23.決意
数日たったある日の朝、その日のレスティアは、身支度にいつもより時間がかかっていた。
(……よし!鏡がないから分かんないけど、ちゃんと形にはなってるはず)
数分間髪をいじっていたレスティアはそう思いながら、生前母が作ってくれたという髪飾りの角度を整える。
そう、レスティアは髪型を変えることした。
今までの片側編み込みサイドお団子し、それ意外の髪を下ろしたような髪型から、動きやすいように片側編み込みをしてから全部の髪をまとめて、左側でひとつのサイドテールにしたのだった。
そんな風に緊張した面持ちをしながら髪をいじっていたレスティアはある決意を胸に灯していた。
その決意を実行するために、ほんの少し、ほんの少しだけ勇気が欲しかったのだ。
それは、高校デビューをしようとした人が髪を切ったり、下ろしていたのをまとめ髪にして髪型を変えたりするのと同じ、ただの願掛け、あるいは気休め程度のおまじないで、けれど、レスティアにとっては強い意味を持っていた。
それに家まで旅路を歩く上で、下ろした長い髪は少し邪魔だったから、まとめ髪にしたことでちょうどよくなった。
髪を整え終えたレスティアは、自分より先に起きたみんなが待っているであろう野営場所の焚き火のほうに向かっていた。
今までのレスティアは、リヒトにあの言葉を言われた後から、その言葉が頭に残って離れなくて、その時から抱き始めた感情がノイズになっていて、そのせいでここ最近のレスティアは寝不足だった。
その上、レスティアなりに勇気を出して聞いたにも関わらず、冒険者の厳しい現実も突きつけられて……けれど、必死に答えを見つけようと考えこんで、考えれば考えるほどドツボにはまっていくようで、自分がどこを目指して、どう在るべきかも分からず、出口の見えない迷宮に迷い込んでしまったようだったレスティアの心情に出口を指し示すように光明を差し込ませてくれたのは、地下遺跡での出来事だった。
地下遺跡での優しい出会いから数日がたったある日の夜のことだ。
いつまでも逃げてるわけにもいかなくて……
『……僕、君みたいなのが一番嫌い。自分から行動を起こそうとしなければ、確固たる意思も持たず、これでいいはずだって言い聞かせるみたいに、何かを諦めるみたいな顔して周りに流されるままヘラヘラ笑ってる。見ててイライラする』
その日レスティアは、頭の中でリヒトのその言葉を反芻しながら、静かな野営場所で寝袋に潜り込んで思考にふけっていた。
リヒトのその言葉に対する解は、どれだけ考えた所で解決方法も見つからなければ、考えれば考えるほど足元がグラグラとぐらつくようで、これ以上考えるのは怖くて……ふとした時に足元が崩れるような感覚に陥る…………自分は本当にこのままでいいのだろうか?
……でも、レスティアはそれ以外の生き方を知らなかった。
〈どうしたら解決するのか?〉
その解を、本当は心のどこかで分かっていたのに。
だけど、今までのレスティアには、その一歩を踏み出すのはすごく難しくて……無意識のうちに知らないフリをして……怖かったのだ。
あれもこれもそれも、懐かしい病室の景色と共に思い出そうと思えばいくらでも思いつくそれら、病弱だった故に諦めたものたち。
自分の本当の気持ちから逃げて様々なものを諦めることでしか自分を守れなくて、それしか自分を守る方法を知らなくて……これでいいはずだって言い聞かせるみたいに笑って……彩乃時代からずっとそうやって生きてきたレスティアには。
もうほとんど覚えてないけど、最初は違ったと思う。
けれど、いつしかそう在るようになった。
だって、叶うはずのない夢や期待なんて抱えれば抱えるほど辛くて苦しくなるだけで、それなら最初から諦めたほうがいい。
彩乃時代のレスティアは生きていくためにそう在らないといけなかったのだ。
けれど……地下遺跡でのあの瞬間のレスティアのあの行動は、誰に頼まれたわけでもなければ、周りに流されるままでもない。
逃げずに諦めずに、確かに自分で選んだことで……
(私にもできた……)
あの地下遺跡での一戦を思い出したレスティアは、自分の手にあの時の感触がしっかり残っていることを確かめる。
あの時感じた達成感だって、確かにこの胸に残っている。
きっとお世辞にもカッコがついていたとは言えないだろう。
それでも……
(本当は今でも怖い……だけど……)
【変わりたい】
そう強く思った。
地下遺跡での一件を得てからレスティアの胸の中に芽生えたその感情は、彩乃時代から、様々なものを諦めて、別に構わないって、これでいいはずだって、言い聞かせるみたいに笑って……周りに流されるままに生きてきたレスティアが生まれて初めて、自分の意思で決断したことで……ほとんどの人にとっては当たり前のことなのかもしれない。
けれど、レスティアにとっては大きな一歩だった。
冒険者になる覚悟はまだ持てない。
だけど、あの日の瑠雨の言う通り動かないと何も始まらない、今の自分にできることを一歩一歩やっていく。
問題を先送りにしているだけだってことは心のどこかで分かっているが、それでも今のレスティアにできることは料理や野宿の勉強だ。
それに冒険者にならない道を選んだとしてもこれらのことは、将来、どこかで役に立つかもしれない。
いつかの夜を思い出していたレスティアは、目の前の焚き火の周りで楽しそうに談笑しているリリーナと瑠雨が自分に気づくなり、胸に手を当てると、深呼吸をして口を開いた。
(……うん、大丈夫)
「あの、リリーナさん」
「レスティアちゃん?」
どこか緊張した面持ちのレスティアにそう名前を呼ばれたリリーナは、そのレスティアの表情の意味が分からなくて、不思議そうにレスティアの名前を呼ぶ。
「……野営知識や料理、弓を私に教えてくれませんか?自分がどう在るべきかはまだわからないんです。それでも、できることからやっていこうと思って」
次の瞬間、レスティアの口から飛び出てきた予想のしなかった言葉にリリーナは、虚を突かれたような表情をする。
「え……でも、こないだは……」
(魔法でなんとかするって、言っていたような……)
けれど、そう思いながらレスティアの方を見たリリーナの視界に入ってきたのは……
(……!)
どこか決意を固めたようなまっすぐな瞳をしたレスティアで……まだ臆病さを秘めて、頼りなさげに揺れてるものの、その瞳には確かに強い光が宿っていて……それに、その決意を体現するように、髪型も前までの大人しめのものから変わっていた。
「ええ、分かったわ」
「本当ですか!?」
リリーナのその返答にレスティアは、嬉しそうにする。「まあでも、今日の朝ごはんはリヒトが作ってしまったし、弓からかしらね。今日の夜は村の宿屋に泊まるし、料理に関しては、今度、教えるわね」
そう言ったリリーナの視線の先を見ると、焚き火の上にある鍋の中で美味しそうにぐつぐつと湯気をたてているスープがあった。
(あれ……?)
それを見ていたレスティアは、その料理を作った張本人がいないことに気づく。
「リヒトさんは?」
「リヒトは剣の鍛錬よ。もうちょっとで戻ってくると思うわ」
レスティアは相槌を打ちながら、最初に断ってしまった以上、お願いするのはどうなのかなという感じだったものの、料理や弓ができるようになるためには、リリーナに教えてもらわないといけなかったため、リリーナのその返答に本当にいい人だなと思うのだった。
そんなことを考えているとふとあることに思い当たる。
(そういえば、出会ってしばらくたつのに、リリーナさんが料理してる所、見たことないな)
そうレスティアは、出会ってこの方、リリーナが料理している所をみたことがない。リリーナが火事場関係のことをしようとすると、必ずと言っていいほどリヒトのフォローが入るからだ。
(でも、明日の夜に教えてるって、言ってるってことは料理自体はできるってことかな)
弓や料理や野宿で使う知識、覚えなければいけないことはたくさんある。
それらの知識が将来的になんの役に立つかは分からないし、陽の目を見ることなく終わるかもしれない。
それでも、これは、紛れもなく今のレスティアが、逃げずに諦めないで、周りに流されたわけでもなく、自ら選んだことだ。
(自分がどこを目指して、どう在るべきかは、まだ分からない。それでも、ほんの少し、ほんの少しだけど、変わりたいと思った)
そう思いながら、見上げた空は青く澄んでいて、今までよりも視界がはっきり見える気がした。




