シュバルツバルト、森の中のそのまた奥の森‐③
剣?いったい何のことだろう……
「お、あったあった」
三改木が晒菜の目の前にドシンと置いたもの……それは……
「ま、まぐろ……」
立派なクロマグロ、テレビなんかでよく見るようなあの大きなマグロまるまる一匹だった。
「な、なんですか……・これ……」
「なんだなんだ。升麻君はマグロも知らないのか?」
「そういうことを言ってるんじゃありませんよ。なんでここにマグロがあるのかってことですよ、森羅さん」
「だから言っただろう、君の剣を研いでもらうと」
「剣を研ぐって……まさか僕にこれで戦えって……そんな……」
いくらなんでもふざけ過ぎだ。正直武器にするなら、もっとましなものがあるだろう。マグロを武器にする人なんて聞いたことがない。それならハンマーとかでいいじゃないか……
突然の三改木の宣告に困惑する晒菜であったが、これが取り越し苦労であったことをすぐさま知ることとなった。
「……?……さっきから升麻君は何を勘違いしているんだ。私は剣を研いでもらうと言っただけだろう? 君の武器は紛れもない君の血だ。今から君には先ほどの戦いで失った血液を回復し、次なる戦いに備えて万全の状態になってもらわねばならない。だから今からこれを君のお腹の中に入れてくれ。なあに心配することはない、おかわりもちゃんとあるぞ」
三改木は破顔一笑した。そして、腰に差してある刀で見事にこのマグロをさばいて見せた。
「最高のおもてなしを、君に……」
「こ、こんなにも食べられませんよ!」
「遠慮はいらない、たあんとお食べ!」
三改木は他にもヒジキやレバー、ホウレンソウなんかをどこからともなく取り出してきた。
「森羅さん、気持ちは嬉しいんですけ……」
「さあ、まだまだあるぞ! ん? 升麻君手が止まっているぞ。育ち盛りなんだし、これくらいは余裕だろう。さあ、食べた食べた!」
三改木はいったいなにに育てるつもりなんだと思いつつも、晒菜は与えられた食べ物を黙々と口に運ぶしかなかった。最初はこんな馬鹿げた量を平らげることなんて無理だと思っていたが、案外いけるもので、晒菜はぺろりと食べ尽くしてしまった。
「良い食いっぷりだ、これが最後の晩餐になるかもしれないんだ、まだまだあるからしっかりと食べてくれ」
三改木がさらっと言った「最後の晩餐」ということが頭をよぎった。これで最期の食事になってしまうのかもしれない。これで俺は死んでしまうのかもしれない、もう帰ってこれないのかもしれない。考えたって仕方のないことだと分かっていても、やっぱり意識しだすと気になってしまう。
「森羅さん、僕たちは勝てるんでしょうか……」
三改木は箸を止め、静かに言った。
「……勝つ、きっとだ。君と私で勝利を掴もう」
三改木の言い方にはどこか安心感があった。くよくよ考えたって何も始まらない。このまま勢いに乗って敵の本拠地を攻めるしかないんだ……
「さあ升麻君、たらふく食べたらしっかり寝てくれ。大丈夫だ、私が万一に備えて見張っておく。だから心配せずに休養をとってくれ」
「森羅さんは……寝なくてもいいんですか?」
「なあに、私は所詮は人造人間。睡眠をとらなくたって平気だ。だから……」
「だから……なんなんですか? 森羅さん。」
「いや、なんでもない……」
三改木は晒菜になにか言いかけてやめた。
「明日は早いぞ。敵の本拠地、シュバルツバルトに乗り込む」
「シュバルツバルト?」
「詳しい話はまた明日だ。それじゃあお休み、升麻君」
「おやすみなさい、森羅さん……」
そう言って布団の中にもぐりこんだ晒菜。
布団の中で晒菜は思い出していた、この数日間のことを……
ほんの前までは病院に籠りっきりだったのに……
気が付いたら世界は色を変えていて、俺の中の血は色が違っていて……
隣の少女と出会って、その後殺されかけて……
突然現れた少女と出会って、その後殺されかけて……
ついには世界を救うことになるなんてな……
長いようで短い数日だった。こんなこと考えているとあたかもこれから死にゆく人間のようであるが、その解釈はあながち間違いではない。というのも晒菜にとっての戦いはこれで終結することになり、良くも悪くもこの戦いで全てのことにけりがつく。
「明日……全てが、終わる……」
――そして朝になった。
「そんな……まさか……こんなことって……」
晒菜が目を覚ますとその横に三改木の姿はなかった。だが、晒菜はそのことに驚いたというわけではない。
「また……だ……」
晒菜が見たものは、あの奇怪で奇抜な……
――緑の雨だった。
ユーグレナプラントを破壊したからもうあの雨は降らないはずだったのに……
「何故……」
「緑威」がユーグレナプラントを破壊されてしまったことを受けて、また新たに施設を開発したと考えるのが自然であろう。そして、三改木がいないのはおそらくそれに気がついたからだ。だが単身で乗り込むなんて……
あまりにも危険すぎる……
そう思っていた時、何かけたたましい爆発音が聞こえた。
「まさか……」
晒菜の予想通り戦闘はもう開始されているようだった。晒菜がぎりぎり視認できる範囲で戦闘は行われているようだが、如何せん距離があまりに遠いためはっきりと見ることが出来ず、何が起こっているのかまでは分からなかった。
「今すぐ行きます!」
晒菜はあのパワードスーツを着ると、すぐさま駈け出した。
「碧血解放!」
――晒菜は向かう。
三改木のいる所へ。
――晒菜は向かう。
緑の雨の発生地へ。
――晒菜は向かう。
「緑威」の本拠地へ。
森の中のそのまた奥の、シュバルツバルトと呼ばれるその場所へ、碧血少年、晒菜は全速力で駈け出していた……
次回は8月28日(月)7時更新です☆




