13. 目覚め
破壊王が去ってから、眠っていたトレント。草木と一体になり、ゆるゆると半覚半睡の状態で長い年月がたった。取り残された王の悲哀も、伸びたいのに伸びきれない草木の不満も、汚れていく土も、閉塞感に窒息しそうな民も。トレントは見てきた。
肥沃で魔力の豊富な土壌。破壊王がいないと、あっという間に魔植物と魔物がはびこる。残された民は、少しずつ陰の気が多い北の方に住居を移していった。南の方は陽の気が多い。植物を成長させる力が強い再生王がいると、植物が繁殖しすぎてしまう。草を刈り取る破壊王がぬきで、南に住むと人が植物に飲み込まれてしまう。
死の気配が濃厚、植物が育ちにくい北の地なら、再生王が住むことでちょうどよくなる。北の地で細々と生き残る人たち。刈る人のいなくなった南では、魔植物と魔物が我が世の春を謳歌するようになった。だが、それもそれほど悪いことではない。よそ者を寄せつけない、天然の要塞となっている。おまけに海にはシーサーペント。厳しい海流とシーサーペントで、船はめったに来ない。破壊王の帰還まで、島はひっそりと閉じていった。
ダンッ ドシンッ 破壊王の帰還はすぐ分かった。揺れ動く大地、ざわめく草木、歓迎に打ち震える大気。刈る気満々の、若き王が戻った。トレントは強張った体を少しずつ動かす。長年、一体となっていた草木はなかなか離れない。それは、お世話猫も同じだった。絡みつく草木やツルからなんとか逃れようとしていたとき。覇気が近づいてきた。
ギラギラと光る大きな目、朝日に輝く刃。あっという間に雑草は刈られていく。お世話猫は運よく破壊王に気づいてもらえたから助かったが。トレントはもう少しで真っ二つにされるところだった。危ういところで、破壊王のハサミと絡みつく草木から逃れたトレント。慌てて森の中に隠れたのだ。まだ力を出し切れない。もっと覚醒しなければ。あの破壊王の勢いに勝てない。
「王を導かなければならないが。できれば己の力で答えにたどり着いてもらいたいものだ。答えをすぐ教えると、成長しないからの」
トレントの願いは、まったく届かなかった。遠慮がなくグイグイくる系の王女マーゴット。図々しく、距離を縮め、あっさりとトレントから答えをもぎとる。やり手と言ってもいいかもしれない。
一方、お世話猫はやる気に満ちあふれている。お世話猫の仕事は、破壊王を癒すこと。
マーティンもマーゴットも気づいていないが、マーティンに、マーゴットは癒せない。並び立つ拮抗する王。マーゴットはマーティンを刈れないし、マーティンはマーゴットを癒せない。
破壊王を癒せるのは、お世話猫だけなのだ。ずっとお世話できる主人を待っていたお世話猫。やっと仕事をさせてもらえるので、ウキウキしている。
マーゴットは柔らかくてかわいらしい女王。お世話猫の腕が鳴る。モサモサの髪をときほぐし、ブラシでツヤを出し、目覚めのジュースを飲ませ、草刈りにお供する。日差しがきつい日は、真っ白な肌が赤くならないよう、そっとオマジナイをかける。柔らかい手の平にタコが出来ないよう、念入りにマッサージ。寝返りを打って掛け布団がずり落ちていないか、夜中にそっと確認。草刈りハサミを磨き、刃を研ぐ。
お世話猫の毎日は充実している。たったひとつ。たったひとつだけ、待ち望んでいることがある。名づけだ。前の王は、守るという意味の、シュッツェという名をくれた。麗しくて朗らかなマーゴット女王。どのような名前をつけてくれるだろうか。お世話猫はソワソワしながら楽しみに待っている。ところが、待てど暮らせど名前をつけてもらえない。たいてい、モフ猫ーって呼ばれている。
あれ、私の名前、モフ猫で決まり? お世話猫は不安になった。モフ猫は人の言葉は話せない。でも、トレントなら分かってくれる。モジモジしているお世話猫に代わって、トレントが突っ込んでくれた。
「破壊王よ、お世話猫に名前をつけてやってくれ。ずっと心待ちにしておる」
「名前。モフ猫でいっかと思っていたけど」
マーゴットはがっかりしているお世話猫の様子を見て、慌てて言葉続ける。
「えーっとね。そうねえ。本で読んだのだけれど。生命の樹ケセドと大天使ツァドキアルの冒険譚。ちょうどいいんじゃない。トレントはケセドで、モフ猫はツァドキアル。どうかしら?」
突然考えた割にスラスラといい案が出て、マーゴットはご満悦だ。
お世話猫は、予想以上に豪勢な名前に感極まって、言葉も出ない。いや、元々話さないが。
大天使、まさか大天使の名をもらえるとは。大天使といえば、真っ白な翼。ニワトリみたいな。いや、ニワトリはどうなのかしら。卵を産むのはいいところだけれど。あの小さな羽でこの巨体を持ち上げられるとは思えない。毛の部分が多くて実の部分は小さいけども。でもでも。もっと大きい鳥の方がいいのでは。でないと、体と釣り合わない。何かしら。ワシ、タカ、ペリカン。どれも白くないわ。白くて美しい大きな翼。白鳥だわ。白鳥ー。
ペカー、トレントが金色に輝き、ファッサア、お世話猫に真っ白な翼が生えた。
「うーん、できすぎ」
生命の樹と大天使に進化した風の二体を見て、マーゴットは頭を抱えた。
ツァドキアルは呼びにくいので、ツァールと短縮された愛称で呼ばれることが多くなったお世話猫。大天使ツァドキアル、はたまた皇帝ツァール、名前が重すぎるのでは。でも、名づけは名づけなので、名前にふさわしい立派なお世話猫になる所存である。誇らしい気持ちで、マーゴットのお世話をし、世界樹にホテルを建てている人たちをせっせと手伝う。




