裁判長vs魔女
ザワザワ……。
傍聴席が騒がしくなる。
審問官サリエルも、兵士ラスクも、隊長バルシも、他の者たちも唖然としている。
――裁判長はいったい何を言ってるんだ?
「どういうこと?」
エレーナが当然の疑問を口にする。
「実は『魔女を探せ』というお触れを出したのは私なのだ」
「なんですって?」
この魔女騒動の黒幕はゴルドーだった。
「理由を聞かせてちょうだい」
「分かった……」
ゴルドーが語り始める。
「私はかつて兵士だった。巨大なハンマーを振るい、幾多の戦場を駆け抜けた」
皆が驚くが、バルシは思い出したかのように発言する。
「そういえばまだ吾輩が新米だった頃……戦場で無敵を誇ったハンマー使いがいた。あれは裁判長だったのかッ! 今の今まで気づかなかった……」
「気づいて下さいよ」と呆れるラスク。
裁判長の独白は続く。
「しかし、私はハンマーを極めるうち、この力をもっと他の場所で振るいたいと考えるようになった。やがて私は司法の場で振るうことを思い立ち、裁判長になったのだ」
「ゴルドー閣下は異色の経歴をお持ちなのだ」サリエルが神妙にうなずく。
「異色すぎない?」突っ込むエレーナ。
「裁判所でハンマーを振るい、私は数々の裁きを下した。その日々は重責ではあったが満足ゆくものだった。だが、いつしか私の中に眠る戦士としての血が再び沸き立った」
――私は裁判長としてハンマーの腕をさらに高めた。
――また戦ってみたい。
「とはいえ、我が国に私と対等に戦える者などいない。世界中を探してもいるかどうか。私は諦めてかけていた。もう二度と戦いでハンマーは振るえないのか、と」
心底残念そうに目をつぶるゴルドー。
「……しかし、思い出したのだ。かつて迫害され、姿を消した魔女ならば……私と戦えるかもしれぬと。魔女ならば私を満足させてくれると思ったのだッ!」
「で、お触れを出したってわけ? 『魔女を探せ』って」
「その通りだ。私は魔女と是非手合わせ願いたい。頼む、戦ってくれッ!」
ゴルドーの言葉にエレーナは――
「いいわよ」
「本当かッ!」
「ただし戦うならこっちもそれなりの見返りが欲しいわ」
「当然の要求だ」
「もし私が勝ったら、魔女を迫害するのをやめてちょうだい。私たちも魔女の里でコソコソ暮らすのはもうこりごり。いくら魔法が使えるといっても私たちはしょせん少数だしね。私たちの存在を認めると、あなたの言葉で声明を出して欲しいのよ」
「よかろう」
即答だった。
ゴルドーが席から立ち上がる。巨体い。確実に2メートルは超えている。
ハンマーも巨大い。人一人を楽々叩き潰せるサイズ。
「いっとくけど、どんなに大きくても私の魔法には無力よ」
「では参る」
ゴルドーはハンマーを振りかぶった。
それを思い切りエレーナめがけ叩きつける。余裕でかわすエレーナ。
ドゴォンッ!!!
地響き。
ハンマーが当たった床には、なんと直径20メートルほどのクレーターが出来ていた。
「な……ッ!」
エレーナも目を丸くする。
「さすがは魔女だ。次は本気で打つ!」
ゴルドーの二撃目。
「シ、シールドッ!」
シールドを張る。が、ハンマーの威力に押されて……。
「ウソ、ヒビが……!」
ドォンッ!!!
シールドを破られこそしなかったものの、押し込まれる。
突如恐ろしいバトルが始まってしまった。
なのに傍聴席から逃げ出す者は一人もいなかった。
「こんな戦いを見られるなんて俺たちは幸運だ!」
「お買い物帰りに来てよかったわ!」
「どっちも頑張れェッ!」
何かのウイルスでも蔓延してるのか、と思うほどの熱狂ぶり。
サリエルもバルシも同様だった。ラスクは逃げようとしたが、バルシにつかまった。
とにかく裁判所に来ていた者どもは観客に徹することに決めたようだ。
「やるな……」
「あなたこそ……」
エレーナは今の今まで裁判長を見くびっていたことを悟る。
「なら……こっちも本気で行かせてもらうわ!」
エレーナの体に魔力が溜まる。
「黒炎!!!」
ゴォアァァッ!!!
漆黒の炎がゴルドーを包み込んだ。常人なら一瞬で黒焦げになるところだが――
「熱いな」
ゴルドーは法服が焼け、軽い火傷を負っただけで、さして効いてはいなかった。破れた服の隙間からは、質と量を兼ね備えた彼の肉体美が垣間見える。
「炎だけじゃないわよ!」
エレーナは続いて猛烈な寒波を生み出した。
「呪氷!!!」
パキィンッ!
ゴルドーの全身が凍り付いた。氷像と化したゴルドー。これは勝負ありか、と思われたが……。
「ぬうううんっ!!!」
ガシャンッ!
氷を気合で砕き、あっさりと脱出する。
「よき寒さだったぞ、魔女よ」
炎も氷も効果は薄い。ならば!
「豪雷!!!」
ズガァンッ!!!
光の柱のような巨大雷が、裁判所の屋根を貫いてゴルドーを直撃した。こんなものを喰らったら感電どころでは済まない。
「まさに痺れるような一撃だった……」
これも耐えられた。唖然とするエレーナ。
「こちらの番だな。ぬふぅんッ!!!」
ハンマーを豪快に振り回す。あれ程の猛攻を受け、切れは全く落ちていない。速度が増してすらいる。
「なんて奴なの……!」
ハンマーに追い詰められ、劣勢に立たされるエレーナ。両手を掲げ、呪文を唱える。傍聴人にも目視できるほどに魔力が集中していく。
「なんだあれは!?」と驚くバルシ。
「黒い魔力が溜まっていく……これが魔女の奥の手か……ッ!」と解説するサリエル。
「お母さん……」と嘆くラスク。
三者三様のリアクションをしてくれたところで、魔法の準備が整った。
「ここまではしたくなかったけど……仕方ないわね」
「暗渦!!!」
――ズオオオオオッ!
空中に暗黒の穴が出現したかと思ったら、瞬く間にゴルドーを呑み込んだ。まさに蛇が蛙を呑み込むが如しであった。
後に残ったのは静寂のみ……。
暗黒空間に吸い込まれたゴルドーは永遠の闇を彷徨うのだ。
「……ごめんなさい」
エレーナも裁判長をこの世から追放したことを悔いた表情をしている。魔女が手加減できない力量だったのが、ゴルドーの不幸だった。
ところが――
メキメキ……。
空間が音を立てる。
亀裂が入り、中から人間の両手とハンマーが出てきた。
「ぬおおおおおお……!!!」
立て付けの悪い戸をこじ開けるように、空間をこじ開けるゴルドー。
「なんですって!?」
傍聴席がワァッと盛り上がる。
ゴルドーは帰ってきた! ゴルドー・リターンズ!
ゴルドーの息は切れていた。空間をこじ開けるのは流石に大仕事だった様子。さて、対するエレーナだが――
「くっ……!」
こちらは燃料切れだった。
暗渦に全魔力を使ったので、なんの力も残っていない。もはやそこらの若い娘と変わらない強さ。
「終わりだ……」
「そのようね……」
「これで……この勝負は決着するッ!」
ゴルドーがハンマーを振るうと――
ボロッ……。
ハンマーが折れた。ボロボロと朽ち果てていく。数々の魔法にゴルドー自身は耐えられたが、ハンマーは耐えられなかったのだ。
「やはりな……」
こうなることを知っていたかのような言葉。
「裁判長の命といえるハンマーを破壊された。――私の負けだッ!!!」
ゴルドーが敗北を認めた。
ワァァァァァッ!!!
裁判所に歓声が上がる。
勝者であるエレーナは納得いっていない様子だ。
「ちょっと待って! あなたは勝てたはずよ! たとえば素手で殴っていれば……」
「素手で殴れば、それはもはやただの暴力。裁判長である資格はなくなる。ハンマーを破壊された時点で私は敗北していたのだ」
実に理にかなっている。
「いや、素手でもハンマーでも暴力は暴力じゃ――」
ワァッ!!!
ラスクの無粋な独り言は、沸き上がる観衆によってかき消された。
「今この時をもって、裁判長である私の権限で魔女への迫害を厳禁するッ!!!」
ウオオオオオオッ!!!
傍聴人らの熱気は最高潮に達し、スタンディングオベーションを始める。号泣している者すらいる。
サリエルとバルシも拍手している。ラスクも空気を読んで拍手する。
魔女の迫害禁止が決まった。
これでもう、魔女は里でこそこそ暮らさなくてよくなるのだ。町でショッピングを楽しんだり、スイーツをたしなんだりできるのだ。
エレーナはゴルドーに柔らかな笑顔を浮かべる。
「ありがとう」
「礼など不要だ。私は約束を守っただけのこと」
「また……会えるかしら?」
「かまわんが、私はもう年だぞ」
「最初に言ったでしょ? 私……年上がタイプだって」
ワァァァァッ!!!
ちょいといい仲になった二人に、裁判所は大盛り上がりとなった。
今日裁判所に居合わせた者たちは幸せである。
この魔女裁判は間違いなく、未来永劫語り継がれてゆくであろう……。
ゴルドーは素手を振るい、高らかに宣言する。
「魔女裁判――これにて閉廷ッ!!!」
― 完 ―
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