プロローグ
平凡な毎日。平和な日常。そんな当たり前の日々が一生続くと思ったら大間違いだ。
たった一つの出来事で運命は劇的に変わるし、それによって生じる現象は必ずしも良いこととは限らない。
そう、俺もまた平和な日常がずっと続くと思っていた凡人、ただの男子高校生に過ぎないのだ。
「てめぇ…舐めてんじゃねぇぞ!」
「…悪いけど、俺に男を舐める趣味はない」
「馬鹿にしてんのか!いいか!てめぇみたいな雑魚が俺に歯向かってんじゃねぇ!」
ドンっと胸をど突かれて俺は後ろに数歩下がった。
どうしてこのような状況になったのか。
簡単なことだ。
真っ赤に染めた髪をオールバックにしたこの男、黒田恭二は事もあろうに教室内で男子生徒から金を巻き上げていたのだ。
少し話を聞いていたが、男子生徒をパシリにして飲み物を買って来させたが、買ってきた飲み物が要求と違うという難癖をつけていた。
さらに、飲み物はその男子生徒の金で買わせたもので、間違えたからと言って何故さらに金を取られなきゃいけないのか。
俺はそれを指摘したのだがそれが気に食わなかったのか、今の状況に至った訳だ。
「俺は間違ったことを言ってない。黒田、お前こんなことしてて楽しいのか?」
「五月蝿ぇ!てめぇに説教される筋合はねぇんだよ!」
バキッという音と共に頬に痛みが走った。
殴られたと気づいたのは後ろにあった机に背中からぶつかり、机と椅子に絡まりながら派手に吹っ飛ばされてからだった。
「きゃあ!!!」
「誰か先生呼んでこい!」
周りが何やら騒がしい。
しかし、痛い!とても痛い!僅かに涙も出てる、あ、口から血が出てきた!
「へっ、ザマァ見ろ」
「…いってぇな。そんなことばっかしてると退学になるぞ」
「はっ!別に気にしねぇよ」
「貴様ら!何をしている!」
凛々しい女の声。
その声はよく、全校朝会や生徒総会などで聞いたことのある声だった。
雲雀麗花。
黒髪ロングヘアーがこれほど似合う人を今までに見たことがない。
そう思わせるほど綺麗な女生徒…いや、この学校の生徒会長だ。
「ちっ」
「おい!待て!まだ話は終わってないぞ!」
「五月蝿ぇな!ぐっ!?」
雲雀麗花が黒田の肩を掴むと、黒田はそれに反応して手を振り払おうとした。
しかし、それをされる前に腕を後ろに固めて黒田の動きを止めた。
うわ、なんだあの動き…滑らか過ぎてきもい。
「悪いが生徒指導室まで来てもらうぞ。そっちの倒れている男子生徒は保健室まで行って欲しい。このクラスに保健委員はいないのか!」
「は、はい!うちです!」
「君か、この男子生徒を保健室まで連れて行って欲しい。頼めるかな?」
「は、はい!」
と、勝手に話が進んでいくが俺は気になってしょうがない。
保健委員だと手を挙げたのが、このクラスでギャル系女子グループのリーダーである金髪ギャル近衛色葉だったからだ。
あれ?お前って委員会入ってたっけ?
「うち、委員会とかめんどいんでパスしまーす」って、言ってなかった?
「それでは頼むぞ。あとで私も保健室に顔を出す」
「任せてください!うちにかかればどんな傷もすぐ治せますので!」
そう言って雲雀麗花は教室を出て行った。
さて、後に残ったのは妙に元気の良い近衛と口から血を出して身体を痛めている俺、呆然とするクラスメイトたちだ。
普通に最悪な展開だが、俺は近衛と話したことがない。
一年前、高一のときは別のクラスだったしな。
「ちょっとあんた!早く保健室行くよ!ほら立った立った!」
「お、おい…!俺は一応怪我人だぞ!?」
「はいはーい、大丈夫なら保健室行きましょーねー」
「聞こえてんのか!?怪我人って言ってるだろ!?」
「あ、みんなは先にカラオケ行ってて良いから!うちは後から行くね〜」
「おい!人の話を——」
「はい、れっつごー!」
誰か、こいつに日本語を、いやコミュニケーションの取り方を教えてあげてくれ。
近衛はギャル仲間に声をかけると、俺の手を強引に掴んで教室を出て行った。
怪我人を強引に保健室に連れて行く奴を、俺は保健委員とは認めません。断じて。
*
「んー、救急箱どこだろ〜」
「おい自称保健委員、なんで保健委員が救急箱の場所知らないんだよ…」
「いや、うち保健委員じゃないしー」
こいつもう保健委員じゃないって自分で言っちゃったよ!
何が目的なんだ?
皆目見当もつかない…。
「あった!これでいい…よね?赤いプラスが書かれてるし絶対これ!」
「おーい、そんなんで大丈夫なのか?」
「まあ…なんとかなるでしょ。うん。えいっ」
「いてぇ!き、傷口にいきなり消毒液かけるなんて、お前恐ろしいな…なんか一言あってもいいだろ?!」
腕の擦り傷に直接消毒液をブチュッとかけると、ティッシュで優しく拭きながら丁寧にガーゼを貼っていく。
なんだ…意外としっかりやってくれるな。
見た目とのギャップもあって、近衛はかなり女子力が高いように思えてきた。
「そんだけ元気あれば大丈夫っしょ?ほら、上着脱いで、背中に湿布貼ってあげる」
「いや、その…」
「恥ずかしがらなくていいから、ほら早く!」
「ぁぁーー!」
学ランとワイシャツ、Tシャツをささっと脱がされてしまい、俺はあっという間に上半身裸になってしまった。
ここまでくればもう何もできない。
俺はおとなしく近衛に背中を向けた。
「あんた…けっこういい身体してるね」
「ん?そりゃどうも。一応家が格闘一家なんでね、総合格闘技を少々…」
「へー、総合格闘技?って楽しいの?」
「楽しい…とは思わないけど、つまらなくはないな」
「めんどくさい答え方」
「悪かったな」
「そんなの習ってるなら、黒田なんて簡単に倒せそうじゃない?パンチでワンパン!とか?」
「格闘技は喧嘩で使うもんじゃない。逮捕されちゃうからな」
「ふーん、そういうもんなんだ」
近衛が俺の背中に湿布をペタペタ貼り、その間どうでもいい会話をしていると、突然校内放送が流れた。
この放送が、俺の日常を、平和を、呆気なく奪い取って行く合図とも知らずに。
「ぜ、全校生徒に連絡です!急いで体育館に集合してください!繰り返しまっ——うわ、やめっ、ぎゃぁぁぁぁぁぁ!———ギギギャァァァ!ブツッ…」
時間にして数秒。
たった一つの放送で、俺は何かが変わる気がした。
そう、これは序章だ、物語の序章が始まったに過ぎないのだ…。
書き終わって気付く、主人公の名前が出ていないことに…。
最後まで読んでいただきありがとうございます。




