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僕と彼女の猟奇的な日常 ――怪物が現れるようになった日常で、歪んだ俺の性格が武器になる? なぜか海外からも依頼が来るようになった――  作者: nnnkkk
第一章 僕と彼女の猟奇的な日常

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第27話 十五万二千百六十円

茂は見本台に戻されたライトを見たまま、少しだけ黙った。


一秒の視界。

一分の猶予。


それに十万。


買える。

買えるけど――


「……どうします?」


店員が聞いた。

押し売りの声じゃない。


茂は答えず、視線だけを横に流した。

次。


殴る道具じゃない、止める道具。


スプレー。


棚が一列、丸ごとそれだった。

赤。黄。黒。

派手なパッケージ。

「害獣対策」「即効」「最大射程」「風に強い」

言葉だけが強い。


一本、手に取る。

軽い。

缶の中身が、命を守るとは思えないほど軽い。


噴射方式。

ジェット。

ミスト。

フォーム。

粘着。


裏面の注意書きが長く、読ませる文章じゃない。

責任逃れの文章だ。


射程。

拡散角。

持続秒数。


――結局、何に効く?


一本を戻し、もう一本を掴んだ。

「催涙」「辛味成分」「獣避け」分類が違う。


人間向けの延長で作ったものと、最初から害獣用で作ったものが混ざっている。


目が、そこで止まった。


「対害獣・行動阻害」

「粘膜刺激+呼吸妨害」

「至近距離用」


至近距離。

それだけで危険だ。

だが、槍が届かない距離よりは安全なはずだ。


さっきのより、全然でかい。

意外に重い。

小さい消火器みたいだ。


―― 一本じゃ足りない。


風と距離、角度、相手の顔の向き。


噴射の拡散と、反応までの時間差。

効く保証のない刺激物。


そして、運。


条件が一つでも噛み合わなければ終わる。

外した瞬間、距離は消える。


茂は棚を見上げたまま、口を開いた。


「……おすすめ、どれですか」


自分で言って、少しだけ可笑しかった。コイツに聞くのは合理的か?

わからない。

でも適当に買うよりはマシなはず。


店員が一歩、寄る。

缶じゃなく、茂の目を見た。


「止めたいですか」

「それとも、逃げたいですか」


迷わず言った。


「止めたいです」

「動きだけ」


店員が小さく頷く。


「なら、ミスト系はやめた方がいいです」

「風で戻ってきます」

「ジェットも、当たらない時があります」


棚の一段下から、一本抜く。

グリップが付いた黒い缶


「これ」

「フォームです。泡」

「当たると、視界と呼吸が一瞬止まります」


それを受け取った。


掌に伝わる質量を確かめる。

見た目より、わずかに重い。


指先が無意識に形をなぞる。


ノズルの向き。

噴射口の径。

安全ピンの位置。


視線だけが静かに細部を拾っていく。


「射程はどのくらいです?」

茂が言う。


店員は即答した。


「四メートルくらいです」

「カタログだと六って書いてますけど」

「近づかれる前提で持つやつです」


四メートル。

槍の先より、少しだけ遠い。


缶を握ったまま、聞いた。


「効かない個体もいます?」


店員は笑わない。

薄い声で、ただ言う。


「います」

「皮膚が厚いやつ、鼻潰れてるやつ、興奮してるやつ」

「でも効かないじゃなく、止まらないです」

「それでも、何もないよりましです」


缶を棚に戻さず、もう一本同じものを探した。

二本。

最低二本。


店員がそれを見て、言葉を足す。


「あと」

「買うなら、携行用のホルスターも」

「意外と重いんで、ポケットだと邪魔になります」


小さく頷いた。

頭の中で、装備が並び始める。


槍と雷光、スプレーと予備。


悪くない。


茂はそれを二本持ったまま、店員を見た。


「……これと、さっきのライトを」


店員が静かに頷いた。


「ありがとうございます」

「雷光、レジに回します」


茂は曖昧に頷いた。

商品の重量だけが、掌に残った。






レジの前で、茂はスプレー缶をもう一度だけ持ち直した。

手に馴染む重さだった。


――二本。


さっきまで、それが最低ラインのつもりだった。

一本では足りない。

失敗するかもしれない。

だから二本。


その前提は、値札一枚で崩れた。


「……これ、一本で」


茂が言った。


妙にはずかしい。

店員は頷き、缶を棚に戻す。戻された瞬間、手札が減った感じがした。


茂は箱を抱えたまま、レジへ向かった。

雷光。

フォームのスプレー。

それから、汎用のホルスター。


ホルスターは安かった。

六千二百円。

逆に怖いくらい、現実の値段だ。


スプレーは違う。


四万八千五百六十円。


数字を聞いた瞬間、頭のどこかで何かが遅れた。

もっとずっと安いと思っていた。

千円とか。せいぜい数千円。

防犯用品の延長みたいな――そんな感覚だった。


五万。


缶だ。

中身は泡だ。

泡に五万。


「……」


何も言わなかった。

言う言葉がない。

高い、と言ったところで値段は下がらない。


店員が会計端末を操作しながら、淡々と告げる。


「身分証、お願いします」


茂は一瞬だけ手を止めた。

何でだ、とは思わない。

こういう店になった時点でそうなる。


財布からマイナンバーカードを差し出す。店員は受け取り、カードリーダーに挿した。


時間は短い。

だが、その数秒が長く感じた。

返されたカードを受け取り、それを戻す。


「お支払い、どうしますか?」


「クレジットで」


画面に金額が出る。152,160円。


カードを出し、端末に差し込む。

決済音が鳴る。

短い電子音。


「ありがとうございます」


店員の声は変わらない。

茂も返さない。


袋に入れられた箱と缶が、軽く揺れた。カートリッジの残数は増えない。

だが、折れても終わらない手段は増えた。


袋を受け取り、持ち上げた。

持ち手が指に食い込む。


レジを離れかけて、茂は一歩だけで止まった。


袋の中の箱が軽く揺れる。


雷光。


あれは殴らない道具だ。見えなくするんじゃない。

見せて、止める。


――槍に付けられる。


思いついた瞬間、背中が少しだけ冷えた。

遅い。

こういうのは、最初に考えるべきだった。


茂は袋を抱えたまま、レジに戻った。


「……延長できるスイッチって、ありますか」


店員が顔を上げる。


「雷光のですか?」


茂は頷く。


雷光は強い。

だがスイッチの位置が悪ければ、強さは意味がない。

片手で槍を持ったまま、迷わず押せる場所にスイッチが要る。


握りを変える時間は無いかもしれない。


店員はカウンターの下を開け、紙箱を一つ出した。

旭日電装のロゴ。

雷光とパッケージの質感より少し安っぽい。


「純正オプションです」

「リモートテールキャップスイッチ」


箱を受け取り、裏を見る。

ケーブル長、防水等級、端子規格、対応機種。


箱を持ったまま、一瞬だけ考えた。


雷光を槍に付ける。

照らすんじゃない。

撃つ。

一秒の視界を、手元の指で切り替える。


槍先の動きと同じテンポで。


それができれば、

チャンスを作るのは運じゃなくなる。


「……それも、お願いします」


店員が頷き、箱をレジに置いた。


「13,300円ですね」


意外と高い。

返事の代わりにカードを出した。

短く鳴る決済音。


茂は頭の中で、装備の並びを組み替えていた。


雷光――槍――フォーム


手順。

間合い。


揃った。

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