上がる。空いたテーブルを探して腰を下ろした。
目の前には、白と赤のバケツ。蓋を外すと、油の匂いが立つ。
チキンが重なっている。
茂は部位も形も確かめることなく、無造作に手を伸ばす。
最初の一本を掴み、口に入れた、皮の裂ける音とともに肉が外れる。
噛み、飲み込む。
味はある。だがそこに意識は向かない。
二本目。
骨を置き、ポテトを掴み口に入れた。
ボソボソする。
コーラで流しこんだ。炭酸が喉にくる。
またチキンを手に取る。噛みつき、肉を噛み千切った。
咀嚼して飲み込む。
ポテトが空になり、コーラの氷が音を立てた。
最後の肉を口に入れる。細い骨が残った。
バケツの底が見え、満腹かどうかを考えた。
わからない。
空腹ではない。だが、重くもない。
紙ナプキンで指を拭く。
腹は満ちているはずなのに、何かが足りなかった。
コーラを飲みながらスマホを見ていると、それが震えた。
警報。
画面を変える前に、もう一度震えた。
別案件。
一件目――中型。少し遠い。
二件目――小型。駅から二ブロック。
選択は一瞬。
近い方。
ケースを掴む。
店を出て階段を下り、外へ出ると同時に走り出す。
昼過ぎの駅前。人は多い。
一直線には進めない。
肩をずらし歩幅を変えながら、看板を避けて抜ける。
減速はしない。横断歩道を斜めに切る。二つ目の角。
小型。
二ブロック先。たぶん一分ちょい。
現場が見えてくる。規制線はまだ張られていない。
登録はいない。
一般市民が数人、距離を取って立っていた。手には新型銃。構えていない。照準も合わせていない。
許可待ちか?
彼らの視線の先。推定小型〜小さめの中型。
形状は犬。
黒く、極端に短い体毛が光を吸い込んでいる。背が高く、胴は締まり、巨大なドーベルマンの形に近い。
低く唸る。
足元に大柄な男が仰向けで倒れていた。
首に噛みつかれ引き剥がそうとした跡がある。
抵抗したのか、腕が中途半端な位置で止まっていた。
動いているかは分からない。
量は判断できないが結構な血は流れている。
黒い影が、肉を噛み直す音だけが小さく響く。
茂はバラクラバを被ると、ケースを地面に置いた。
留め具を外し蓋を開く。
槍を引き抜き、接合部を回転させてロックする。
スプレーを取り出し、ベルトに差す。
背後で声が上がる。
「撃てないって言ってるだろ!」
「許可がまだだ!」
「ロックが外れない!」
新型銃の銃口は下がったまま。安全装置は解除されていない。
誰も前へ出ない。犬型は顔を上げない。
槍を持ち直し距離を測る。一瞬で息を整える。
スマートグラスを掛け、縁を叩いた。
録画開始。
発砲許可は出ない。
この状況では出るわけがない。
声掛けはいらない。一瞬で判断した。
槍を構え踏み込む。二十メートル。
一歩目で半分が消える。二歩目で視界が詰まる。
地面が縮む。三秒もいらない。
犬型が気づき顔を上げた。
その瞬間、雷光のフラッシュが弾け、刃が首へ入る。
深い。トリガ。
刃先近くの8つのポートから、V-Gelが瞬時に送り込まれる。
内部で圧が跳ね、首の深部で膨張が走った。
犬型の背筋が硬直する。
歯が空を噛む。前脚が踏ん張り地面を掻く。
頸部が崩れ、体重が前へ落ち、巨体が横倒しになった。
痙攣は一度だけ。そして静止。周囲の声が遅れて戻る。
茂は槍を抜いた。
そして、刺した瞬間とは別の感覚。
遅れて体の奥に、なにかが入る。わずかにだが確かに増える。
茂はそれを追った。かすかな違和感に意識を向ける。
逃さない。




