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48、吸血鬼の血(ルイ視点)

 逃げるように遠ざかる狼男達を、ルイはじっと睨む。

 より部分的にとらえるなら、ルイの鋭い視線の向こうにいるのは、アシリアを攫おうした男を肩に担ぐ一人の狼男だった。

(私の実力を戦わずに気付いたか。あの男強いな……。もう一つ力(、、、、、)を使わねば、倒せぬ、か……)

 手袋を外した手を、ルイはぎゅっと握る。

 同属が殺されていたと言う事実は、とても遺憾(いかん)であった。

 実力主義の吸血鬼にとって、油断した上に、弱点を突かれ、倒されたと言うのは、恥ずべきことだろう。

 だが仲間の死に、悼む心がない訳ではない。

 本来狼男は、剣や槍と言った武器を使う種族ではなかった。

 爪がある素手での攻撃を得意とし、それを誇りとしている説があったのだ。

 それゆえ、銀を仕込んだ剣を使うと言った姑息な手を使うなど、聞いたことも無かった。

(誇りを大事にする種族とばかり思っていたが……。思い込みというのは、やはり怖いものだ)

 しかしそれが、我々の思い込みであったなら、認識を変えねばならない。

 治癒能力が高く、戦闘に優れる吸血鬼は一見無敵のようにみえるが、弱点がない訳でなかった。

 その弱点の一つと言うのが銀だ。

 銀は吸血鬼の力を奪う力を持つ。

 銀の仕込まれた剣を使われれば、吸血鬼から勝ち目は殆ど消える。

 つまり、銀を仕込んだ剣の存在を、戦闘中に気付いたとしても、ルイのように勝てる同属などいないのだ。

「対処しなければ危険だな」

 転がり込んできた大きな問題に、頭が痛くなる思いであるが、今は目を伏せて心を入れ替える。

 次に目を開いた時、ルイはアシリアに目を向けた。

「君が無事で良かった」

 アシリアの横に膝をつき、ケガに触らないように上半身を優しく抱き上げる。

 触診した感じでは、運が良いことに、骨の何本かが折れているだけのように感じた。

 狼男と対峙して骨の何本かで済むなんて、奇跡に近い。

 手加減無しに彼女を気絶させたと、初めは怒りを感じだが、多少は加減をしたようだ。

 気に食わないが、アシリアに執着を抱いていた狼男は、彼女を本気で自分のものにしようとしたのが分かった。

 それでも、骨の何本かが折れたことに変わらないため、捕らえられたりでもしたら、殺す気で殴ると誓うが。

「アシリア……」

 愛しくてたまらない少女の顔にかかる金髪を、抱きしめる手とは逆の手で触れる。

 そして、気を失う少女の頭を自分の膝の上にゆっくりのせた。

「うっ……」

 その際、アシリアが苦悶の表情を浮かべたのを見て、不安になる。

「痛むか……?」

 問いかけるが返事はない。

 無意識のうちに出した呻き声のようだ。

(骨が折れているのは分かっているが、内臓などにも損傷が出ているか? そうであったら危険だな。するつもりはなかったが、致し方ないか……)

 甥のヨシュアの元へ運べば、傷を治せると思ったが、無理に動かさない方が良いと判断する。

 部下たちが来るのも待つのも良かったが、こんな所に寝かしておくのは良くない。

 そうなると、今自身に出来ることは一つだった。

 ルイは手袋を外した手を自分の口の方に近づける。

 そして手首に、吸血鬼特有の長い牙をたてた。

 グチュ……

 肌に牙を埋まると、ルイの口の隙間から赤い血が流れ落ちる。

 それを気にせず、ルイは流れる血を吸い口に含んだ。

 ある程度の血を口に含み、牙を抜くと、流れ落ちた血の跡を残して、肌にある噛み痕は一瞬で治ってしまった。

(治癒力が高いというのは、ある意味難点が多いな)

 これから自分がすることに、ルイはフッと笑う。

 アシリアの唇の下に親指を当て、ルイは口を開かせた。

 そして、自分の口を近づけ、彼女に口付ける。

「んう……」

 息苦しさからか、無意識に頭を振ろうとする彼女の顎を手で押さえ、含んだ血を喉に流し込む。

 並みの吸血鬼なら、噛み痕から血を与えることが可能だが、四鬼将の一人であるルイの治癒能力は常軌を逸していた。

 剣で切られようが、すぐに傷が治癒してしまうため、含んだ血を自分の口から移すしかなかった。

 アシリアの喉が動き、嚥下したのを目で確認する。

「……っ……ハァ」

 口に含んでいた血を全て、流し終えたルイは顔を離した。

 ゆっくりと息をつきながら、彼女の顔色を伺う。

 先ほどまで浮かべていた苦悶の表情が、安らかな表情になるのが分かった。

 アシリアの身体のあちこちにあった微かな擦り傷まで、何事もなかったように塞がっていく。

 力の強い吸血鬼の血は、たとえ重症や不治の病でも、与えるだけで簡単に治す。

 折れていた骨まで元どおりに戻し、損傷していた内部の傷まで完璧に修復したはずだ。

 それでも念を押すように、ルイはアシリアの胸に耳を当てる。

 規則正しく鳴る心臓の鼓動に、張りつめていた体から力が抜けた。

「大丈夫そうだな。よし、そろそろ戻るか……っ!?」

 膝の裏と背中に手を回し、アシリアの身体を抱き上げた時、無意識に彼女が、ルイの首に腕を回してきた。

 突如自身の膝が折れそうになるのを、ルイはギリギリ耐えた。

「ッ?!」

 彼女に意識があるなら、絶対にしないであろう行為。

 意識が無いと分かっているのに、それに喜ぶ自分が、心底情けないと思った。

(医務行為として口づけをしたが……)

 思えば、自分は口付けまでしたのだ。

 それなのに、彼女の方から抱きしめられたと言う事の方が嬉しくて、ルイの体は歓喜で震えそうになる。

(エヴァンが見たら、腹を抱えて笑うだろうな)

 数多の女性を、誑かした訳ではないものの軽くあしらってきたルイが、少女の一行動に動揺している。

 ルイのことをずっと見てきたエヴァンのことだ。絶対に笑うだろう。

 だが、それと同時に、アシリアが自分にとって特別な存在なのだと、否応なしに思い知らされた。

 本当に情けないと自分でも苦笑しながら、ルイは少し乱れた心を落ち着かせる。

(はぁ……。アシリアといると、退屈することがなさそうだ)

 こんなにも心を乱される人間に、ルイは会ったことがなかった。

 アシリアに会う前だったら、自分を動揺させる存在など、忌々しいとばかり思っていたが、彼女に振り回されるのは悪くない。

 そんな自分の変化に驚きを感じながら、ルイはもう一度彼女を強く抱きしめ、城へと足を向けた。

 

 

 

※約三ヶ月ぶりの投稿です。

 ブランクと言うのは恐ろしいなと思いながら、今回の話は書きました。

 一時期挫折しそうになりましたが、喝を入れて完結まで書きたらと思います。

 投稿は不定期です!!

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