鉄樹開花、湖面に咲く水の華‐④
「りょーかいです、もちろんです、とうぜんです!」
「……それじゃあ、行ってきます」
そう言って、晒菜と二目木は雄山院長に別れを告げ、午時花病院を後にした……
「とはいったものの、やっぱりこういう道中ってのはやっぱり普通なんだよな」
「そうですね、おびただしいほどに緑にまみれているということを除いたら、やっぱり普通といえるのかもしれませんね」
「まあ、でもやっぱりあの『緑人』ってのは普通じゃないと思うんですけどね……」
「そうだな、あの緑の巨人は最初会った時こそは驚いたが、なんてことはない、秘密兵器があれば一発だな」
「まさかあれほどまで効果があるとは思いませんでしたけどね」
「あ、来たぞ。緑人二頭だ」
「ほれほれ、ぽちっとな」
メラメラと炎があがる。どこにでもあるただのライターだ。緑人はぐらっとふらついたかと思うとそのまま動かなくなってしまった。
「雄山院長の作戦は大成功だな」
「そうですね、こうやって気絶してくれるのなら無駄な殺生をしなくても済むし、ライターさまさまです」
ライターという文明の利器で緑の巨人「緑人」を撃退できると知った今、晒菜と二目木の進行を阻むものは何もなかった。
「これはもしかすると、もしかするかもしれませんね」
「そうだな、前途多難なんてことはない、案外簡単にミッション達成できるかもしれないな……」
「この角を曲がれば、あっという間に目的地到着ですよ」
そう、この角を曲がれば目的地に……
「って……な、なんだこりゃ……」
前言撤回、なにが簡単に達成できそうだよ、ふざけるな。
……そんなとんとん拍子に事が運ぶなんてことあるわけなかった。
「これは……なんなんですか……」
水の華というものを知っているだろうか。淡水で流れのないところでプランクトンが大発生し、泡のように浮かび上がることで、水面に華を咲かせたように見せる現象のことだ。別名アオコ、湖が富栄養化したことの標徴とされることがある。
「うわっ!どろどろしてて気持ち悪い……」
なんで目的地があんな湖面の真ん中にあるんだよ……
こんなにどろどろしてちゃ、泳いで行くなんてことも無理みたいだ。言ってみれば、緑の泥沼という感じで、もし仮にボートがあったとしてもあそこまで漕いで行くということはきつそうだ。
「ここにきて行く手を阻まれたな……」
晒菜はあぐね果てた。どうすれば良いのか、まったく思いつかない……
「ちょっと待っててくださいね」
そう言って、ガサゴソと背負っていたリュックサックの中をまさぐる二目木。
「そんなとこ探したって使えるものなんて入ってないだろ……」
二目木が何を持ってきたのかは把握していなかったものの、もしもということもあるということで晒菜も一緒に探そうと考えた、その時だった……
「そうですね……使えそうなものなんてないですね……沼浮沓ならあるんですけどね……」
二目木は背負っていたリュックからその例の沼浮沓を取り出した。
「それだよ!」
どんぴしゃだった。沼浮沓とは言ってみれば水蜘蛛だった。忍者が水面を歩くときに使っていたといわれる道具、水蜘蛛。
「でも、どうしてそんなもん持ってきてんだよ……」
「私の中のソウルがそう申しておりましたので……」
「ソウルってなんだよ!?」
直感的な何かだろうか、それでもこんなもの持ってく気にはならないけどな……
「……っていうのはまあ冗談で、わが主、雄山院長の取り計らいです」
さすが雄山院長、グッジョブすぎる……
「よし! これであのユーグレナプラントとやらに突入できるぜ!」
そう意気込む晒菜を尻目に二目木は上着を脱いで下着姿をあらわにしていた。
「よっ……と……んっ……」
「って何やってんだ!」
「??」
きょとんとした表情で晒菜のほうを見つめる二目木。
「あれ? これって胸に装着する道具じゃないんですか?」
「…………」
どうやったらそういう発想になるんだよ。何と勘違いしてんだよ……
「あれ? 私の想像してるのと違いましたね……」
しぶしぶ上着を着なおす二目木。まったく何やってんだか……
「よし、今度こそ出発だ!」
「しゅっ……ぱ…つ?! あれ?!」
「升麻! 建物が凍えていますよ! ガクブルってやつですか」
「凍えてるんじゃない、あれは……」
ゴゴゴゴ……
俺たちの目の前で、ユーグレナプラントは轟々と音を立てて崩れ去った。
呆気なく、簡単に、脆く、儚く、
――倒壊した。
「嘘……だろ……」
「升麻!! ファーストミッションクリアーですよ! いえーい!!」
「…………」
不測の事態にたじろぐ晒菜、そして初のミッション達成に大喜びの二目木。もちろん晒菜はこの予期せぬ展開を素直に喜ぶことは出来なかった……
――晒菜たちが目指したユーグレナプラントは、奇しくも湖面に咲く水の華に沈んで消えてしまった……
次回は8月15日(火)7時更新です☆