12. 破壊王の帰還
居住区の半分が陰るほどのすさまじい巨木を前に、マーゴットは言葉を失った。見上げると空に届きそうに、そびえ立っている。
「マーティンさん、大丈夫ですか? お水飲んでください」
力を使い切ったのか、ぐったりしているマーティン。護衛が助け起こし、お世話猫が水を飲ませる。
「よくやった、再生王マーティン。これで、島は元の形を取り戻した。世界樹と共に生きよ」
マーティンはトレントを見つめて、呆然としている。トレントから視線を外し、巨木をまじまじと見上げ、マーゴットに目を向ける。何度も口を開くが、言葉にならない。お世話猫が優しくマーティンの背中を叩く。マーティンはもう一度、水を飲み、深く息を吐くとトレントとマーゴットに頭を下げた。
「ありがとうございます。そして、マーゴット様も。マーゴット様が島に来てくださったおかげで、全てが好転しました」
マーティンの目からハラハラと涙がこぼれ落ちる。
「なにもかも、マーゴット様のおかげです」
マーティンは嗚咽の合間に、きれぎれに言う。マーゴットはのけぞった。
「私のおかげの部分がどこにもありませんが。全部マーティン様の力じゃないですか。祈って世界樹出せる人が何をおっしゃいますやら。もはや聖人の域に達してらっしゃいますよね」
草を刈るしかできないマーゴット。世界樹を生み出せるマーティン。どちらが上かなんて、わざわざ言わなくても明らかではないか。嫉妬の気持ちすら起きない。格が違うとはこのことだ。マーゴットは思う。
「領主に代々残された口伝があるのです」マーティンは涙を拭いて、スッと立ち上がる。
「王は常にふたり。破壊と再生。陰と陽。死があってこその生。破壊の王は種を持って島を出た。再生の王は、破壊の王の帰還を待て」
「はあ」盛り上がっているマーティンには悪いが、マーゴットにはなんのことだか分からない。薄い反応しかできない。
はあ、へー、そうなんですねー。棒読みを繰り返すマーゴットに、マーティンは切々と訴える。
「元来この島は生命力が強いのです。少しの手助けで植物が育ちます。だからこそ、死をもたらす破壊の王が重要だったのです。でないと植物が飽和して人が住めなくなります」
なるほど、草刈りが喜ばれるわけだ。マーゴットにも少し事情がのみこめた。
「破壊の王が出ていってから、島が飽和しないように、生かさず殺さず。植物がはびこりすぎて土がボロボロにならないよう。かといって本当の不毛では人が死ぬ。ギリギリの攻防を何代も続けていました。やっと、破壊王マーゴット様の帰還で、島は元々の状態に戻ります」
「もっと早く王を戻してって王都に言えばよかったじゃないですか」
「新しい王が立つたび、代々の領主は帰還のお願いをしてきました。新しい王が破壊王か再生王かは、分かりませんが。とにかく、毎回お願いするのが領主の務めです」
「フィリップ陛下は、もしかしたら破壊王かもしれませんわね。伝統や慣習をバッサバッサ改善されていますもの。お父様は、博愛ですから、破壊王ではないような。あ、でも妻たちの心を破壊しているかも」
ハハハハ、乾いた笑い声がマーゴットとマーティンからもれる。
「残念ながら、破壊王は一度も帰って来られませんでした。今では、そもそもこの地が王国の始まりだったこと、王がふたりいたことも忘れられているのではないかと」
「あり得ますね。私、ひととおりの教育は受けましたけれど、そんなことこれっぽっちも聞いたことがないです」
「やはり、そうですか。捨てた側は、捨てたものを思い出したりしませんよね」
「まあ、ほら。ちょうどよく私が追放されてきてよかったということで。ね」
細かいことはよく分からないけれど、強引にまとめるマーゴット。自分は今まで通り草刈りをやっていればいいのだろうと。難しいことを考えるのは領主であるマーティンの仕事だし。そんなことを考えていると、ぞろぞろと島民たちがやってきた。
「マーゴット様がマーティン様を泣かせてる」
「まさか、告白?」
「え、マーティン様、振られた」
失礼なことをつぶやく人たち。
「告白されてませんし、振ってません。世界樹ができたので、感動されてるだけですよ」
マーゴットはありのままを伝えた。
「急に大きな木が伸びたので、驚きました」
「まさか、世界樹をこの目で見るとは思いませんでした」
島民十人が手をつないでも、まだ足りないぐらいの太い幹。
「ここがリゾート用のホテルになります。小さな木の家を枝の上に建てればいいんじゃないかしら」
トレントとお世話猫が頷いているので、方向性は合っているようだ。
「それにしても、こんな場所があったなんて、まったく知りませんでした」
「隠れた秘境みたいじゃないですか」
「神殿までありますね」
島民たちは、自然と神殿に集まり、跪いて祈りを捧げた。マーティンは幸せそうに笑った。
***
島民が、ホテルづくりに精を出し始めたとき、王宮では覇王フィリップが動揺していた。
「ユグドランド島に世界樹ができただと? バカな」
「世界樹かどうかは議論が待たれるとしても。対岸から見えるほど巨大な木であることは確かです」
部下が出て行ったあと、フィリップはじっと考え込んでいる。代替わりの際に、父王から伝えられた言葉。
「王は、いずれ始まりの地に帰らねばならない」
肝心の始まりの地がどこかは伝えられない。失伝したのだろう。
「そういえば、ユグドランド島の領主から、破壊王のお帰りをお待ちしております、という手紙をもらったことがあるが。何をふざけたことをと思っていたが」
まさかな。あんな小島が始まりの地なわけがあるまい。誉れ高きノイランド王国の王都は、こここそふさわしい。断じてあんな小島ではない。
「庭の魔植物に世界樹のウワサ。忌々しい」
フィリップはギリギリと唇を噛んだ。
「その上、パンまでまずくなったときている」
フィリップは、パンが好きだ。好きだったと言う方が正しいか。フワッとモチッと香ばしいパン。毎食、五つ六つと食べたいところを、グッとこらえて三つにしていた。パンを食べすぎると太るからだ。たるんだ体の覇王など、見苦しいではないか。フィリップの美学がパンを思いっきり食べることを許さない。
それなのに。楽しみにしていた三つのパンが、まずいときたら。
「何を楽しみに生きていけばいいのか」
ダンッ フィリップは机を叩く。
「呼び戻すか」
いや、追い出しておいて、すぐに呼び戻すのは、ないな。フィリップは、まずいパンを食べる運命を受け入れた。
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