胸中と危機
「身体強化!」
俺は何度目になるかわからない身体強化のスキルを発動させた。
レベルアップの際に脳に流れてきたスキルの使い方。
それは、スキル名を言葉することだった。
身体強化(小)はその名の通り身体能力を僅かに上昇させるものだった。
小と書かれてはいるものの、正直このスキルは凄い。
とんでもなく身体が軽くなるし、殴る力もかなり強い、さらには敵の攻撃を受けてもそこまで痛くないという万能スキルだ。
「はぁっ!」
30体目のゾンビを棒で殴り飛ばす。
保健室を出てからほとんど移動していないのに、これだけの敵を相手にすると疲れるのは当然だ。
近衛を守りながら、命のやり取りをする。
心と身体が疲弊していくのが分かった。
さらに悲報だ。
何回か使っていて分かったがこの身体強化のスキル、使えば使うほど体力を消耗するらしい。
現に今の俺は息が荒く、汗はとめどなく全身から溢れ出している。
「くそっ…はぁ…はぁ…」
「佐々木、大丈夫なの?汗の量半端じゃないんだけど…」
「…はぁ…はぁ…できれば休みたい所だけど…そうも言ってられないだろ」
目の前にはまだ何十体ものゾンビが俺たちの方にフラフラと歩いてきている。
コイツら動きは遅いけど力は強い、それに身体強化を使っていないと、俺が本気で殴らなければ倒せない程頑丈だ。
疲れていても無理やりスキルを使わざる終えないのだ。
「い、一回保健室に戻れば——」
「…後ろ見てみろ、さっきいなかったゾンビがこっちに向かってきてる。きっと上の階と下の階から流れてきたんだ」
「ホントだ…これ絶対絶命じゃん!どうするの!?」
「……」
近衛に返す言葉が無かった。
目の前のゾンビ達を倒して、階段を降りたとして体育館に行くにはもう一本長い廊下がある。
きっとそこにも大量のゾンビがいるはずだ。
このまま進んでもジリ貧、ならば…。
「近衛って高いところ平気か?」
「え?まあ苦手とかではないけど…」
「よし、ならこっちだ!」
「ちょっと!どこ行くの!?」
俺は廊下進行を諦め、二年生の教室に入りベランダに繋がる窓を開けようとした。
しかし、もともと建て付けが悪かったのか開く気配がない。
仕方ないので持っていた棒でおもいっきり窓ガラスを割った。
パリーンッと甲高い音が鳴り、辺りにガラス片が飛び散る。
「あんたって結構凶暴だよね…」
若干引いたように近衛が呟く。
なんとでも言え、生き残るためなら手段は選ばない。
「ベランダから下に飛び降りるんだ。この高さならなんとかなる」
「はぁ!?高いってそういうことだったの!?無理に決まってんでしょ!」
「けどここしかもう道がない。幸い下のゾンビは少ないし逃げるスペースもある。足の遅いアイツらに襲われることはないぞ」
「降りるときに怪我したらお終いじゃん!」
ここに来て近衛が駄々をこね始めた。
近衛は正しいことを言っていて俺がおかしいのは理解している。
だが、生きるためにはここを降りるしかないんだ。
そうこうしている間に教室に一体、二体とゾンビが入ってきていた。
「時間を稼ぐ!決心したら言ってくれ!おおぉぉぉ!!!」
ベランダで狼狽えている近衛を残して教室に入ってきたゾンビに棒で殴りかかる。
先頭の二体を一撃で殺す。
しかし三体目の頭に棒がぶつかる手前で身体強化の効果が切れ、ゾンビを殺すことができなかった。
しまった!話していたせいでスキルの効果時間を考えていなかった!
そう思った時には、俺は別のゾンビに横腹を殴られていた。
「ぐぁぁあ!!!」
「佐々木っ!」
とんでもない力で殴られた俺は教室の端まで吹き飛ばされ、黒板に背中を打ち付けて倒れた。
今の一撃で確実に胸骨の一部が折れた。
朦朧とする意識は、激しい痛みと口の中に広がる血の味が、嫌でも俺を現実に留めてくれた。
「ぐっ…がはっ…に…逃げろ…近衛…」
「で、でも!」
俺を置いていけない気持ちと恐怖心がごっちゃになり、近衛は複雑な表情で外とゾンビと俺を順番に見る。
…時間を稼ぐと言っておきながらこの体たらくだ、ここで近衛が殺されたら俺は…そんな嫌な考えが頭を過る。
悩んでいる間にも、少しづつ近衛に近づいていくゾンビの集団。
「おい!…近衛!」
ゾンビが近衛に攻撃しようと腕を振り上げた時だった。
「…ダメ、絶対むり!」
近衛は叫びながらゾンビの横を間一髪ですり抜けて俺の方に駆け寄ってきた。
うつぶせに倒れていた俺の頭を自らの膝に乗せる。
膝枕だった。
「な、なにして…」
「こんな状況で置いていけるわけないでしょ!?あーもう!一瞬でも迷ったうちがバカだった!今まであんたのことよく知らなかったけど、今日で性格はだいたい分かった。自己犠牲なんて今どきカッコよくないって知ってた?」
呆れた顔でそう言う近衛。
はぁ!?誰が自己犠牲だって?
俺は俺の思った通りに行動してるだけだ。
自己犠牲だなんて思ったことは一度もない。
「…知らねーよそんなこと」
「へー、あんたって結構バカなの?」
「お前よりはテストの点数が良い」
「あっ!それは言っちゃダメっしょ!」
「って、こんなことしてる場合じゃねぇ!後ろ!ゾンビ!」
話していたせいでゾンビがすぐそこまで来ていた。
しかし、近衛は動かない。
ゾンビに背を向けたまま俺の顔を見た。
な、なんだよその顔…。
「私、こんな見た目してるから結構怖がられたりさ、先生から目付けられたりするわけ」
「は?なに言って…」
「シングルマザーのママに甘やかされて育ったし、仲のいい友達…雪乃がいたからそれなりに楽しかった。でも男はずっと嫌いだったの。昔、パパがいた頃はいつも暴力を受けてたから…」
そう言って左腕の制服の袖をまくると、酷い火傷の痕が残っていた。
「これ、昔パパにやかんのお湯かけられたの。これが原因でママは離婚した。私も男は暴力ってイメージが付いちゃって嫌いになった」
なんで俺にこんな話するんだ?
今日初めて話した、俺なんかに…。
「でも今日、あんたは黒田の暴力に抵抗した。やり返さなかったし、その後もうちを守ったりしてくれた。こういう優しい男もいるんだなって思った。まあ、保健室に付いてったのは、私が雲雀さんに憧れてるから役に立ちたかっただけなんだけどね」
照れたように笑う近衛。
おい、待て、なんだその感じ。
まるで最後みたいな、そんな雰囲気で話を続ける近衛。
ゾンビはもう目の前だった。
「大丈夫、死ぬときはうちも一緒に死んだあげる。最後にあんたと話せてよかった。ありがとう佐々木」
「おい!まて!駄目だ!くそっ!」
動けよ俺の身体!なんのために格闘技を習ってきたんだ!
骨が折れたくらいでへばってんじゃねぇ!
…しかし、俺の思いとは裏腹にダメージを負った身体は一切動かない。
ゾンビが腕を振り上げる。
近衛は俺の頭にギュッとしがみついた。
目を閉じて震えている、俺の頬には耐え切れなかった近衛の涙がこぼれ落ちた。
プツッ
そのとき、俺の中で何かが切れた。
『extra skill・狂乱が発動されました』
最後まで読んでいただきありがとうございます。
改善した方がいい箇所など教えて頂ければありがたいです。




