第7話
憑神は畑に一歩畑に足を踏み入れた瞬間、まるで目に見えない透明な膜のようなものを通り抜けた感覚を覚える。
そして気が付くと辺りの森は不気味にねじれた幹を持つ木々に変っており、夜空には赤ざめた月が煌々と辺りを照らしていた。
畑の中をイノシシ目掛けて突進する”左手を右手で振り回す”裸足の少女に 憑神は大声で声を掛ける。
「おーいっ、ちょっと待って!」
「えっ、誰、なのー?」
左手を右手でだらりと垂らし、その黒いワンピースの少女は立ち止まると不思議そうに尋ねる。
憑神は素早くスーツの内ポケットから名刺入れを引き抜くと、憑神は営業職の身のこなしでその少女に手渡す。少女は手渡された名刺を上下に回したり裏返したりしたりしたが、何かに納得したように大きく頷く。
「あた、し文字、読めな、いー」
「ああ、ごめん。そこには”芸能プロダクションZOZOZO マネージャー 憑神 明”って書いてあるんだけど。ここら辺りでに住んでる、君を作った人って知ってる?」
憑神は目の前に居るまさしく生きた死体であろう少女に問いかける。
明るい月光の下、その少女の肌は生き生きとしているのが憑神の目に取れたが、自身の腕をまるでオモチャの様にして遊ぶそのサマは生きた人間ではなくゾンビであると容易に判別できたのだ。
「ん、んー? 大狼、様のことー?」
少女は長い黒髪を指で弄びながら答える。
「あーうん、たぶんその人かな。今からその人と話が出来るかな?」
「ちょっと、待って、てー。コラー、そのキュウリ、あた、しのだー」
そのゾンビ娘は戻ってきて再度畑を荒らし始めたイノシシを追いかけ始める。たどたどしく話はするものの、機敏に動くその少女をぼうっと見ていた憑神は、一緒に居たはずの一葉が居ないことに気が付いた。
辺りを見渡しても一葉の姿はない。
「あれっ、一葉のやつどこに行った?」
憑神が再び追いかけっこをするゾンビ娘とイノシシに目をやると同時に、ちょうどイノシシの数メートル先に落ちる手の平大の箱。
コンッと小気味良い音が小さく響いた瞬間、その箱からまるでびっくり箱のピエロのように一葉が飛び出してくる。
「ばぁっ!」
イノシシは急に飛び出してきた一葉に驚いて鳴き叫ぶ。そして畑から森の中へと逃げ去っていく。
その様子を見ていたそのゾンビ娘は目を丸くしていたが一拍置いて歯を見せながら笑う。
「あは、はっ、あなた、凄い、ね。なんで、手伝って、くれたのー?」
「だってあのイノシシを早く追い払わないとボクと憑神さんがずっと待ちぼうけじゃないか」
「あは、はっ、うん、ごめん、ねー。そう、いえば、あなたの、お名前、は、なんて、言うのー?」
「ボクは羽子 一葉。というか人に名前を聞くなら、まずは自分からじゃないの?」
「あーうん、そう、だねー。あたしは、火羽 恵。よろ、しくねー」
「こっちこそよろしくね、火羽さん」
「恵で、良い、よー。じゃあ、大狼様の、ところに、案内する、ねー」
そう言うと恵は左手を体にまるでプラモデルの腕のようにはめ込むと、畑をフラフラと出て行く。
一葉は畑でぼうっと見ているだけの憑神に、満面の笑みでVサインをすると恵のあとを追いかける。憑神もまた、ハッと気が付くと一葉と恵を追いかけるのであった。




